#60. 未蒼きジークリウス
騎士は思う。
自分に残された使命は、赤龍を屠ることだけだ──と。
……しかし、しかしだ。
朽ち果てたはずの心臓は、ほのかな熱を帯びている。
からっぽなはずの身体から、脈動を感じる。
──もっと大切なことがある。
そう叫ぶように、仮想の心臓は僅かな光を放っていた。
何かを、忘れている?
「…………セレー、ネ……?」
そういえば、青い薔薇はどこにあるのだろう。
軋む鎧を引きずるように、騎士は重々しく歩む。
己に課した誓いを辿るように。
今は亡き想い人を探すように。
■■■
フィールド《命呑む大砂漠》──。
かつては緑豊かな森林地帯で神獣の縄張りだったその場所は、悪魔によって召喚された異世界のドラゴンによって旧王都もろとも焼き尽くされ、環境が変化したことで生まれた砂漠だ。
その地下には迷宮のような巨大洞窟が存在する。
まるで、元々巨大な木の根っこがあったかのように曲がりくねった洞窟だ。
入るには、砂漠で時折発生する流砂に飛び込めばいい。
ただ、出口は見つかっていない。
入った者は皆、HP全損による死に戻りで街へ帰還している。
そんな場所で、たった3人のプレイヤーが初見のモンスターに挑むという誰が見ても無謀に思える配信が開始された。
時を同じくして、掲示板が建てられる。
『夜猫の喫茶店が新しいクエストを見つけたらしい』
『攻撃モーションもよくわかってないのにたった3人で行くかね、フツー』
『まあゲームやし気楽にやろうや』
『このクエ誰でも受けられるの?』
『カリカーン討伐が条件らしいゾ』
『試してみたけどチェーンソー無くても青騎士に反応されたし、王様から話も聞けたわ』
『検証サンガツ』
『ユニーク武器を持っていればデメリットを消してくれる強化クエってこと? それだと持ってない奴は何のためにやるんや?』
『サード・ダンジョン関連でなにかありそう』
噂程度だった青騎士の話題は今や巨大バルーンのように膨らみ、ひと目見ようと人々がこぞって集まっている。
カナメの配信には実に5万人もの視聴者が集っていた。
場所は、大砂漠の地下洞窟、その最奥。
地上と打って変わって空気は冷え込んでおり、獣の鳴き声にも似た風の通り抜ける音が響く。
岩肌に露出した結晶は僅かな魔力で光を灯し、その淡青の光が星空のように煌めいている。
そして、星空の中心で。
ひとりの騎士が、静かな闘志を燃やしていた。
青銀色のヘルムから褪せた赤い兜飾りを髪のようにたなびかせ、佇んでいる。
突き立てられた剣は、アルファス騎士団の汎用大剣だ。
「──待って、いた。潜行者。己が分際を弁えず、なんとかするなどと、豪語、していた、が……」
「大火の赤龍は倒す。けど、その前に。ジークリウス、あなたには青薔薇をセレーネさんに持って行ってもらう!」
「…………なに?」
佇む青騎士は、その言葉の真意を測ろうとしているのかジッとカナメを睨んでいるようだった。
対するカナメも暗闇しか見えないヘルムの奥を覗き込むように睨み返す。
カナメは『青薔薇』というキーワードで進展があるはずと予想していた。
NPCとの会話でクエストを進行させるには、大抵の場合そういった特定のワードを伝えれば、それが半ば無理やりな会話だとしても話は進む。
しかし、かの騎士は突き立てていた剣を手にした。
「……私に、一度負けた、お前が……赤龍を、討つと?」
「ダメかっ……えぇ、 そうです! なのであなたはセレーネさんのところに行ってあげてください! 彼女、ずっとあなたのこと待ってるんですよ!」
「──何も、護れ、なかった、私を待つ、者など……!
私が、狩り損ねた赤龍が……全てを、焼いたのだ!
