アイドルを殺せ
ぱっぱらりー、ぱっぱらりー。いい天気♪
春も深まり、思わず鼻唄が漏れ出ちゃう♡
あたしの名前は花岡真奈美。高校二年生。
あたしはじつはアイドルだ。もちろんまだ誰にも言ってないけど、今はアイドルのたまごとして潜伏してる。
ふふ……。たまごから産まれたあたしが、再びたまごだなんておかしいけどね!(*´艸`*)
学校へ着くなり親友でアイドル仲間の香菜が血相を変えて聞いてきた。
「真奈美ちゃん! 聞いた?」
そんなことをいきなり言われても、何のことやらわかるわけがない。
あたしがかわいく首を横に2回振ると、香菜がスマートフォンでニュース動画を見せてきた。
画面には日本初の女性首相、神田政子が映り、口から唾を飛ばしながら演説していた。
『アイドル粛清法案をここに可決します! アイドルは発見次第、殺してください。アイドルは人間ではありませんので、躊躇したり、情をかけたりする必要はございません! もちろん殺しても罪に問われることはなく、それどころか褒賞金が国から支払われます。一殺30万円から2億円、仕留めたアイドルの格により、それ相応の金額が支払われます。それでは、今これより法律を適用いたします。見つけたら、殺せ!』
あたしは愕然となった。
香菜もちっちゃなその顔を青くしている。
教室を見回すと、みんなその話で盛り上がっているようだ。
「アイドル、うちのクラスにもいるんかなー」
「まだたまごだろうから、殺しても安いだろうなー」
「でも最低でも30万だぜ? 1分で殺せば時給千八百万円!」
「どういう計算だよwww」
((((;゜Д゜))))
あたしは心の中でひっそりとガクブルした。
……なんで?
なんであたしたちアイドルが殺されないといけないの?
「女の嫉妬って怖いよね……」
香菜が小声で教えてくれた。
「神田首相、ほんとうはアイドルに産まれたかったんだって。でもふつうの人間に産まれちゃったから、かわいいアイドルを憎むようになっちゃったんだって」
誰だよ、こんなの総理大臣にしたの(/_;)
とりあえずあたしも香菜も、アイドルのたまごだってこと隠して生活しなきゃ……!
☆ ★ ☆
「た……、ただいま……|ω・`)」
おそるおそる家に帰ると、フミヤが困り顔をしながら奥の部屋から出てきた。
「困ったことになった……、真奈美」
「うん。ニュース、見たよ((´・ω・`」
「おまえを立派なアイドルに羽化させて、俺がプロデュースするのが夢だったんだがな」
「……あたしを殺さないの?(´・ω・`)」
「なんで俺が……」
「だって30万円稼げるよ?(´・ω・`)」
ふー……とため息をつくと、フミヤはサングラスの奥の目を優しく笑わせた。
「確かに……。あの法案が可決してしまったからには、これからはアイドルで一儲けすることは出来なくなるな」
「それどころか、匿っていたりしたら犯罪になるかもよ?( ´•д•` )」
「殺してほしいのか、俺に」
「だって……フミヤに迷惑かけたくない(´Д⊂」
ほんとうに、フミヤのお荷物になるのはやだ。
あたしを拾って育ててくれたお父さん。まだ31歳だから、お父さんと呼ぶには若すぎるけど。
かっこよくて、優しくて、あたしの大好きなフミヤ。
いつかアイドルとしてデビューして、育ててもらった恩返しができると思ってたのに……。
「いいか、真奈美……」
フミヤはサングラスを外し、その美しい顔に優しい微笑みを浮かべて、言ってくれた。
「17年前、橋の下でおまえのたまごを拾った時、俺は嬉しかったんだ。アイドルを育ててみたかったからな。そして、すくすくと育つおまえを見ているうちに、おまえのことを本当の娘だと思うようになったんだ」
「フミヤ……(:_;)」
「だから、どんなことがあっても見捨てない」
