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フィルムカメラにまつわるストーリーその1

作者: ユニトール

近所の公園の深緑や草花の煌めきが、小さな写真店の静かな日常に彩りを添える。

店主は、いつものように、カメラとフィルムの業務に没頭していた。

彼の写真店は、地元の人々にとって、思い出を形にする特別な場所。


彼の写真店に30代くらいの常連のお客様がやってきた。

名前は上田さんといい、

趣味は古い2眼レフカメラで山々の自然の美しい瞬間を捉えること。

上田さんは毎週ではないが週末に撮ったブローニーフィルムを現像するために、

この小さな写真店を訪れている。

最初の来店から2年程になるが、このところの少しやつれた様子に少し心配を感じていた。


ある日を境に上田さんは店に来なくなった。

店主は彼のことを気にかけつつも、日々の業務に追われていた。


半年後、写真店に一人の女性が訪れた。

女性は、自ら運転する黒い軽ハイトワゴンを店の前に停めて、

ブローニーフィルムの現像を依頼した。しかし、女性が持ってきたフィルムは、

フィルムの巻き送りが逆になっており露光されていなかったのだ。

DP袋に記入された名前は「上田」とあった。

店主は、今や5本セットで2万円近くもする高価なISO400のフィルムが

無駄になったことに女性がどれほど失望しているかを察し、同情した。


2週間後、女性は再び来店し、今度は巻き送りもきちんと撮影されたブローニーフィルムを持ってきた。

ただ、今回のフィルムは露出オーバーで真っ白、何が写っているのかわかりにくい。

店主は仕上がりに気を落として何も言わずに帰ろうとする女性に声をかけた。

女性は、フィルムカメラやデジタルカメラについて何も知らないこと、

普段はスマホだけを使っていることを店主に告げた。

店主が「どんなカメラで撮影されていますか?」と聞くと、

女性は撮影したカメラをバッグから取り出すと上田さんの愛機と同じだった。

カメラをお借りして機能を点検したところ、故障はなかった。

女性は晴れた日の山々の風景を撮影したいとのことでした。

そのカメラはシャッター速度が1/500までしかない、

お手持ちのフィルムもISO400なので、絞りF11、速度1/500をお勧めした。



さらに2週間後、女性が現像を依頼に来た。今度の写真は適正な露出で、

しっかりと撮影されていた。女性は喜び、店主に感謝の言葉を述べた。

店主が穏やかな声で尋ねた。

「お客様は当店に良く来られていた上田様のお身内の方ですか?」

女性は小さく頷き、静かに答えた。「はい、このカメラは主人の愛用品でした。」

彼女は、古びたが大切にされてきたフィルムカメラを取り出してカウンターに置いた。

「死別です」と、女性はそっと言葉を落とす。その言葉に重みがあった。

店主は言葉を失い、しばし沈黙が流れた。

女性は少し間を置いてから、静かに語り始めた。

「お店の方には重い話になりますが、私たちは7年前に結婚しました。

主人は仕事が激務で、休日出勤も多い中で数少ない休みの日に一人で山に登り風景を

撮ることを楽しみにしていました。ただ夫婦としては年々距離と申しますか溝が出来て、

ただ一緒に住んでいるだけで、主人が入院した時も必要最低限のことしかせず、

あっという間に別れになりました。」

女性の声には悔恨と、どこか寂しさが混ざっていた。そして、彼女は続けた。

「主人が亡くなった後、勤務の過酷な状況や私への思いをあらためて知り、

唯一の楽しみにしていた愛機での撮影を通して主人と対話していこうと思ったのです。」

悲しみだけでなく、何かを乗り越えようとする強さも感じられる彼女の姿に、

店主は何も言えず、ただ静かに話を聞いた。



女性は定期的に来店し、写真撮影の技術も格段に向上していました。

店主はご主人の存在がかつてそこにあったことへの郷愁、

そして撮影を通して自身の成長を喜び、

前向きに人生を進まれているのだと思うのでした。


しばらくすると女性は最新型のミラーレス一眼レフデジタルカメラを手に入れ、

撮影した画像のプリントを注文に来店。

プリントを満足げな表情でながめ、赤い車の助手席に座り店を後にしました。

その後、女性の来店はなくなりました。

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