私がやらなければ、ならかった! 私の責務だ!」
騎士は吠える。
青い焔を背負いながら、刃こぼれした大剣を掲げる。
「貴様のような、若輩に、何ができようか。
無駄死にしたくなければ、今すぐ、立ち去るがいい。
それも分からぬ身の程知らずならば、血を持って去れ」
肉体がないはずの右手から血が湧くように溢れ出す。
青騎士の血は剣の刃を濡らし、絶えず滴り落ちている。
「我が躯体、壊れようと。
剣よ、逆鱗を穿て。
────────【血誓】」
騎士が唱えたその刹那、滴り落ちた血が浮かび上がる。
無重力空間に放り出された水のように。
血は一つに集まり、変形、凝固。
やがて騎士大剣と瓜二つの血製大剣が形作られる。
『──エクストラクエスト
《眠れぬ騎士へ青薔薇を。》が開始されました──』
EXTRA BOSS
《未蒼きジークリウス》
彼のHPゲージは一本。
それは鮮やかな緑ではなく、真っ赤な血の色に染まり、僅かだが減少を続けていた。
「そうやって誰も死なせないために、皆が赤龍に近付かないようにしてたのか」
チェーンソーがヴヴヴンと唸り声を上げ、刃を回転させる。
「でも私達じゃ倒せないって思われてるのは癪だ。そっちがその気なら、全力でやるまで! ──ヒメ!」
その合図で、ヒメは杖を掲げた。
「いっくよ~! 【巨大魔法陣展開】!」
青白く輝いている魔法陣にカナメとコユを巻き込む。
魔法系武器、マギアロッドは単体強化を得意とするが、強化魔法の効果範囲を1対象から複数対象へ拡大させるのがこの魔法スキルだ。
──ヒメにはヒーラー兼バッファーを担当してもらう。
それがカナメの作戦ならば、ヒメは全力でその役目をまっとうするまでだ。
しかし、隙を見逃すほど騎士はお人好しではない。
魔法陣の展開直後、ジークリウスは血製大剣を矢のように発射させた。
迫り来る赤の刃。
支援役であるヒメに反撃手段はない。
──が、鮮血の剣は黒い衝突によって弾かれた。
「──ッ! 意外と速いわね!」
コユは両手にそれぞれ装備した大盾の隙間から顔を覗かせる。
血で作られているにしては強度バツグンであるらしい鮮血の剣は、リロードとばかりに宙を回り、ジークリウスの傍らに静止した。
スキルで弾けば壊すこともできるはずだが、それを狙うにはまだタイミングを測る必要がある。
しかし、コユが初弾を防いだことでチャンスは生まれた。
「【彗星加速】【運命の輝き】【星の守り人】【狩人のステップ】【魔力回復領域】【生命回復領域】!」
敏捷性、運気、耐性、即死回避。
そしてMPとHPの自動回復効果の大盤振る舞いだ。
加えてヒメは今回の主軸となる【回復魔法】。自身の最大MPを上昇させる【魔力の器】。魔法系スキルのクールタイムを減少させる【魔法使いの研鑽】で回復の回転率を上げている。
ジークリウスの猛攻もコユの大盾で受ければ【回復魔法】ひとつで事足りるだろう。
「コユは血の剣に警戒して!」
「ちょ、カナメ! 一人で突っ込む気!?」
「ヘイト分散しないと! 剣は別で操作とか、あれコユとやってること同じでしょ!」
そう言い残して一人、ジークリウスの懐に飛び込む赤い影。
洞窟の星明かりにも負けない、黄金の流星のような髪をなびかせ、カナメはチェーンソーを突き上げる。
──刹那、金色が舞った。
岩肌に落ちた金色は、キン、と軽やかな、しかし確かな重みのある金属音を響かせる。
「…………ッ!」
「……へ、効いた?」
【ゴルトライザー】が、発動していた。
カナメは目を見開いてコインを凝視する。
ジークリウスは生前装備していた鎧にしがみつくアンデッドだ。
だからこちらの攻撃は意味がないと思い、カナメはヒメにヒーラー兼バッファーを頼んだ。
しかし回転刃を受けたジークリウスは僅かに低くうめき、ヘルムの隙間から血を、そしてコインを吐いた。
ただ、ダメージ量は微々たるものだ。
チェーンソーの連撃効果で、1ダメージがいくつも重なっているだけで──。
「……! コユは私を守って! ヒメは後方から回復に専念! 私がタゲ取る!」
「どういうこと、攻撃は効かないんじゃないの?」
「たぶん、どんな高火力スキルも1ダメージになる。1ダメージだけは入るんだ」
滴り落ちる血が増え、ジークリウスのHPはじわりじわりと減っている。
「ジークリウスは血のスキルを発動してからHPが少しずつ減ってる。だから初め見た時、HPが0になるまでの耐久戦かと思ってたけど、こっちの攻撃はほんの少しだけ通った。攻撃無効じゃない! つまり耐久時間を削れる!」
「なるほど~! カナメちゃん冴えてる~!」
ジークリウスが発動したスキル【血誓】──。
一本だけの赤いHPゲージは、残り時間を表している。
発動中は鎧が肉体の扱いになり、血を用いた遠距離攻撃が飛んでくる。
高い防御力はあれど、物理攻撃無効にはならない。
ダメージを積み重ねて耐久時間を削れるのならば、連撃最強を謳うチェーンソー《焔輝刃ロア・ゼロス》は適役だ。
「まだ安心はできないけど、対抗手段があるだけマシね」
「さあ押し通るよ、二人とも!」
仕組みがわかれば強気にと、カナメは血製大剣を躱してジークリウスにチェーンソーを叩き込んだ。




