表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ココロコロコロコロンコロン

作者: 橋本洋一

 サファイアのような美しい青色のビルや塔が立ち並ぶ街。

 名前はない。とっくの昔に捨てられた。

 私は最後に残った一体のロボットだ。製品名はHB-R3である。


 今日も今日とてプログラム通りに、ビルの屋上に植えてある草花に水を遣る。

 底がもう抜けそうな如雨露。

 使えなくなったとき、どうすればいいのか、私には分からない。


「あら。あなたは門番さん? それとも庭師?」


 急に話しかけられた。

 声のするほうへ反応すると――『冒険者』の恰好をした少女がいた。


「いいえ。私は、ここの管理人です」

「そうなの。じゃあここの物資は奪っちゃ駄目ね」


 冒険者にしてみれば、随分とモラルのある言葉だった。

 彼らは世界戦争で滅びかけた人類の生き残りだった。

 残り少なくなった物資を奪い合っている。何度かここに来た冒険者たちが言っていた。


「そのほうがありがたいです。排除するのは酷く不効率ですから」

「でしょうね。自立したロボットの相手なんて面倒ですもの。それに野晒しになった死体もあったし」

「墓を作るのも不効率です。もう動かない物体はそれだけですから」


 女の子はニコニコ笑って「あなたはユニークね」と言う。


「私、カオリって言うの。あなたの名前は?」

「HB-R3です」

「それは製品名でしょう? そうねえ……」


 女の子――カオリは笑いながらこう言った。


「アールさんって呼ぶわ。言いやすいしね」

「アール、さん……」

「それじゃ、またね。お父さんに怒られちゃうし」


 カオリはそのまま器用に梯子を伝って下に降りていく。

 ビルの屋上で私はしばらく、理解不能な感覚に襲われていた。

 なんだろう、この回路反応は。



◆◇◆◇



 カオリはその後、しばらく私の元に訪れた。

 他愛のない話をして、私との会話を楽しんでいるようだった。

 私は己の仕事が邪魔されない限り、カオリの相手をした。


 およそ十五才程度のカオリは無邪気で天真爛漫で――可愛らしかった。

 ロボットである私が考えることではないのだけれど。

 この人間は面白いと思った。


 ある日、小鳥が亡くなってしまったとき、彼女は悲しそうな顔をして、墓を作った。

 どうしてそんな不効率なことをするのか、私は訊ねた。

 彼女は「そのままだと可哀想だから」と答えた。

 感情があるのか分からない小動物のことを慮る気持ちが、私には理解できなかった。


 だけど、カオリが一緒にいてくれるのは少しだけ助かった。

 彼女の面倒を見ると時間が過ぎ去っていく。

 一日が早く過ぎるのを感じるのだ。


「ねえ。アールさん。私、お父さんに黙って旅に出ようと思うの」


 数か月後、唐突に彼女がここを離れると言ってきた。

 私は「どこも一緒ですよ」と答えた。


「不毛の地が広がっていくだけ。変わりないのは青い空だけですよ」

「分かっている。でも冒険したいの」


 カオリが頑固なことは知っていた。

 私は彼女の思いを否定することなく了承した。


 別れ際、カオリは「一緒に行かない?」と誘ってくれた。

 私は断った。草花の面倒を見ないといけないから。

 彼女は少しだけ悲しそうな顔をして、それから一転、笑顔になった。


「それじゃ、行ってきます!」


 私はカオリの姿が見えなくなるまで手を振った。

 不効率だと分かっていても、何故かやめられなかった。



◆◇◆◇



 カオリと再会したのは、十年後。

 彼女は酷い怪我をしていた。


「何か、あったんですか?」


 私の問いに「私のこと、覚えていたの?」とカオリは笑った。


「ま、当然よね。人間の記憶力よりも凄いんだから」

「ええまあ。それより怪我は?」


 カオリは脚が重傷だった。

 私は草花から薬を精製した。それが本来の仕事だった。


「せっかく育ててたのに、いいの?」

「そのためのものですから」

「……私を追っている人たちがいるの」


 カオリから彼女のものではない血液が感知できた。

 おそらく返り血だろう。

 悪人に追われたのか、それとも……カオリが悪人なのか。


「迷惑をかけられない。すぐに出て行くわ」

「少しお待ちください」


 私は清潔ではないベッドにカオリを寝かせて外に出た。

 生体反応は六つ。

 どれも武装している。


「排除開始――」


 一人一人を『排除』していく。

 その中の一人が「ば、化け物」と言った。

 私は躊躇なく引き金を引いた。


「……終わったの?」


 カオリの声は酷く冷たかった。

 人を殺めた私に対する非難なのか。

 それとも私に殺めさせた自責の念か。

 願わくば、前者であってほしい。


「はい、終わりました」

「そう。しばらく厄介になっていい?」


 私は頷いた。

 彼女を守るためなら何でもやるつもりだった。



◆◇◆◇



 カオリはそれから五年間、生きていた。

 脚がまったく動かなくなったので、私の助けが必要となった。


「ありがとう、アールさん」


 それが最期の言葉だった。

 私はカオリが外の世界で何をしたのか分からない。

 あの六人の他にたくさんの人がやってきた。その度に私は人を殺めた。


 カオリは何も話さなかった。

 どんなことをしても、私は何も感じない。

 分かっていても、彼女は話してくれなかった。


「…………」


 私は、彼女のために墓を掘る。

 不効率だと分かっているのに。

 私は、彼女を穴に埋めた。

 不効率だと分かっているのに。

 私は、墓石を立てて花を供えた。

 不効率だと――分かっているのに。


 私の仕事が増えた。

 草花を育てることと、カオリの墓を守ること。

 やることが増えても、私の心は満たされない。

 ただ、小さく音を奏でるだけだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] カオリとの出会いにより合理的判断のみで行動していたアールがしだいに感化されていくシーンが素敵です。 ラストの私の心は満たされない……ロボットであるはずの彼が己に心があるのを自然と認めている…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