その9 ナスと世界
「私は、いつも、大好きなナスのこと考えてるよ。」
またセリフがループするかと思ったが、しなかった。
修正されたのか。
風の吹く中いつもの音が聞こえる。今回はこれで終わりか。
ピー・・・
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ピー・・・
俺は、いつものように、パソコンの前に座っている。
前回のことを思い出して、椅子にもたれて両手で顔を覆う。
メロンの告白のセリフにどんな意味があるんだ?
博士は何でそんなセリフを入れたんだ?
ガチャッ
ドアの開く音がしたので、横目でそちらをみた。
白衣を着た博士が部屋に入ってきたところだった。
部屋の隅まで歩き、ふたり用の小さなキッチンテーブルに備え付けられている椅子を俺の方に向けて座った。
「ナス、今日のことを報告してくれ。」
「今日?」
顔を覆っていた手を膝の上に落とし、椅子にもたれたまま、はぁっとため息をついた。
「今日、今日か。そうか、今回は今日がまだ続いていたのか。」
博士の方を見てみると、博士の顔がよくわからない。
マスクされているようだ。
人も時間軸もよくわからない、俺バグってるのか?
いつも一緒に報告しているメロンもいない。
「メロンがまだ来てないけどぉ?」
イラついたからか、俺にしては珍しくでかい声を出していた。
「いや、この時間のメロンの行動範囲の座標を除外したから来ないのが正しい。」
博士の顔がマスクされていて表情は分からないが、わざと落ち着いた声を出しているような気がする。
「座標を除外?あ、そぉ。」
座標を除外?嫌な響きに思えた。
「ナス、今日のことを報告してくれ。」
嫌な響きを抱えたままだったが、どうせ、言わされるんだから、さっさと報告してしまおう。
「今日、今日か。まだ、今日だったんだな。」
メロンに引っ張られてカフェに行ったところまでを話し、メロンの反応を博士に報告しようと思ったことを思い出した。
「そういえばメロンに『博士』の入ることばを言ったが、特に反応なかった。
スルーされた感じだ。
それ以外は、バグも前回のようなループも感じなかった。」
「そうか。」
ここから先はメロンの告白までの下りになるが、どういえばいいんだ?
それこそ、メロンから博士に報告してほしい。
博士がメロンにそう言わせるために組んだんだろ?
そう悩んでいると、相変わらずマスクのかかった顔から、思いもよらないことを言われた。
「ナス、先週のことを報告してくれ。」
「へっ?先週?」
先週、先週、先週って、そうだ、俺の記憶には先週というものもあった。
何回前かのときに、今日のこととして報告している内容だ。
「先週は、朝から博士に言われて川沿いまで行ったんじゃないか。
俺は別に行きたくなかったんだ。行っても何もすることはないし、どうせ疲れるだけだからな。」
何も考えなくてもすらっとセリフが出てきた。
先週が今日だったときと同じ、ナスである俺のセリフ。
先週のことを考えだすと、部屋から出てエレベータで1階までおり、河川敷までに通ったルートのイメージが湧いてきた。
博士のマスクされた顔が軽く頷いているのが分かった。
「河川敷に行くまでの路地に新しい店ができてたかな。
店頭のディプレイにケーキがおいてあったからケーキ屋だと思う。」
そうだ。
今日メロンといったカフェだ。
俺は、先週この店の前を通ってたんだったな。
「川沿いに行ったら、河川敷にいつものようにじいちゃんばあちゃんたちがいたよ。
声かけられると面倒なんで、河川敷には降りずに堤防の上をぶらぶら歩いてから帰ってきただけだよ。」
「天気はどうだった?」と、博士が聞いてきた。
俺の中に鮮やかな青空のイメージが広がった。
「晴れ?てたかな。」
青空の下、さらにイメージが広がる。
土手の上の道を歩いている長身で髪の長い女の子。
土手になっている堤防から斜面を下った先に広がる河川敷。
そこでゆっくり散歩している老夫婦。
そうか、俺の世界は今日の繰り返しではなく、先週という日もあったのかと改めて気がついた。
博士から「先週」というキーワードが出てきたから気がついたが、サーチ対象としてはあった情報だ。
「博士。先週があるなら、もしかして、俺の世界はまだ広いのか?」
「そうだな。」
博士の表情はマスクされているからわからないが、こちらを向いていることは分かる。
「めんどくさいな。
同じ世界と時間軸を繰り返すんじゃだめなのか?」
「そうできたらよかったんだが。
それだけじゃダメだったんだ。」
博士がため息をついているのがわかる。
白い四角い部屋、博士やメロンが入ってくるドア、俺もそのドアからでて、河川敷まで向かったりする。
それが俺の認識している世界だ。
そして、メロンがこの世界の外から来て俺に干渉する。
博士が作る俺は、そんな世界を少しずつ更新している。
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9話で前半終了です。