#10. 濫伐者カリカーン
私達が挑む《濫伐者の柩》は、地下四階層にもなる大規模ダンジョンだ。
一週間前の配信からヒメのように爆発させてダンジョンに侵入し攻略を進めるプレイヤーが何人かいたらしいけど、最下層のボス部屋の扉を開ける『鍵』は未だに見つかっていないそうだ。
「どんどん道が入り組んでる……これマップ無いと絶対迷子になるよ」
「わたしはマップがあっても迷子になりそうだよ~」
「あはは、まぁどこ見ても似たような景色だしね」
三層目はこれまで以上に方向感覚を失わせるような作りだ。
幽閉した濫伐者を外へ出さないための迷宮化。
だけど、私達まで外へ脱出できなくなりそうだ。
たまに横たわった骸骨を見ては二人して悲鳴を上げてダッシュで進む。
分かれ道がよく三本になってるのは、『3つ目を認識できない』というボスの性質のせいだろうか。
「これ、最下層の地図じゃない?」
「わ~ほんとだ~! ……すっごい迷路だね~」
「中心部だけ正方形の広い部屋になってる……ここがボス部屋っぽい?」
「場所は分かったけど、扉を開けるための鍵がまだ見つかってないよ~」
「……鍵か。もしかしたら無いんじゃない?」
「え~?! そ、そんなことあるのかな~?」
「だってさ、ここのボスは迷路で迷っているから外へ出られないって設定なわけでしょ? なにも閉じ込めるのに鍵は必須じゃないはず」
そんな私の推察は……当たっていた。
本当に当たっているとは思わなくて、ここの攻略に来ていたらしい視聴者の何人かが『マジかよ』『そりゃ聞いてないぜ』と嘆いていた。
このゲームをよくプレイしているからこそ、ゲームのセオリー通りに攻略を進めてしまったんだろう。
だからこの隠しダンジョンも見つからなかった訳だ。
「……お~、開くね~」
おどろおどろしい装飾をした両開きの大きな鉄扉。
それを試しに押してみると、引きずるような音と共に扉は後ろへ動く。
私はヒメと顔を見合せ頷くと、二人で力いっぱいに重い鉄扉押し開いた。
部屋の中は暗く、中央もよく見えない。
だけど、暗闇の中を何かが蠢いている……そんな気配はあった。
「ヒメ、お願い」
「はいは~い! じゃあバフ掛けるよ~」
「ううん、爆破して」
「はいは……えぇ~っ!!?」
マギアロッドを掲げていたヒメは、そのままの体勢で口をあんぐり開けていた。
爆発したら私まで巻き込まれるからダンジョン内ではバッファーに徹すると言っていたのだ。驚くのは無理もない。
「ボス部屋は広いし、それに壁が崩れることは流石にないでしょ?」
「そ、それは確かに……破壊不能オブジェクトだろうけど……」
「正直火力が足りるか不安なんだよね。一発でいいからド派手に頼むよー」
「カナメちゃんがそう言うなら……張りきってやっちゃうよ~!」
そう意気揚々と言って、詠唱を始める。
ヒメを中心に展開された魔法陣から放たれる光に、私のバルディッシュが銀に煌めいていた。
そのタイミングで《星屑の小瓶》を10個、部屋中央に向けて投げつける。
私達に攻撃力上昇のバフが掛かり、さらに大正方形の部屋が青々と照らされ──ようやく私は濫伐者の顔を拝むことができた。
暗闇から青い光に照らされ出てきたのは、《ゴブリン・キング》よりも大柄で、しかし筋肉質な体躯。
肌は灰色で、たくましい筋肉も相まってまるで岩みたいだ。
けど、顔は鬼のような形相で牙が上向きに生えてる。
長い耳を持ち、やや猫背気味のその格好は間違いなくゴブリン系モンスターの立ちモーションだ。
『キターーーー!!!』
『ほう……これが……』
『これゴブスレ通るんじゃね?』
『ヒメちゃんカナメちゃんがんばえ~!』
『コイツも大斧使うのか』
初見のボスに、視聴者のテンションも上がっていく。
さあ、爆発だ。
「初めまして濫伐者さん。初対面で悪いけど、瞬殺させてもらうよ」
「──いざ爆ぜよ!【エクスプロージョン】!」
刹那、大爆裂。
凄まじい熱気と、青い星屑の砂が混じった黒煙が吹き荒れる。
初撃をクリティカルヒットさせたことで、一本目を六割削った状態で最大四本のHPゲージが表示。
未踏破の隠しダンジョン《濫伐者の柩》のボスモンスター、《濫伐者カリカーン》との戦闘が始まった。
「──ヒメ!」
「【勇攻激化魔法】【彗星加速】【運命の輝き】
【魔力回復領域】【爆裂属性付与魔法】──!」
《濫伐者カリカーン》が雷鳴にも似た低い唸り声を上げるとスキルは発動できなくなる。
その前に強化系スキルで攻撃力、敏捷性、運気の上昇に加え、MPを自動回復。
さらに攻撃時に爆発を起こせる属性エンチャントを施された私は、バルディッシュを振りかぶる。
「【ルードバスター】ッ!」
「グオオオオォォォォーーーーッ!!!」
肌が、いや身体の芯がビリリとひりつくような咆哮が響き渡る。
しかし、既に発動していた【ルードバスター】は灰色の巨体にクリーンヒット。
バルディッシュの刃が左肩を抉り、赤いダメージエフェクトを迸らせる。
正直これで決まってほしかったけど、ボスモンスターがちょっとやそっとで倒れるわけもなく──。
「ゴァァァァァッッ!!!」
太い腕が大きく振り払らわれ、私は重い衝撃を正面から喰らう。
でもたった一撃でやられるほど私は脆くな────?