彼の胸にあたしは顔を埋めた。
あったかい涙がぽろぽろとこぼれた。
種族を超えた家族愛ってあるんだと、今さらながらにフミヤのことが信じられた。
「とりあえず……真奈美。学校をやめろ」
「え!? なんで?Σ(゜Д゜)」
「今は見ての通り、おまえは地味で目立たない女の子だ。ブサイクともいえる」
「だから、あたしがアイドルだなんてバレないよ?(*^^*)v」
「しかし、アイドルに羽化する時、必ずおまえはサナギになる。サナギになった時点でおまえがアイドルだということがバレるんだぞ。そしてその時、おまえは動けない。学校に通うのはあまりに危険すぎる」
確かに……フミヤの言う通りだった。
あたしたちアイドルはブサイクな幼虫からサナギの状態を経て、美しかわいいアイドルに羽化するのだ。
いつサナギになるかは自分でもわからないし、それは突然にやってくるらしい。教室にいる時にサナギになっちゃったら、どうすることもできない。
あたしはうなずき、フミヤの胸にこつんと額を当てた。
「……わかった(* •́ω•̀ *))」
☆ ★ ☆
外ではアイドル狩りが始まった。
みんな松明やペンライトを手に持って、人間に紛れて生活しているアイドルを炙り出しにかかっている。
みんなサングラスをかけていた。偉い科学者のひとが作ったサングラスだそうだ。それを通して見れば、潜んでいるアイドルが天使に見えるから、見抜くことができるらしい。
フミヤの部屋に身を隠し、毎日スマホゲームで暇を潰しながら、あたしは外の様子に気を配っていた。
香菜は大丈夫かな……。(* •́ω•̀ *)
優しそうなお義母さんと二人暮らしだから、あたしがフミヤに守られてるみたいに、守ってもらってるのかな?
でも……ちょっぴり不安。
あたしたちアイドルは、羽化するまでは育てるのに労力がいらない。何しろウンコもシッコもしないし、食べ物も食べないから、桃の炭酸水さえあれば育てることができる。
育てるのに苦労のいらなかったものは、手放すのにも苦労がいらないんじゃないだろうか。
ばーん!
突然、玄関先からドアを蹴破るような音がした。
フミヤの大声がすぐに聞こえてきた。
「なんだ! 貴様ら! 俺の家の玄関を破壊するな!」
狂ったような男のひとたちの声がそれに続けて聞こえてきた。
「おい! 花岡フミヤ! おまえ、アイドルを匿っているだろう?」
「おまえの養女の真奈美とかいう女! あいつ、戸籍がないって判明したぞ!」
「アイドルだろう!」
「差し出せ! 匿うとテメェも殺すぞ! ……あっ!」
玄関先へ出ていったあたしを見つけて、みんなが一瞬、黙った。
すぐにフミヤという名の細っちぃバリケードを突破して押し寄せてくる。
「大丈夫。抵抗しないし、逃げないから(^o^;)」
あたしはアイドルらしく、にこっと笑った。
「だからフミヤに痛いことしないで!(^O^;)」
「真奈美!」
フミヤの絶叫を聞きながら、あたしは表へ引きずり出された。
「真奈美っ! 真奈美ーーーっ!!!」
ありがとう、フミヤ。
あなたはあたしを17年間も、ひっそりと隠しながらも献身的に育ててくれた。
いくら桃の炭酸水さえあればシュワシュワと生きていけるアイドルとはいっても、愛がなければ生きられなかったよ。
あなたの愛がなければ、こんなに大きくなれなかったよ。
(>_<。
夜の校庭に、おおきな十字架がふたつ、用意されていた。
そのひとつに既に誰かがはりつけにされている。
「香菜!」
連行されながら、はりつけにされているその子の名を叫んだ。
「お義母さんに簡単に差し出されちゃった……。テヘ!−(≧ڡ≦)−」
傷ついてるだろうに、香菜は気丈にそう言って笑った。あんな優しそうなお義母さんが……
それでもさすがに自分の手で殺すことはできなかったようだ。匿っているのがバレるのを恐れ、差し出したのだろう。
