#35. お姫様の盤上
フィールド中央の草原にクレーターが出来てから数刻。
起き上がった男の重厚なローブも、太陽の光にも似た金髪も、土に塗れて汚れていた。
手に土を握りしめ、地面を強く叩く。
「──クソッ! 僕に奥の手を使わせたな……ッ!」
エルドを中心にドーム状の光の膜が《キャラバン》を覆っていた。
VIT、RESのパラメーターが一定値を超えた場合に習得できるエクストラスキル【光帳加護魔法】だ。
広範囲の防御スキルで、物理・魔法の両方に強く、さらに範囲内のプレイヤーへ被ダメージ半減の効果を与える。
しかし、ほぼ確実にノーダメージで防御ができる強力なスキルがためにMP消費量が多く、またクールタイムも長い。
次に発動できるのは660秒後だ。
「り、リーダー! 今のエクスプロージョンは!?」
「……うざってぇ猫だよ。んでもあの威力、MPもだいぶ持ってかれたはずだ。今のうちにここから離れる。偵察隊は先行しろ! 竜翼と夜猫は最優先で潰す! アイツらだけは、必ずッ!」
エルドはそう吠えて、青空の黒点──今もなお天にある夜猫の魔法使いを睨みつける。
そして、そんなエルドの予測は正しく、今のヒメは大盾の上で地上を見下ろしながら戦況を見守ることしかできずにいた。
「長文詠唱……威力は申し分ないけど、MP消費量もクールタイムも絶大……次は630秒後か~」
今回のイベントのために【冷却時間短縮 Lv.5】を新たに習得し、セットしてある。
これによってクールタイムを30%減させるため、超長文詠唱版【エクスプロージョン】のクールタイム900秒を630秒まで短縮していた。
ヒメはクレーターの中で唯一生き残ったギルドが移動を始めたのを睨み、ため息を吐く。
「……あ~、《キャラバン》は消せなかったか。でもやっぱりあの雷は落ちてこない。ユヅキさんのエクストラスキルは情報通り、魔法陣を斬り壊す必要がある。五十嵐には今度ご褒美与えないとな~」
ヒメの命令でエルド、そしてユヅキの調査のために《キャラバン》へ潜伏していた五十嵐柳也は、今頃はカナメとユヅキの代わりに《喫茶しらかぜ》でせっせと働いていることだろう。
戦いは始まる前から手を打つ。
それがヒメのやり方だ。敵情視察はとっくに終えている。
けれどもそれをカナメ達に共有すると情報源はどこなのか聞かれるし、いずれ裏でいろいろ工作していたことがバレてしまう。
なので、作戦参謀として提案をする形でヒメは二人をサポート。
秘密裏に事を進めてこの盤上を完全にコントロールし、カナメの独壇場を作り出す。
(みんなで盛り上がろうね、カナメちゃん)
ヒメが五十嵐へのご褒美は何がいいかと考えながら手元の調査報告書を眺めていると、パーティーチャットでコユから通信が入ってくる。
『敵ギルド発見したわ。数は70人程度よ』
『すぐそっちに行く。ヒメ、このまま叩いていいの?』
「こっちも確認したよ~、う~んそうだね~……」
コユが発見したのは前回17位のギルド《ハバネロナイスDay.》──辛党のプレイヤーで組まれ、全員が赤いバンダナを身に付けた統一感のあるコーディネート。
そして炎属性のみを使って戦う脳筋パーティーだ。
前回は全員が近接武器で、大波のように敵陣へ押し寄せるゴリ押し戦法で17位まで勝ち上がっている。
しかしそのゴリ押しも前回6位のギルド《HB.》の奇襲により止まった。
「コユちゃん、後衛は居そう?」
『杖持ちが10人よ。詠唱待機状態で歩いてる』
詠唱待機状態とは、文字通り詠唱を終えてスキル発動を待機することだ。
この状態では詠唱が終わっているのですぐに魔法スキルを発動できるが、移動はゆっくりと歩くことしか出来ない。
前回の敗因から学び、奇襲を警戒しているのだろう。
「じゃあ~、コユちゃんが先行して魔法誘発して、その隙にカナメちゃんが暴れよ~!」
『はいはい、囮役ってわけね』
「コユちゃんはMP気をつけてね~、もう二発はここから撃ちたいから~♪」
『まだあれやるつもりなのね……MPはまだ余裕あるけど、ヒメがホバリング状態とはいえ二枚も飛ばしてたら流石に減少値が早いわ。コユの方は飛行停止するから』
『飛ばなくても大丈夫なの?』
『余裕よ。カナメのことはしっかり守ってあげるわ』
『頼もしいことで……それじゃ斬り込み行ってくる!』
『ちょ、コユが行くまで待ちなさいよ!』
通信越しに爆発音が聞こえてくる。
同時に、地上の森林エリアで大きな衝撃波と共に砂埃が舞い上がるのが見えた。
作戦通りコユが敵の初撃を誘発。
《ハバネロナイスDay.》の魔法スキルが発動し、戦闘が開始された。
■■■
「我ら《ハバネロナイスDay.》にケンカを売るたァいい度胸だな!」
「子どもは引っ込んでな! ここから先は10辛だぜェ?」
炎属性魔法スキルをコユに防がれた《ハバネロナイスDay.》の面々は大剣やハンマー、両手斧などの大振りな武器を中心に装備しており、集団でコユを取り囲んでいた。
子ども、と言われて眉間に皺を寄せるコユは土を抉るほど強く盾を突き刺し、大きく息を吸って──。
「ワアアアアーーーーッ!!!」
絶叫、いや咆哮した。
「ッ!? 何だ急に!」
「挑発スキルだ! あのガキ、この人数にたった一人で挑発を使いやがった!」
盾カテゴリスキル【挑戦者の咆哮】──。
発動条件がスキル名の音声入力ではなく、プレイヤー本人の叫び声である特殊なスキルだ。
効果は敵対者数に応じて防御力上昇、さらに叫び声を聞いた敵に状態異常『挑発』を付与。
敵が挑発を無視して発動者以外の味方プレイヤーを攻撃する時、挑発を無視した敵に対して強吹き飛ばしを与える。
これにより、相手はコユを真っ先に倒さなければまともに戦うことができなくなった。
そもそもコユしか見えていない彼らは、草むらに隠れたカナメの存在なんて認知できていないわけで──。
「ぐあああっ!?」
最後尾の男が赤いダメージエフェクトと黄金の雨を降らせながらポリゴンとなって爆散。
そして、降り注ぐゴルトコインは全て消滅──【コイントス】が発動した。
「やるよ、コユ!」
「えぇ、ぶちかますわ!」




