なんか
東雲しおんは一日に10時間眠る。
しおんは16歳だから毎日10時間は眠りすぎだろうと思われるかも知れない。
けれど彼女には睡眠時間として10時間は必要な時間だった。
今のところはしおんはただ、とにかくぐっすりと眠りたいだけなのだけど。
その夜、しおんは夢を見た。
しおんは何故か月にいた。
宇宙服を着て月の沙漠をぴょんぴょんと跳ねまわって。
月の重力は地球の1/6。
それは夢のなかでも適用されていた。
しおんはぴょんぴょんと月の重力分、高くに遠くにと跳ねまわっていた。
しばらくするとしおんは小柄な少年か少女の姿をいくつか見つけた。
彼らも月の沙漠をぴょんぴょんと跳ねて移動していた。
小柄な少年か少女たちは体長1メートルに満たないように見えた。
しおんは彼らにぴょんぴょんと近づいてみた。
そして少年か少女の腕をしおんはふいに捕まえてみた。
少年か少女はしおんの顔の方に目を向ける。
少年か少女はヘルメットのようなものは装着していなくて素顔だった。
しおんも宇宙服のヘルメットはいつの間にか無くなって素顔になっていた。
少女あるいは少年。
その素顔は、人間のものではなかった。
いわゆる宇宙人。
宇宙人の大きな黒目がちな瞳はしおんの顔を覗きこんでいた。
しおんには宇宙人の顔がふわふわしているように見えた。
もしかして、としおんは思った。
ちょうど空腹も感じていた。
宇宙人の顔に触れて引っぱる。
引っぱるとふわふわした宇宙人の顔はやはりちぎれてしまった。
まったく綿菓子のようだった。
じゅるり。
しおんは舌なめずりして引っぱった宇宙人の顔を、食べた。
しおんの口のなかでそれは溶けて消えた。
甘い。
しおんの思った通り、やはり宇宙人は綿菓子だったのだ。
宇宙人は全身、綿菓子だった。
しおんはたちまち宇宙人の全身を食べて尽くしてしまった。
もっと。
食欲が命じるままにしおんはぴょんぴょんと月の沙漠を跳ねては次々と宇宙人を捕まえては食べた。
食欲は尽きない。
しおんはさらに綿菓子はないかと周囲を見つめた。
遠目に宇宙人を見つけた。
じゅるり。
ぴょんぴょんと跳ねてしおんは宇宙人を捕まえた。
捕まえた宇宙人はくるりと振り向いてしおんの顔を見た。
しおんは気付いた。
捕まえたのは宇宙人ではなかった。
学校の後輩の古木彩菜だった。
「こんばんは。しおん先輩」
いつもの通りに彩菜はきちんと挨拶してにっこりと微笑む。
「はぁー、彩菜ちゃん」
「…しおん先輩、もしかしてお腹空いてます?」
しおんはこくんと頷いた。
「ふふふ。でもしおん先輩、ごめんなさい。今日はお菓子持ってなくて…。」
「はぁー」
しおんは仕方ない、と思った。
彩菜はとても良い後輩だと思う。
だから食べたりしたらいけないとも思うのだ。
けれどもしおんはお腹はまだ満足ではないし、彩菜はとてもおいしい気配がする。
「彩菜ちゃん」
「はい」
「彩菜ちゃん、おいしい匂いがする」
「はい?」
「彩菜ちゃんはお菓子…」
しおんは空腹感が命じるまま、彩菜のほっぺを引っぱった。
やはり綿菓子だった。
じゅるり。
綿菓子なら仕方がない。
しおんは彩菜を食べた。
彩菜は人間の姿だったけど、やはり食べると甘い綿菓子だった。
彩菜を食べた後、しおんは声を聞いた。
「しおんせんぱい♥」
しおんが振り向くとやはり後輩の笹原千香子がいた。
いつものようにしおんはゾッとした。
当たり前のように千香子がしおんの腕にまとわりついて、しおんの背中に指を這わせはじめる。
「せんぱい♥」
身の危険を感じたしおんは危険を処理するために千香子を何とかしなければと思った。
千香子のほっぺをつかんですぐさまに引っ張った。
やはり綿菓子。
しおんはすぐさま千香子を食べた。
千香子は甘くておいしい綿菓子。
千香子を食べ尽くしてしおんは危険を排除して安心した。
「しおん?」
名を呼ぶ声にしおんは振り向いた。
今度は親戚のひとりで同居人で同級生でもある福山遥だった。
しおんは遥の姿をみて、やはりじゅるりとした。
しおんはあっさりと遥のほっぺを引っぱってちぎった。
やはり遥も綿菓子だった。
だからたちまち遥を食べてしまった。
綿菓子の遥はおいしかった。
でも何かおかしい。
しおんは思った。
こんなに簡単に遥を食べられるのだろうか?
きっと遥を食べるよりも前に…。
パチリ。
しおんは目を覚ました。
月の沙漠ではなくて、いつものしおんの部屋の天井が目に映った。
朝になっていた。
しおんは起きてトイレで小用を済ませた。
トイレを出たところで階段を降りてきた福山遥に出くわした。
遥はパジャマ姿だった。
「おはよ、しおん」
遥はいつも通りに朝の挨拶を述べる。
しおんはパチクリと目を瞬かせてから遥の顔を見つめた。
「はー。遥ちゃん」
じゅるり。
しおんは朝だからか空腹を感じていた。
しおんは手を伸ばして遥の顔を引っぱった。
当たり前だが、夢でみたようには遥のほっぺはちぎれなかった。
遥はしおんにつかまれたほっぺの手をすぐさま引き離して言った。
「しおん。朝から何?…もしかして、あんた死にたいわけ?」
いささか怒気を含んだ遥の声に、しおんは息を飲んだ。
しおんはただ恐怖にからだが震えるのを感じた。