#44. その日の夜、湯けむりのなか
◇ちょっとブレイク
「はぁ~~っっ♡ 生き返る~っ!」
たっぷりのお湯にざぶんと肩まで浸かる。
今日の入浴剤はヒメから貰ったちょっと特別なやつ。
シュワシュワとした炭酸が全身を温めて、爽やかなハーブの香りはフルダイブで疲れた脳を労わるようだ。
『気持ちよさそうだね~。入浴剤気に入ってくれた~?』
「最っ高ぉ~だよぉぉ~……ありがと~……っ!」
ビデオ通話越しのヒメも絶賛バスタイム。
髪が湯に浸からないようまとめていて、よく温まっているのか頬が少し赤い気がする。
同じ入浴剤なのか、ヒメの湯船も私と同じ緑色をしていた。
『今日はたくさん頑張ったからね~、しっかり休んで月曜日を乗り切ろ~!』
「月曜日の名は聞きたくなかったなぁ!」
おー! と片腕を上げるヒメに現実を突きつけられ、私は頭を抱えた。
ギルドデュエルで1位を獲り、ネットニュースに取り上げられても、月曜日はやってくる。
けれど、イベント終了から10万人に満たなかったチャンネル登録者数は一気に15万人を超え、今なお増え続けている。
明日には20万人は行くだろう──というのがコユの見立てだ。
「……1位になったなぁ」
『なれたね~♪』
「けど、ここからだよね……」
ギルドデュエルで1位になるのはゴールじゃない。
確かに1位になれば大勢の人に名前を知ってもらえる。
その効果も充分に出ているけど、その人達を逃がさずファンになってもらうには、これからの私にかかってる。
最後の戦いでツバサと剣を交えて、私はハッキリと自分に不足しているものを自覚した。
「ヒメ、私……配信者としてもっといろいろやってみるよ」
『それがいいと思うよ~! わたしに協力できることあったらいつでも言ってね~!』
「ヒメはなんでも出来ちゃうからなぁ、どーしよっかなぁ~?」
『そんなぁ~!』
「あっはは、冗談ですよヒメさん。これからも一緒に遊んでもらうから、覚悟しておいてよ」
『わ~っ! ユメちゃんに遊ばれちゃう~♪』
「わっはっは。どう料理してやろうかー!」
『きゃ~っ、食べられちゃう~!』
悲鳴と言うより黄色い声を上げながら両手で胸元を隠すヒメ。
ど、どうして胸を隠すんですヒメさん。
私がそこを食べるとお思いで──!?
「な、なんかえっちだなぁ……」
『…………』
「……ごめん今のは聞かなかったことにして」
私は親友に向かって何を口走ってるんだっ!?
やっちゃったよ……流石にヒメもドン引きしてる。
優勝して変なテンションになってるのかもしれない。
沈黙が気まずい。蛇口から落ちた水滴の音が頭に残る。
──そんなことを思っていると、ヒメは突然妖しげな笑みを浮かべて……いや、少し頬を赤らめて……?
『……た、食べる? ユメちゃんなら、いいよ……?』
「む、胸を見せるな胸をぉっ! 今のは……その、違うから……ブクブク……」
湯船に沈み、口からポコポコ空気を出して誤魔化す。
顔が熱い……きっとこの入浴剤、温浴効果スゴいんだな。
『あはは~♪ 冗談ですよユメさんや~』
「わっ、やられた~! 策士め……!」
『ふっふっふ、さっきのお返しなんよ~♪』
「変なとこで頭の回転早いんだから……まったく」
あやうくヒメとの授乳プレイが始まるところだった。
『ダメですよお嬢様! お嬢様のお乳を吸わせるなんて!』
『キャッ!? と、遠野さん、急に入ってこないでください!』
遠野さん……って、あぁ、ヒメのメイドさんか。
学校への送り迎えでよく見かける。
真面目そうだし、これは怒られても仕方ない……。
『いくらお嬢様の親友であられるユメ様でもそれだけは許せません! 屋敷に勤めて早8年……お嬢様の専属メイドたる私がまず味を見るべきかと!!』
『「何を言ってるんですか!?」』
ヒメと声がハモりつつ、私は「こちとら小学一年生の時からの付き合いだから10年だぞ!」という謎の対抗心が喉の奥まで出かかっていたけど、何とか飲み込んだ。
『ユメちゃんごめんね、わたしはこの駄メイドにいろいろ言い聞かせないといけないから……』
「あ、あ~、うん。また明日ね!」
『うん! また明日~!』
駄メイドと呼ばれてしまった遠野さんだけど、ヒメが湯船から出るとすぐさまバスタオルを巻いた。
なぜだか紅潮した顔だったけど。
「……ヒメも大変だなぁ」
メイドさんがいる生活にそんな感想を零した私は、話し相手もいなくなったしそろそろのぼせてきたので湯船から上がった。
体の曲線を滑り落ちるお湯。
私はあまり出っ張りのない体付きだから、ヒメのような滝はできなかった。
「…………この差はなんなのだろうか」
手のひらに余るくらい大きいあの胸はいったいどうやって育まれたのか……やっぱり良いものを食べてるから?
育った環境の違いなのだろうか……そんなことを悶々と考えながら体を拭き、パジャマに着替えたリビングに行く。
すると、お母さんがソファーで寛ぎながら晩酌を始めていた。
グラスにはメープルシロップみたいな色をしたお酒が入っていて、グラスを傾けると氷が当たってカランと涼しげな音を響かせる。
ウイスキー……大人の飲み物だ……。
「上がったならちゃちゃーっと髪乾かしちゃいなさい。風邪引くわよー」
お母さんはウイスキーを飲みつつテレビを眺めながら言う。
そんな我が母の胸をじっと凝視していると、流石に私の視線が気になったのかこっちを向いて眉を八の字に曲げた。
「なぁに? 人の胸見て……飲みたくても流石にもう出ないわよ?」
「いや、血は争えないのかなーって思っただけ」
「……いーいユメ? 女の魅力は胸じゃないわ。自信を持ちなさい。あるいはパパみたいな貧乳派の素敵な男を見つけなさい」
「別に自信をなくしたわけではないけどアドバイスありがとう」
とりあえず、私はこの日からバストアップ効果のあるマッサージを試すことにした。
……別に大きいのが羨ましいわけじゃない。
自分の胸を揉むのはなんだか変な気分だけど……運命は変えられるんだと、抗ってやるぞと息巻いて、夜な夜なベッドの上で揉み込むのだった。