あたしを香菜の隣にはりつけにすると、知らないおじさんが言った。
「さて……。誰が殺す?」
みんなが平等を重んじて意見を言い合ってる。
「みんなでそれぞれ槍で一突きずつしよう」
「それで褒賞金は均等に分けるんだ」
「それがいい、それがいい」
「じゃ、誰から突く?」
「やめろーーっ! おまえらーーッ!」
フミヤが向こうから駆けて来るのが見えた。
「恥ずかしくないのか! カネ目当てに……こんなことを! おまえら、アイドルに夢と癒やしをもらってたんじゃねえのかーーッ!?」
でもあたしは眠くて、眠くて……なんだか薄い膜の内側からそれを眺めているみたいだった。
知らないおじさんたちの声が聞こえる、夢の中の声みたいに。
「そんなこと言ってもな……」
「俺ら、見てるだけで、せいぜい握手してもらえるだけだったし……」
「何より羽化する前のブサイクなら殺しても罪悪感がそれほど……あっ!」
みんながあたしたちを見て、叫んだ。
「サナギになったぞ!」
あたしと香菜ははりつけにされたまま、同時にサナギになってるようだ。
だるいけど目を動かして隣を見ると、確かにそこには木の幹にくっついたような香菜のサナギがだらーんとしていた。
「30分もあれば羽化するはずだよな?」
「よし! 待つべ!」
「羽化したアイドルなら褒賞金も跳ね上がるはずだ!」
フミヤは取り押さえられてるようだった。あのクールでかっこいいフミヤが声を枯らして喚いてるのが遠くに聞こえる。
あぁ……。なんだかものすごくだるいけど──
大丈夫だよ、フミヤ。
羽ばたいたらアイドルは無敵なんだから!
「あっ!」
誰かが、叫んだ。
「サナギが割れるぞ!」
熱い震動が、足先のほうから、あたしのほっぺたに向かって昇ってきた。
背中がむず痒い。翼が動き出したのを感じる。
薄目を開け、隣の香菜を見ると、サナギが割れてて、その中から真っ白な光が溢れはじめていた。
あたしは言った。
「せーの」
香菜の声が重なって聞こえた。
「せーの」
静寂を、あたしたちの光の声が吹き飛ばした。
「「アイドル誕生っ! マナミとカナで、マナカナでぇーっす!♥\\(* ¨̮*)/\(*¨̮ *)//♥」」
あたしたちは白い翼を広げ、地上に降り立った。
マイクなんかいらない。演奏もいらない。
照明だっていらなかった。二人で踊り出せば、その場に眩い光が産まれる。
みんな呆気にとられていた。
笑顔で踊り、歌うあたしと香菜に、その目は釘付けだった。
あたしがピンクの光を纏えば、香菜は黄色い光を纏う。
だんだんとみんなの顔に夢見るような笑いが浮かび、レスポンスが起こりはじめた。
みんながペンライトを両手に持ち、それを振り上げた。
片手はピンク!(๓´˘`๓)♡ もう片方の手は黄色!❀.(*´▽`*)❀. えいっ!☆ えいっ!★
「マーーーナーーーちゃあぁぁぁんっ!」
「カーーーナーーーちゃあぁぁぁんっ!」
みんながペンライトを夢中で振りはじめる。
もっと! もっとだよ!
もっとあたしと香菜を崇めて!
もっと好きになって!
もっと! もっと! ひとつになろう!
ぶっとい銃声が響いた。
しん……と、みんなが静まり返る。
みんなが一斉に振り向いた先には神田首相が軍隊を引き連れて仁王立ちしていた。
「アイドル粛清法に基づき、おまえたちを退治します」
意地悪なアヒルみたいな口を笑わせて、首相がそう言った。
「一斉射撃! はじめ!」
ナパーム弾があたしたちのお腹に降り注いだ。
フミヤの絶叫も聞こえないぐらい、それはけたたましく鳴り響いた。
大丈夫だよ、フミヤ。
あたしたち、どーせ非現実存在だから。
血も出ないし、死んでも伝説になるだけなんだ。
なんでだろう。涙だけは出ちゃうんだけどね。
テヘ! (>_<。