#56. 彷徨える騎士の噂
──口の中がジャリジャリする。
確か流砂に巻き込まれて、そのまま……下に落ちたんだっけ。
モンスターと一緒に。
「……そうだ、ガランゴシャルは!?」
一緒に落ちたあの響竜はどうなったのかと飛び起きる。
けど、影も形もない。
薄暗い洞窟には私ひとりだけだ。
薄暗いと言っても、壁が青っぽい光をぼんやりと放っていて、松明やランタンを使う必要はなさそう。
でもあんなに暑かった砂漠と打って変わって、洞窟は鳥肌が立つほどに涼しい。
「さっむい……早く出ないと」
指で空中に弧を描き、メニュー画面を呼び出す。
が、しかし。
「あ、あれ、ファストトラベルできない……」
それどころか、マップ自体が開けなかった。
文字が暗くなっていて、何度押しても反応しない。
同様に、フレンドリストも開けなかった。
ユヅキさんとのパーティーも解除されてて、これじゃあ連絡手段がない。
……いや、確かまだ配信中のはずだ。
『お、気付いた』
『流砂とはツイてない……』
『この迷路俺苦手だったなぁ』
「よし、配信は生きてる! みんな、ここって何なの?」
『トラップっす』
『落ちたが最後、出口を見つけるまで彷徨うことになる迷宮』
『ある意味ダンジョンだよね』
「ダンジョン……とりあえず進むか」
足元に気を付けながら洞窟の出口を目指す。
こうして一人で探索するのも、なんだか久しぶりな気がする。
「なんで明るいんだろって思ってたけど、これ結晶が光ってるのか……売れるのかな?」
試しにピッケルで掘ろうとしてみたけど、壁にピッケルが触れると破壊不能だと弾かれてしまった。
「ダメかぁ」
『残念……』
『高く売れそうなのにね』
『やっぱここってちょっと特殊だよね。破壊不能ってことはやっぱりダンジョンなのかな』
『マッピングできないから攻略サイトにも情報がほとんど載ってないだよな~』
「確かに、マッピングできないダンジョンなんて今まで無かったよね」
隠しダンジョン《濫伐者の柩》でもダンジョン内を探索してマップを埋めた。それが無いというのは、DDOのダンジョン攻略のセオリーから外れているように思える。
そして気掛かりなのは、流砂に呑み込まれる前のこと。ユヅキさんが言っていた『エクストラクエストの進行』だ。
特殊なクエストが進行してるからエクストラスキルの習得が制限されてる……ってことだよね。
なら、この状況も偶然には思えない。
攻略サイトに情報がないからか、コメント欄では憶測が飛び交う。
没ダンジョン説、ドSな開発者のお遊び説などなど。
そんな説が囁かれていく中、私はひとつの噂に興味を持った。
『確かこの洞窟って騎士が彷徨ってるって噂になってなかった?』
──彷徨える騎士の噂。
事の発端は数ヶ月前、掲示板に『モンスターがポップしない地下洞窟で人影を見た』と言う書き込みがされたらしい。
人影を見たと言うそのプレイヤーは、私と同じように流砂で洞窟に落っこちて出口を目指していた。
何十分か歩き続け、もう自害して街へ戻ろうかと思っていた時、自分の前をガシャガシャと音を立てながら歩く騎士の姿を見たのだと言う。
その後、プレイヤーは突然HPが全損し、街へ帰ってくるとこの不思議な現象を掲示板に書き込んだ、という訳だ。
ただこの噂はあまり広がっていない。
私や、他の視聴者さんも初めて聞く人が多かった。
なんでも『流砂に巻き込まれた他のプレイヤーだったのでは?』という結論が出され、実際に人影を見たプレイヤーもそれで納得したから大きく騒がれなかったようだ。
「薄暗い洞窟を彷徨う騎士……ちょっと惹かれるけど、まぁ他のプレイヤーだよね」
私の中に眠る中二病が疼くのを感じる。
けど、ひとつ奇妙なことが残っているような……?
