ココロコロコロコロンコロン
サファイアのような美しい青色のビルや塔が立ち並ぶ街。
名前はない。とっくの昔に捨てられた。
私は最後に残った一体のロボットだ。製品名はHB-R3である。
今日も今日とてプログラム通りに、ビルの屋上に植えてある草花に水を遣る。
底がもう抜けそうな如雨露。
使えなくなったとき、どうすればいいのか、私には分からない。
「あら。あなたは門番さん? それとも庭師?」
急に話しかけられた。
声のするほうへ反応すると――『冒険者』の恰好をした少女がいた。
「いいえ。私は、ここの管理人です」
「そうなの。じゃあここの物資は奪っちゃ駄目ね」
冒険者にしてみれば、随分とモラルのある言葉だった。
彼らは世界戦争で滅びかけた人類の生き残りだった。
残り少なくなった物資を奪い合っている。何度かここに来た冒険者たちが言っていた。
「そのほうがありがたいです。排除するのは酷く不効率ですから」
「でしょうね。自立したロボットの相手なんて面倒ですもの。それに野晒しになった死体もあったし」
「墓を作るのも不効率です。もう動かない物体はそれだけですから」
女の子はニコニコ笑って「あなたはユニークね」と言う。
「私、カオリって言うの。あなたの名前は?」
「HB-R3です」
「それは製品名でしょう? そうねえ……」
女の子――カオリは笑いながらこう言った。
「アールさんって呼ぶわ。言いやすいしね」
「アール、さん……」
「それじゃ、またね。お父さんに怒られちゃうし」
カオリはそのまま器用に梯子を伝って下に降りていく。
ビルの屋上で私はしばらく、理解不能な感覚に襲われていた。
なんだろう、この回路反応は。
◆◇◆◇
カオリはその後、しばらく私の元に訪れた。
他愛のない話をして、私との会話を楽しんでいるようだった。
私は己の仕事が邪魔されない限り、カオリの相手をした。
およそ十五才程度のカオリは無邪気で天真爛漫で――可愛らしかった。
ロボットである私が考えることではないのだけれど。
この人間は面白いと思った。
ある日、小鳥が亡くなってしまったとき、彼女は悲しそうな顔をして、墓を作った。
どうしてそんな不効率なことをするのか、私は訊ねた。
彼女は「そのままだと可哀想だから」と答えた。
感情があるのか分からない小動物のことを慮る気持ちが、私には理解できなかった。
だけど、カオリが一緒にいてくれるのは少しだけ助かった。
彼女の面倒を見ると時間が過ぎ去っていく。
一日が早く過ぎるのを感じるのだ。
「ねえ。アールさん。私、お父さんに黙って旅に出ようと思うの」
数か月後、唐突に彼女がここを離れると言ってきた。
私は「どこも一緒ですよ」と答えた。
「不毛の地が広がっていくだけ。変わりないのは青い空だけですよ」
「分かっている。でも冒険したいの」
カオリが頑固なことは知っていた。
私は彼女の思いを否定することなく了承した。
別れ際、カオリは「一緒に行かない?」と誘ってくれた。
私は断った。草花の面倒を見ないといけないから。
彼女は少しだけ悲しそうな顔をして、それから一転、笑顔になった。
「それじゃ、行ってきます!」
私はカオリの姿が見えなくなるまで手を振った。
不効率だと分かっていても、何故かやめられなかった。
◆◇◆◇
カオリと再会したのは、十年後。
彼女は酷い怪我をしていた。
「何か、あったんですか?」
私の問いに「私のこと、覚えていたの?」とカオリは笑った。
「ま、当然よね。人間の記憶力よりも凄いんだから」
「ええまあ。それより怪我は?」
カオリは脚が重傷だった。
私は草花から薬を精製した。それが本来の仕事だった。
「せっかく育ててたのに、いいの?」
「そのためのものですから」
「……私を追っている人たちがいるの」
カオリから彼女のものではない血液が感知できた。
おそらく返り血だろう。
悪人に追われたのか、それとも……カオリが悪人なのか。
「迷惑をかけられない。すぐに出て行くわ」
「少しお待ちください」
私は清潔ではないベッドにカオリを寝かせて外に出た。
生体反応は六つ。
どれも武装している。
「排除開始――」
一人一人を『排除』していく。
その中の一人が「ば、化け物」と言った。
私は躊躇なく引き金を引いた。
「……終わったの?」
カオリの声は酷く冷たかった。
人を殺めた私に対する非難なのか。
それとも私に殺めさせた自責の念か。
願わくば、前者であってほしい。
「はい、終わりました」
「そう。しばらく厄介になっていい?」
私は頷いた。
彼女を守るためなら何でもやるつもりだった。
◆◇◆◇
カオリはそれから五年間、生きていた。
脚がまったく動かなくなったので、私の助けが必要となった。
「ありがとう、アールさん」
それが最期の言葉だった。
私はカオリが外の世界で何をしたのか分からない。
あの六人の他にたくさんの人がやってきた。その度に私は人を殺めた。
カオリは何も話さなかった。
どんなことをしても、私は何も感じない。
分かっていても、彼女は話してくれなかった。
「…………」
私は、彼女のために墓を掘る。
不効率だと分かっているのに。
私は、彼女を穴に埋めた。
不効率だと分かっているのに。
私は、墓石を立てて花を供えた。
不効率だと――分かっているのに。
私の仕事が増えた。
草花を育てることと、カオリの墓を守ること。
やることが増えても、私の心は満たされない。
ただ、小さく音を奏でるだけだ。