#32. だってこれはゲームですから
──まただ。そう思った。
水面が広がる平原で、私の前に現れたユヅキさんはまた暗い顔をする。
この曇り空とおんなじだ。
「【コイントス】──ユヅキさん、ひとつ聞いてもいいですか」
空へ向けてコインを指で弾き、私は問う。
「今、楽しいですか?」
その瞬間、青い刃が閃き、私の首を──。
『【コイントス】の1枚目に成功しました』
間一髪。防御力アップのバフを貰い、チェーンソーで受け止められたけど、この鍔迫り合いはマズい。
第三ダンジョンをクリアしているから、ユヅキさんのレベルは60以上だ。ステータス差が大きい。
「……楽しくないよ。でもやらなきゃいけないの……」
「っ、どうして……そこまでっ!」
「怖いから……」
「怖い……って……」
「……成果を上げなきゃ、空気が淀む。みんなの視線が痛い……っ、怒ってる……憎んでる……それだけゲームに本気なんだ……本気でお金を稼いでるっ!」
鍔迫り合いを押し切ったユヅキさんは立て続けに斬り掛かる。
その震えた声からは想像できない鋭い剣光に、HPは着々と削られていく。
「初めはレアドロップ品を売ったら結構なお金になって、みんなで喜んだ……あの時はまだ楽しかった……でも、変わっちゃった。もっと稼ごうって……待ち伏せPKでアイテムを奪ったり……他のパーティーがHPを削っていたモンスターを横取りしたり、どんどん悪い方向へ変わっちゃった……」
「それで、自分も一緒に行くんですか!」
「何度も止めようとした……!」
力の入った一撃を受け止めきれず、私は弾き飛ばされた。
雷雨で無数の波紋が広がる水面に尻もちをつき、体勢を立て直そうとした途端、切っ先を首に当てられる。
「なにか言えば怒鳴られる……もう足がすくんで動けない……!」
「…………」
その頬に伝うのは、雨か涙か分からない。
でもひとつだけ確かなことは──ユヅキさんが私にそんなことを言った。
これは別に言わなくてもいいことだ。今は敵なんだから。
目的が私の武器なら、私の質問なんて無視してさっさとHPを削ってしまえばいい。
でも、彼女はそれをしない。
今も尚、首に突き付けられた刃は私のHPを1ドット足りとも削っていないのだ。
「……殺さないんですか?」
「…………っ」
ユヅキさんは苦虫を噛み潰したような表情をして、刃が震えた。
ゴロゴロと鳴り響く稲妻が「早く殺せ」と言うかのように、青い刃に雷光を纏わせる。
「殺せばまた戻れなくなる。でも自分では勇気を持てない。だから今、私なんかに助けを求めてる……違いますか」
「そ……れは……」
俯くユヅキさんに、私はたぶん……月崎先輩の面影を感じてる。
本当はかっこいい人なのに、ときおり自信が無さそうに俯いてしまう。
もっと自信を持ってほしい。勇気を持ってほしい。
でもそれは言葉で言っても足りない。
「いやぁ、雷雨っていいですね」
「……え?」
「ほら、こんな大きな雷の音と雨の音……声も掻き消えちゃいそうで」
「…………? なにか、足元に……これは、ゴルトコイン……?」
波に揺れる草のなか、ユヅキさんはどうやら大量に散らばっていたコインの存在に気付いたようだ。
雨の波紋とこの草原、水中がどうなっているのかはよく見ないと分からない。
【コイントス】──118,200G、成功。
「いつの間に……」
「もしかしたらヒメの時と同じようにスキルが発動できなくなっちゃうかもって思いまして、こっそりやらせてもらいました。はー、ヒヤヒヤした!」
バフが次々と付与されていくなか、ユヅキさんは後退る。
「なんで……もう残りHPも少ないのに……」
「だからですよ。死ぬのが嫌だから、こうやって見栄を張って足掻くんです。私は私のために使えるものを使う」
「そんなことしたって……結局意味がなかったら……!? せっかく足掻いても意味がなかったら、もう……」
「立ち直れませんか? あっはは! リアルですね!」
「リアル……?」
「そうですよ。忘れてるんじゃないですか? ここは仮想世界です。現実とは違う。だからこそゲームは楽しくあるべきだ!」
だから私は、この瞬間にお金を使う。
「無意味に終わろうが関係ない! 無駄金なんてない!
今この瞬間を楽しめるのなら、私は喜んでそれを買います!」
それがコユに気付かされた、この仮想世界での私のあり方だから。
「──【ギガントバスター】ッ!」
先の素材集めで両手斧カテゴリ【ルードバスター】のスキル熟練度をMAXにしたことで習得したそれを、叩き込む。
大振りな薙ぎ払いだ。
ユヅキさんなら簡単に防いでしまうだろう。
「【顎】……!」
ユヅキさんは同じくスキルを発動し、ライトエフェクトを走らせる。
ぶつかり合うチェーンソーと刀。
私は【顎】を回転する刃で受け止め、弾き流す。
その隙にもう一度【ギガントバスター】を発動すれば──。
「──【大顎】ッ!」
「なっ、派生技……っ!?」
回転刃であらぬ方向へ受け流し、ユヅキさんの体勢を崩したはずだった。
けれど、踏みとどまったユヅキさんは【顎】からの派生技【大顎】へ繋ぎ、追撃する。
避けきれない。
斬り上げられ、宙を舞う私の体。
けれども空には晴れ間が見え、光が差し込んでいた。
「……はぁ、はぁ……っ、あ────」
「あっはは……負けちゃったかぁ……」
HP0……もうじき体が光になって消える。
いや、正確には人魂になって、一分ほどその場に残るけど。
「あー、楽しかった!」
「……たの、しい……?」
「まさかあそこから追撃してくるなんて、次は負けませんからね」
「次って……」
困惑するユヅキさんに、私は消えゆく体で伝える。
「《ギルドデュエル》では負けません。全力で楽しみましょうね」
それだけを伝えて、私は『GAME OVER』の文字を見届けた。