「なんでHPが突然全損したんだろ」
数ヶ月前なら、まだサード・ダンジョンがクリアされていなかった時期だ。
プレイヤーを即死させるほどの高火力。
『突然』と言ってるから、超スピードでもあったはずだ。
STR、AGI極振りでも、防具を着込んだプレイヤーを即死させることなんて……相当のレア武器を使っていたのかな。
あるいは、プレイヤーなんかじゃなくて……本当に騎士のモンスターだった、とか?
──ガシャン。
「……え?」
『今の音なに?』
『金属音っぽかったな』
『まさか……?』
『噂をすればってやつ!?』
聞き間違いと思いたかったけど、静かな洞窟に響いた音を聞き間違えることなんて、まずない。
コメント欄の反応を見るに配信にも音が乗ってるし。
「……噂の真相、確かめてみるか」
忍び足で音のした方へ向かう。
ガシャン……ガシャン……と聞こえてくる音は、音の主に近付いていることを証明するようにどんどん大きくなっていく。
岩陰に隠れ、顔を覗かせると確かにあった、結晶の光で伸びる人影が。
「あ、あのー! 誰かそこに居るんですか?」
思いきって声を掛けてみると、足音がピタリと止んだ。
私は青白い光にぼんやりと照らされた人影を睨みながら、いつでも攻撃に対応できるようチェーンソーを持って身構える。
すると。
「りゅう、は、心配、いら、ない……私が、責任を、もって、屠……る……」
男の人だ。
声は兜越しでボソボソとくぐもっていて、苦しそうなほど途切れ途切れだけど、かろうじて聞き取れた。
「竜……? あ、ガランゴシャル……もしかして倒してくれたんですか?」
一緒に落ちたはずの《響竜ガランゴシャル》の姿がなかった理由かもと思ってそう聞いてみる。
「私、の責任、だ。私が、倒す、べき、だった……すまない……護り、きれ、な、かった……私、は……騎士、に、なれ、なか……った。下げ、る頭、も……持ち、合わせて、いない……すま、ない……我が、王、よ……国民、よ……同志、達、よ……すまない…………」
──違う。この人はプレイヤーじゃない。
NPCだ……口振りからして、何か意味を持ってここに居る。
「せめて、この地は、護らなければ。竜に、滅ぼされた、渇きの大地、だと、しても……ここは、我らの、故郷……。踏み入る者は、斬り、倒す……ッ!」
「やばっ……!?」
人影、いや、青い鎧を身に纏う騎士と目が合った。
騎士が背負っていた大剣が振り抜かれ、私は咄嗟に岩から離れる。
飛んできた剣撃が岩を砕いて、飛び散った破片にHPを僅かに削られた。
『避けた!』
『さすカナぁ!』
「……ッ! 即死の原因はこれか!」
「この、気配……神樹を、伐る、濫伐者ッ! 王の、国民の、新たな故郷を、荒らす、不届き者──ッ!」
「私がゴブリンに見えると!?」
落ち着け……まだ死ぬ訳にはいかない。
多分これはユヅキさんが言っていたエクストラクエストだ。
騎士のセリフは例の噂に全く出てこなかった。
掲示板に書き込んだプレイヤーがセリフについて触れてなかったのは、そもそも聞いていないから。
きっと、条件を満たしてなかったからだ。
その条件が隠しダンジョンのクリア……もしくはこのチェーンソーを持ってることなのだとしたら、私が新しいエクストラスキルを習得出来ない原因は多分これだ。
それなら、フラグを立てなきゃ進行しない。
けど……この状況でクエストフラグを考えてる余裕はない!
「今じゃダメだ……!」
まだ足りない。
私はこの青騎士を知らない。
聞かなきゃ、知ってる人に……王様に。
「また来るから、覚えといてくださいよ! 私がなんとかするから、スキル習得できるようにしてくださいね!」
「────ッ!!!」
刹那、薙ぎ払われた大剣が洞窟の壁の結晶をも砕いて、私は上半身と下半身を分断された。
当然のように即死。
一撃でHPが全て削られて、身体がガラスみたいに砕け散る。
──でも、負けじゃない。
必ず攻略してスキル習得してやるんだから!
覚えておけ、青騎士……!