直後、私は背中にも衝撃を受けた。
「カハッ──!?」
──何が……起きたの……?
あれ、あのゴブリン……あんなに小さかったっけ。
ちがう、全身が痛い。
違う……アイツが小さくなったんじゃない、距離だ。
今の一撃で、部屋の端まで吹っ飛ばされた。
息が──どうやって吸うんだっけ。
「カナメちゃん!! 回復を!」
ヒメの一声で、私は回復ポーションを使う。
魔法が届かない距離まで飛ばされたのかな……あぁ違う、もう『戦慄』の効果が出てるんだ。
混乱してるな。落ち着け私、慌てる必要はないぞ。
「ごめん、ちょっとビックリしてた!」
激突した壁はほぼ崩れているけど、その見た目ほど身体は痛くない。
息が吸えない気がしたのも、私の脳が勘違いしたからだ。
分かってしまえばもう大丈夫。
痛みはほとんどないし息だって現実ではベッドの上にある私が普通に吸ってる。
だってここはゲームだ。
そして、私の晴れ舞台でもある──。
「カリカーンの形態変化! あれは……!?」
バフ盛り盛りの【ルードバスター】でHPゲージの一本目を削り切ったのは良かった。
でも、ヒメの声色に驚愕が含まれていたのを聞くに、かなり厄介なことになってきたようだ。
《濫伐者カリカーン》は大きな斧を手に、ザリザリと刃を引きずりながら迫ってくる。
私と同じタイプかよ……!
「まぁ、代償なしに強敵をブッ飛ばせるほどラクなゲームじゃないよね」
【コイントス】を使うしかない。
でもスキルを使うには戦慄状態が邪魔だ。
あんまり気は進まないけど、あれをやるしかないか……。
「カナメちゃん、それって……」
「ただのナイフ。10,000ゴルトで売ってた」
これを私は、耳に押し当てる。
「それじゃ、しばらくアイコンタクトでね」
「えっ!? ちょっ、まさかカナメちゃ────」
両耳にナイフを突き刺すと、血のようにも見える真っ赤なダメージエフェクトがちょっぴり痛々しい。
そう。耳栓が手に入らないなら、聞こえなくしてしまえばいいのだ。
無音状態の代わりに戦慄状態から解放された私はバルディッシュを構える。
ヒメにはきっとあとで叱られるかな、なんて思いながら。
──だいぶHP減っちゃったな。頭に近いからか。
しかし私の行動が予想外だったのか、眼前のデカい灰ゴブリン《濫伐者カリカーン》はゲタゲタと笑ってる。
そんなにおかしいか?
『鼓膜ないなった……(戦慄)』
『ヒェッ……』
『覚悟決まってんなぁ』
『俺だってそうする』
『覚悟ガンギマリニキおって草』
『でもこれでようやくアレが見られるわけですね!』
音は聞こえなくても、コメントを見ることはできる。
現在の視聴者数は10,000人。
……え?一万?
一回の配信でこんなに大勢が見に来てるって、有名VTuberレベルじゃない?
──なら……それならば。
「────」
コイントス。
1枚のゴルトコインを指で弾く。
表。たったレベル25のLUC値だけど、流石にこれは当たる。
『1枚目成功!!』
『でも奴さんは待ってくれないらしい』
『変身中は攻撃しない暗黙の了解はどうした!』
『別に変身はしてない』
『了解もしてない』
大斧を引きずっていた《濫伐者カリカーン》は重々しい走りで迫り来る。
至近距離、大斧を振りかぶったタイミングで私もバルディッシュを振り上げ、カウンターに成功。
大きくのけ反った灰色の巨体を踏みつけ、勢いよくナイフを喉元に突き刺す。
深く、全ての力を込めて深く突き刺すと、巨体を揺らし大きくもがくカリカーン。
振り払われたけど、ナイフは喉に刺さったまま。
これでもう叫ぶことはできない。
「【癒しの願星】!」
戦慄状態が消えたヒメが私のHPを完全回復させ、両耳も元通り復活する。
「いやぁ、ヒメの声が聞こえないのはかなりつらいね」
「あとでお説教だからね!」
「わかってる。でも今はこっち……って、あれ?」
私が指さす方には、喉にナイフを刺したまま怒り心頭と言った雰囲気の灰色筋肉ダルマ。
血管が浮き出て…………なんかHP回復してる。
ねぇ、待って、せっかくここまで削ったのになんか回復速くない?
というかそれどういう原理?
ズルくないか。これがボスってヤツなのか。
「ガ、ロォォッ…………ブッ、コロ……ス!!」
「こっちのセリフだよ!」




