#75. 雷霆万鈞、天ツ牙大神
神狼は降りしきる豪雨を掻き分けるように疾駆する。
迸る稲光のようにも見えるそれを注視し、先に動いたのはユヅキさんだ。
その場で不意に薙ぎ払ったかと思えば、神狼が放った蒼雷がまるでユヅキさんの刃に吸い込まれるように追従し、弾かれる。
なるほど、と一連の動作を見て思わず「おぉ」と声を上げる。
神狼の攻撃は速く、見てから動いても間に合わない。
ユヅキさんは攻撃を予測して先に動いた。
初見プレイである私にはできない芸当だ。
となれば、私はユヅキさんが作ってくれた隙を突いてダメージを稼ぐ。
一気に距離を詰め、神狼の左脚目掛けてチェーンソーを振ったのだが。
「──って避けられた!」
「本体も素早いよ! 反撃注意!」
神狼の爪薙ぎ払いを紙一重で回避し、ユヅキさんの方へ後退。
両者再び睨み合いだ。
この攻撃速度だと【第六感】は手放せない。
一応保険として被ダメージ軽減とノックバック軽減の効果を持つ【金剛体】も入れてあるから、攻撃を避けきれなくても即死はないと思うけど。
「──3秒後にジャンプして」
「はい!」
その返事に少し遅れて、神狼が吼える。
蒼雷が地面を這うように閃くが、ユヅキさんも私もジャンプで回避成功。
しかし私はユヅキさんよりも、渓流が見下ろせるくらいまで高くジャンプしている。
【スーパージャンプ】──名前の通りめちゃくちゃ高く跳べるスキルだ。
ユヅキさんは神狼の追撃をいなしているようだ。
落下しながら下の状況を確認し終えると、チェーンソーはライトエフェクトを纏いながら雷鳴にも負けないくらいに唸り声を上げる。
神狼は相変わらず隙がなく、落雷を発生させながら縦横無尽に飛び回っている。けど。
「【大神鳴】!」
剣先で天を衝き、呼応するように雷鳴が轟いた。
これにより神狼は2秒のスタン。
ガラ空きの脳天にチェーンソーを叩き込む。
三連撃の【モンスロート】を打ち終え、神狼の顎下へ潜り込むとほぼ同時にユヅキさんが接近。
すると、上空に複数の魔法陣が出現した。
魔法陣は帯電し、内包する熱が高まっていく。
遠距離技か──恐らく最初の初見殺しと同じ攻撃だ。
「ガルッ!」
神狼の一声を合図に魔法陣から雷撃弾が射出された。
全部で六発。捌き切るのは至難の業だ。
だけど、それが魔法であるならば、ユヅキさんの太刀は本領を発揮する。
【破天魔荒・反撃】──対象の魔法系スキルをキャンセルさせ、その際に使用されていたMPを吸収して必中の割合ダメージを与える。
六発の雷撃弾を立て続けに弾き、雨に濡れた黒髪が飛沫を上げて舞う。
「────【雷斬】ッ!」
その威勢と共に、一閃の稲光が六度瞬く。
六発分の割合ダメージが神狼のHPを削った。
「って全然減ってない!?」
「属性相性が悪いからね。それに加えて帯電中は被ダメージが軽減されるから、雷斬の割合ダメージも低くなるの……」
「あー……ダメージソースが欲しい理由がよく分かりました」
これは確かに一人じゃキツいクエストだ。
帯電中は私の攻撃も軽減される。
ダウンを取れば帯電は解除されるだろうけど、そのダウンにはダメージを蓄積させないといけない。
となれば火力スキルが欲しい。
最悪【コイントス】でゴリ押しもできるけど……。
「……いや」
私は横目でユヅキさんの真っ直ぐな眼差しを見て、【コイントス】をスキルセットから外した。
ユヅキさんはきっと、今純粋にこのゲームを楽しんでいる。その目はまるで、瞳の奥で稲妻が走って、火花が散っているようにキラキラしていた。
それを邪魔するのは、野暮というものだ。
「「────来る!」」
【第六感】の反応と同時に、私とユヅキさんはそれぞれ左右に分かれて神狼の高速突進を回避する。
ヘイトは先程【雷斬】をヒットさせたユヅキさんに向いており、神狼は方向転換して雷を纏い、再び突進。
その速度はまさに雷光の瞬きのようで、目で追うのも難しいが……。
「────フッ!」
振り上げた太刀は心地よいヒット音を響かせ、カウンターの成功を知らせた。
【祟牙】──対象の攻撃力を利用した反撃技だ。無効化に加えて反撃ダメージも大きくなるけど、その分クールタイムが長めで連発はできない。
が、怯んだ隙に懐へ潜り込むと、【顎】【大顎】の順で見事にコンボを決めていた。
後に続いて、私も三連撃の【モンスロート】を神狼の頭部に叩き込む。
【連鎖追撃】により複数回の追撃ダメージが発生し、みるみる神狼のHPは削られていった。
しかし神狼もやられてばかりではない。
身を翻すと、雷を纏った爪で振り払う。
少し掠めたけど問題ない。私はHPに余裕があることを確認して、一気に踏み込む。
神狼も雷爪攻撃を繰り出すが、私は歩を止めない。
ユヅキさんが割って入るのが見えたからだ。
【祟牙】によるカウンターで神狼の猛攻は止められ、私はめいっぱいの力でチェーンソーを振り上げた。
「【モルトバート】ッ!」
真紅のライトエフェクトが迸り、神狼の角が折れた。
角を破壊したからか、帯電が少し弱くなったようだ。
「カナメちゃん、ナイス!」
「ユヅキさんも!」
二人の息が合わさっていくのを感じながら、互いにグッジョブを送る。
「……楽しいね!」
「ユヅキさんからその言葉を聞けてよかったです」
ゲームは楽しくあるべきだ。
この真剣勝負がユヅキさんのプレイスタイルで、それを今楽しんでくれているなら、やっぱり付いて来た甲斐があった。
「……この刀は《キャラバン》に居た時、当時装備条件を満たしていた私が使うことになった。でも、バグ技でクリアしたものだし、このまま使い続けていいのか悩んでたの。不誠実なままカナメちゃんのギルドには入りたくなかったし、いっそ、手放すことも考えた……」
ユヅキさんは青い刃を見つめる。
鏡のような刃はその表情を反射しているだろう。
「けどこの先、難易度はどんどん上がっていく。カナメちゃん達の役に立つには、この刀は必要不可欠。だからこれは、私の気持ちの問題だった」
視線は起き上がった神狼に向けられる。
刀の峰を右手で支え、左手で握った青刃の刀をまるで弓の弦を引き絞るようにして構える。
「《天ツ牙大神》……前はズルで倒したけど、今度は真っ向からぶつかってクリアするから────これからも、あなたを使わせてほしい」
──この一戦をもって、過ちと決別する。
私は見届け人として、ユヅキさんの戦いを共に駆け抜けるのだ。
「ゴルルド……」
低く唸り声を上げた神狼は、激しい蒼雷を纏って黒髪の剣士を睥睨する。
雷が瞬いたかと思えば、蒼雷の塊が大狼の形を成して私達の背後に現れた。
いや、左右にも……気付けば、本体合わせて八体。
群狼に囲まれていた。




