#15. 喧嘩販売中、今なら半額セール中
そこは、ゲームソフトや漫画本、ダンボールの山が崩れて散乱する……いわゆる汚部屋と呼ばれる場所。
しかしデスク周りだけ綺麗にされた異様な空間だ。
白いゲーミングチェアに座り、両足をぶらぶらさせながら、これまた可愛らしい白のモニターを鋭い目付きで睨む少女がいる。
その華奢な指はマウスカーソルをぐりぐりと激しく動かし、急上昇ランキングをスクロールしまくっていた。
『【#DDO】ノンストップ・ボスラッシュ!【寝転部コユ】』
──33位。
多くの配信があるなかで33位は決して低くはない数字だ。
しかし、彼女にとっては低すぎるものだった。
「なんでみんなコユを見ないのよ……! 初心者がダンジョン見つけたのがそんなに凄いの!?」
デスクを叩く──台パンをかまして、寝転部コユの中の人は机を蹴り飛ばす。
それによりローラー付きのゲーミングチェアが押し出され、後ろのゴミに引っ掛かり──。
「うきゃっぷ!?」
ひっくり返ってゴミの山へダイブした。
「ちょっと恋雪ー? なんなの今の音はー!」
「転んだだけ! 部屋には入ってこないでよ!」
物音を聞き付け下の階から声を飛ばす母へ、恋雪は慌ててドアの前にダンボールを寄せ集めてバリケードを作りながら言う。
「あんたもう20歳過ぎてるんだから、そろそろまともな仕事見つけて……」
「だからお母さん、仕事はしてるって! あれよ、デスクワークなの! それにちゃんと毎月の家賃払ってるでしょ!」
「怪しいわね……」
「あぁもう、これから仕事だから邪魔しないでよ!」
そう一喝した恋雪はフルダイバーズを手に取り、デスク周りの他にゴミを退けてあるもう一箇所の安息地──ベッドに寝転んだ。
「ランキング2位……カナメ……待ってなさい。あなたを倒して、私はもっと……もっと有名になるんだから!」
そして恋雪はコユとなり、DDOにログイン。
カナメがレアドロ狙いの男衆に絡まれてるなか、ただカナメを倒す為だけに、一歩前へ踏み出したのだった──。
■■■
「──『カナメ様、ヒメ様。先日は突然のコラボ配信にご協力いただき、ありがとうございました。つきましては、出演料をお支払いするので送金先をこちらのメールにご返信いただけますと幸いです。by.寝転部コユ』……お、思ってたよりしっかりしてる……」
あの決闘から一日。
私はいつの間にかメールボックスに入っていたそれを読み上げた。
「ヒメ、どう思う?」
『ん~……受け取ってもいいんじゃないかな~? あの子、後腐れはなくしたいタイプだと思うよ~』
ビデオ通話中のヒメは大きな湯船の水面をざぶんと揺らす。
胸から滝のようにお湯を流しながら上がったヒメを見て、私は思わず目を逸らした。
『一瞬消そうかな~って思ったけど、たぶんそんなに悪い子じゃないんよ~』
「この子はまたサラッと物騒なことを……」
『えへへ~、ちなみにあの男の人達はしばらくログインしてこないよ』
「サラッと物騒なことを! ま、まさかお嬢様特権で……とか?」
『普通にゲーム内から運営に通報しただけだよ~。ルール違反はダメなのです』
「なんだ、よかった……」
そりゃ、さすがに横暴なことはしないよね。
『ユメちゃん、あの子のこと気になるの~?』
「ん……まぁ、ちょっとね。放っておけないって言うか……」
『ふふっ、そっかぁ~。わたしはユメちゃんのやりたいようにやるのがいいと思うな~』
「そうかな……コユさんには迷惑かも」
『じゃあやめる?』
「……やめない。自分なりになんとかやってみるよ。ありがとヒメ」
『うん! それがいいと思うよ~!』
「あと、早く服を着なさい。風邪引くでしょ」
『は~い♪ それじゃあまた明日ね~』
「うん、また明日」
通話を終えると、部屋が妙に静まり返って……少しそわそわしてしまう。
そういえば最近は配信ばかりで、こんな静かになることはなかったな。
「……ログインするか!」
