その15 ナスだった博士とメロン
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画面がディスプレイいっぱいに広がり、物事が進みだした。
「俺はナスだったけど、この世界のナスは俺じゃない。」
スピーカーから、ドアを叩く音が2回なった。
画面の中のドアが開いた。
女の子が、入ってくる。
『ナス!何してるの?今日は外に出ないの?』
女の子らしい、高く明るい声が響く。
そうやって始まった物語を、目で追いながら、耳で聞きながら、博士の時間は進んでいた。
画面のなかでは、賑わっているカフェの席で、メロンとナスがメニューを見ながら話している。
『このおすすめは絶対頼むとして、こっちも食べたい。』
メロンがメニューにあるケーキの写真を指しながらナスに見せている。
そんな2人のやり取りを見ながら博士が画面に向かって話している。
「カフェやそのメニューの情報をインプットしただけだ。
そこで、どのメニューを選んで、どんな風に食べるのか、まるでわからなかった。
その好みや性格はモモたちから得た情報をインプットしただけだから当然か。」
画面では、メロンがメニュー見せながら店員にオーダーをしている。
「この選択も、インプットされた条件からの選択結果だ。
俺から見れば、メロンが考えているわけではない。
でも、実際に、緑に会っていたら、このカフェで3つもケーキを選んでいたのかな。」
そう言いながら、博士は首を振った。
「この世界のナスが俺じゃないように、メロンも緑じゃない。
同じじゃない。」
画面の中では、2つ目のケーキを食べ終わって、3つ目のケーキをフォークでさそうとしているメロンを、ナスがボー然と見ていた。
ナスは自分の目の前にもケーキがあることを忘れているように思える。
ケーキを頬ばるメロンは、一緒に頼んだジュースを飲みながらも、手をつけられていないナスのケーキを見ていた。
博士はじっと画面を見続けている。
「最初は、ナスには俺のことをインプットしていただけだったから、こんな表情はしていなかった。
だから、それだけじゃ答えはいつまでも出なかった。
緑から見た俺の情報をモモから聞いてインプットしていたら、表情がでてきて。
だから、緑が見ているのは俺じゃなかったことに気がついた。」
画面からメロンの声が聞こえる。
『うーん。やぁっぱり、おいしい!並んだ甲斐があったわね!あっナスが食べてるのも少しちょうだい。』
ナスは少し不機嫌そうな表情はしていても、自分のケーキにメロンのフォークが近づいているのを何も言わずに見ている。
メロンは満面の笑みを浮かべている。
その笑顔を見ているナスを見て、博士は思わず画面に声をかけていた。
「変な顔して笑うんだな。ナス。」
本人は自覚していないようだが、メロンにつられてナスの口角が上がっていた。
「そうか、笑えるんだよな。おまえは。」
端を削られたショートケーキの、削られていない先をフォークで割り、一口大にして口に運ぶナスを、メロンが見ている。
「なんだ、いつも、ネガティブなことしか言わないから、お前もダメなのかと思ってた。」
博士は、笑いたいのか、泣く寸前なのか、そんな表情で目を細めている。
「そういえば、モモが言っていたな。」
博士は深く椅子に座り直し、背中を丸めて下を向いた。
「緑はアバターでしかあったのとのない俺のことを、「自覚の無いまま笑う人だと思う」と言っていたって。
あんな、パソコンのアプリ上で話していただけなのに、なんでそんな風に思えたんだ。」
博士の知っている緑は、写真の中の緑、アバターを通してのメロンとしての緑、だけだった。
立体的なキャラクターと言っても、表情をつけてはいなかった。
細かな座標に対応できていなかったので、動作も滑らかではなく、コマ送りを見ているような感じだった。
「まだ、そんな動作技術もなかったし、暇もなかったんだ。
ほとんど表情も動かなくて、口もパクパクしているだけのキャラクターだったのに。」
いつの間にか、画面の中の二人はカフェをでて、河川敷に向かっているようだった。
メロンがナスの方を向いて、話しかけていた。
『また、何か考え込んでる?ナスってば、そんな顔ばっかりだとおっさん化が早まるわ。』
博士は下を向いていた顔をあげて、画面の中のメロンを見た。
メロンはナスを見ながら、自分の頬を両手で挟んで、困った顔をしながら顔を振っている。
そしてまた、ナスの口角が少し上がっているのが分かった。
目元もかわいいものを見たからか緩んでいる様子だった。
博士は自分の口元に手をやった。
「メロンから見た俺は、こうだったんだんだな。
口パクキャラクターに対して、脳内変換が過ぎるだろう?
緑、いや、メロン、か。」
2人は河川敷に続く土手の斜面に座った。
『ねぇ。わたしたち付き合わない?』
メロンがナスに言葉をかけている。
メロンとナスは二人で並んで座っている。
「あの時は、テキストでの会話しかできていなかったから、ただの文字を読んでいる感覚だったんだ。」
あの時とは、お互いが別の場所でそれぞれのパソコンに向かい、お互いの表情も分からない状態でアバターをコントロールしていたときのことだ。
メロン(緑)とナス(博士)は、画面の中でお互いの吐くセリフの中のテキストを読んで会話をしていた。
画面の中で固まっているナスを見て、博士が小さく呟いた。
「あの時は、フリーズしてしまって、ごめん。
物理的にパソコンがフリーズしてしまい、あわてて再起動したんだ。」
2D から3Dに移行したのはいいが、パソコンの不調が続いていた。
はじめて手掛けるアプリケーションで不具合はいくつもあった。
結局、再度ログインしたときには、メロンはログアウトした後で、博士はメロンに返事をすることができなかった。
その後、スピーカーに対応させ、声を聞いて会話をするようになった。
3Dの世界では、お互いをアバター名で呼び、本名を呼ばなくなって、博士はさらに自分が曖昧になったような気がしていた。
スピーカーからメロンの声が聞こえる
『「ナスのこと考えてるよ。
ナスもメロンのこと考えてくれてるでしょ?
私は、いつも、大好きなナスのこと考えてるよ。」』
博士の中ではその声が、過去の緑が使っていたメロンのアバターの声とかぶった。
『俺は、お前のことを理解できていないんだ。』
画面の中のナスは、穏やかな表情でがメロンにそう答えていた。