#08. 高難度:濫伐者の柩(流石にレベルが足りません)
大規模ダンジョン内で見つかる文献の多くは、そのダンジョンに隠された宝の在り処やボス部屋の扉を開ける方法が書いてある。
そして、文献の内容からある程度の難易度が予想できる。
たとえば森林最奥のダンジョン《神獣の大森林》。
森林の中央に聳える大樹の中を正解ルートで登る必要があるけど、そのルートを示す文献には『普段穏やかな神獣の息遣いが歩みを止める』だの『一段上がるたびに足が根っこになるだろう』だの、進んではいけないと言いたげな忠告が目立って綴られているそうだ。
「え~っとなになに~?『何十年もここで働いている先輩に、奴がなぜ幽閉されているかを聞いた。エクスユニルの神域を荒らしたのだと言う』」
「エクスユニルって、確か大森林のやつだっけ?」
さっき攻略サイトで見かけた名前だ。
「そうそう~、この辺りだと一番難しい大森林のダンジョンボスだね~。《神獣エクスユニル》って言うおっきな鹿なんだ~」
「なるほど……じゃあこのダンジョンには悪者がいるのか」
「内容を読む限り、かなり高難易度のダンジョンみたいだね~。結果的に幽閉されたけど、森の主に喧嘩売るくらいだし」
そのほか、警備員の日記には『どんな傷もたちまち癒えてしまうからずっと閉じ込めている』『唸り声を聞くと怖くて足が震える』『奴は3つ目を認識できない』──と、重要そうなワードがいくつか出てきた。
「『上からのお達しが来た。ここは埋め立て、奴の墓にするのだそうだ。ようやく解放されると先輩や仲間達と喜び抱き合った。しかし同時に、神獣であっても奴はやはり殺せないのだろうかと不安が積もる。どうかこのまま朽ち果ててくれることを祈る』……ここで終わってるね~」
「埋め立て……もしかして入り口も?」
「見つからないわけだ~」
手当たり次第に穴を掘らなきゃいけないところだった。
「まとめると、ここのダンジョンボスは再生能力持ちで、なんらかの拘束系デバフを使ってくる。そして攻略のキーになりそうなのは『3つ目を認識できない』……か」
「もし本当に3つ目が分からないなら、3人で挑戦したら3人目がヘイト管理を無視して攻撃できるね~」
「でもHP回復するんでしょ? 長期戦は嫌だなぁ」
「回復量にもよるけど、流石に限界があるんじゃないかな~?」
「うーむ……これは一度見に行った方が早いかも」
未踏破のダンジョンを一発クリアできる自信はない。
でもここまで来たらその顔くらい見ておきたい。
とりあえず行けるところまで行ってみようと結論を出し、私達は奥へ進む。
■■■
地下深くから奇妙な低い音が聞こえてくる中、いくつかの階段を下りマッピング進捗度が50%に達すると、視界端のスペースに『《濫伐者の柩》探索進捗:50%』と表示された。
濫伐──手当たり次第に木を切り倒したのか。
そりゃ神獣もキレる。
そして私もキレそうだ。
「ねぇヒメ。ここの宝箱さ……しょぼくない?」
探索していくつか宝箱を見つけた。
けど中身は『1,000G』『ヒーリングポーション×3』『錆びた剣』『ボロ布』……どんどんゴミになっていく。
最初はお宝を期待していた私のやる気も削がれていくのはさもありなん……。
「これは期待できるかもね~」
「なに言ってるのヒメさん。ゴミだらけだよここ」
「宝箱はね~。でも高難度ダンジョンなのはもう分かってるから、これで終わるはずがないんよ~」
「……ボスのドロップアイテムか!」
「うんうん。きっと報酬金は凄く多いんじゃないかな~」
「俄然やる気出てきた。早くボス部屋に凸しよう!」
「あ~、あんまり急ぐとトラップに……」
歩き出した途端に、ガコンと音を立てて石畳の一部が沈む。
壁の至るところから蔓が伸び、ぐるぐると身体に巻きついて瞬く間に雁字搦め。
ヒメにお尻を向けたまま、動けなくなった。
「あら~♡」
「ちょっ、これどうなってんの!?」
「カナメちゃんのかわいいおしりがバッチリ映ってるね~」
「ちょぉっ!? 見てないで助けてよー!」
「わっ、10,000円の投げ銭だ~。おめでと~♪」
「言ってる場合かぁ!!!」
手足がビクともしない。
うっ、喉が締め付けられて苦し……っ。
「う~ん……ごめんカナメちゃん、トラップ解除スキルが効かないみたい」
「うっそでしょ……っ、こ、この際燃えてもいいから、魔法攻撃でなんとか解けない!?」
「…………あ、違う、効かないんじゃない」
「えっ?」
ゴォォォォ……と雷が落ちたような低い音が響く。
いや、これは……唸り声……?
「まさかっ!」
瞬間的に、視界左上にあるHPゲージを見る。
緑色のゲージは蔓の締め付けでじわりじわりとスローペースで減っている。
その上に、見慣れないアイコンが点滅していた。
「これは……『戦慄』の状態異常だね。スキルが発動できなくなってるんだ」
「そ、それって、日記に書いてあったっ……! まだ、ボス部屋にも行ってないのにっ!」
「ダンジョンの中で音が反響してるね……とりあえずアイテム使うよ」
そう言うとヒメは深緑色をした小瓶を取り出す。
小瓶の液体を掛けられた蔓は枯れていき、私はようやく自由になった。
「そ、それって……」
「たまたま持ってた《腐食ポーション》だよ~。でもこれが最後、もう蔓は解けない」
「そっか……」
「どうする? 進む?」
「……い、いや。さすがにスキルが使えないんじゃ攻略のしようがないよ。私、まだレベル9だし」
こうも億劫になるのは無理もない話だ。
DDOにはデスペナルティがある。
所持金の何割かをロストしてしまうのだ。
私は賭けることはあっても、勝算のない無謀すぎる挑戦はしない。
戦慄状態でスキルが使えないということは、再生能力を上回る火力で攻撃ができない。ジリ貧だ。
攻略するには耳栓かなにかで音を遮断して、さらに高火力をぶつけ続ける必要がある。
「……悔しいな。顔も見れてない……っ」
「でもここで引く選択ができるのは、最初にあの日記を見れたおかげだよ~。まだモーションを確認してないけど、だいぶ偵察できたし……次はちゃんと挑みに行こう、カナメちゃん」
「……うん」
……違う。
ここで逃げるのが悔しいんじゃない。
このダンジョンを見つけられたのも。
ダンジョンに入れたのも。
攻略に必要な日記を見つけたのも。
それを解析したのも。
トラップに引っかかった私を助けたのも──。
全部……ヒメのおかげだ。
私は何もしていない。何も、活躍できてない。
けど、見せ場を作りたいからって躍起になってボスと戦っても仕方がないのは嫌でも分かっていた。
「くそっ……」
そうやって不甲斐ない自分を罵るように吐き捨てて、私は来た道を虚しく走った。
私はまだ、ヒメの隣に立つ資格を得ていない。