我慢できなくなり、私はDDOにログインする。
配信は……今日はおやすみだ。
のんびり街を歩くのも、たまにはいいよね。
「──さてと」
王城が聳える始まりの街。
そういえばあまり見て回ったことはなかった。
大きな壁に囲われ、まるで海外に来たような街並みは私の心に郷愁を教えてくれる。
鍛冶屋、服屋、食事処……いろんなお店が建ち並ぶなか、NPCが行き交っていた。
せっかくだし、目に止まった屋台に売っていた《焼きスライム串》なる食べ物を買ってみる。
「あまっ、なにこれ!? ぷるっぷるしてると思ったら噛んだ瞬間にパリッと皮が割れて、ハチミツみたいにトロッとした中身が溢れてくる……熱々だ。味はフルーティーと言うか……これは……リンゴの蜜のような風味……美味ぁ……!」
そんな独り言をペラペラと言ってしまうのは、配信してる時のクセ──職業病と言うやつだろうか。
「──なにこれ! トロッとしてて……ラムネ味かしら……? スライムも侮れないわね……しかし、モンスター飯を食べられるのは仮想世界の醍醐味ね~」
なんだか聞き覚えのある声がすぐ隣から。
そこには私と同じように焼きスライム串を頬張る、いろいろ隙だらけなシースルーのワンピースを着た女の子……。
「……あっ」
「んむ? ──ぁお゛っ!? ごほっ、ゲホッ!?」
「あ、だ、大丈夫ですか!?」
「んんッ、ぐっ……ふぅ……へ、平気……これくらいどうってことないわ」
じゃっかん涙目になっているけど、喉に詰まったスライムを飲み込んだコユさんは胸を張って余裕そうな表情を見せる。
まさか昨日の今日で会えるとは思ってもみなかったな。
「……あなた、今日はあの魔法使いを連れてないのね」
「ヒメなら今日はログインしてませんよ。もしかしてヒメにも勝負を挑むつもりだったんですか?」
「そんなつもりはないわよ。確かにあの子もランクインしてたけど……コユが倒したいのはあくまであなたよ、金髪赤眼チェンソー女」
「まぁヒメってあぁ見えて怖いですしね」
「怖いとは一言も言ってないわよ! 喧嘩売ってるなら買うわよ!?」
「お会計1,000,000ゴルトになります。レジ袋はお付けしますか?」
「高いわね!? 要らないわよ! ったく……」
すぐさま焼きスライム串をもっちゃもっちゃを食べ終えたコユさんは、手を振って去ろうとする。
「それじゃあね」
「どこか行くんですか?」
「は? いや……コユがいたらあなたのリスナーが気分悪くなるでしょ」
「そんなことはないと思いますけど……それに今は配信してませんし」
「あなたもオフなのね……けどあんなこと言われて、コユと一緒じゃいい気分じゃないでしょ。やっぱり私は──」
「……気まずいですか」
私がそう言うと、逃げようとしたコユさんはピタリと止まった。
止まってくれた。
この人はやっぱり、優しい人だ。
踏み台にするとか言っていたけど、きちんと出演料を払おうとしてたり、今も……私の心情を汲み取ろうとしてくれていた。
まぁ、当たってないけど。
「勝とうとしたのに負けもせず、煮え切らない引き分けで終わってしまった相手と一緒にいるのは……気まずいですよね」
そう言うと、今度はしっかり振り返り、私の目を睨みつけてくる。
「なに……? 本当に喧嘩を売っているのかしら」
「はい。今なら半額の500,000ゴルトで販売中です」
「……いいわ、買ってあげる」
『プレイヤー《コユ》から《決闘》を申し込まれました』
「じゃあ、私が勝ったらこの前のコラボ出演料、なしにしてもらえますか」
「はぁ!? なしって、要らないの!? 安くない金額よ!?」
「その代わり──いえ、これは勝ってからお願いします」
「……ふぅん? 勝ってから、ね。その余裕、真っ向から潰してあげるわ」
それでいい。だって私は、後腐れはなくいきたい。
汚れも凝りもなくしたい。
そうしたら、きっと私達は──。
「──悪いけど……勝たせてもらうよ」




