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その10 博士とメロン

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白く四角い部屋の中ではキーボードの音が相変わらず響いていた。

白衣を着た男はディスプレイに映る白い文字を目で追っている。

白衣を着た男、博士にとってそれは何年も繰り返してきたことだった。


自分が思い出せる限りのメロンが発っした言葉を「セリフ」として辞書に登録すること。

その言葉が発せられた時のシチュエーションもできるだけ思い出しながら条件付けしていくこと。

条件によって、セリフを組み合わせられること。


繰り返しているから、色褪せず、同じことを思い出しては、少しずつ修正していく。

PCスペック、グラフィックボード、容量がアップするたびに、動作をスムーズにさせるためにプログラムも更新していく。



「気まぐれだったんだよな。

夏が旬の食べ物で名前を付けようって。」


博士はそう言いながらヘッドセットを装着し、ディスプレイに表示された[世界への入室]ボタンを押した。


今日の座標は、ナスの部屋ではなく河川敷の方に合わせている。

目の前に過去の世界が広がる。


河川敷から堤防になっている土手の上は、遊歩道になっている。

そこをナスが歩いているのが見えた。


ナスもちらっとこちらを見たようだったが、すぐに自分の足元に視線を戻していた。

少し背を丸めて、白衣のポケットに手を突っ込んで歩いている。


こちらに気がついているのに知らんぷりしているのがよくわかる。


博士は、今の自分にふさわしい動きになるように、腰を少し曲げてゆっくりと歩きだした。

隣にいる老婦人も博士に合わせてゆっくりと歩きだした。


老婦人は、穏やかな笑みを浮かべて博士に話しかけてきた。

「おじいさん、今日はナスに話しかけないの?」

「ナスは、避けてこちらには降りてこないよ。

話しかけられるのが面倒なんだ。

かと言って、こんな老人が土手を駆け上がって、わざわざ話しかけるのも不自然だろ。

モモばあさん?」


モモばあさんと言われた老婦人は、にこやかな笑みを少し、しかめた。

「ちょっと、このアバターにモモはやめてよ。」


モモばあさんと呼ばれるのを嫌がった老婦人が、そう呼んだ老人をにらみつける。

だけど老人のその視線は遊歩道に向けられていた。


その視線の先は、ナスの反対側からナスの方向に歩いている髪の長い少女にあった。


「あれは・・・」

老婦人が思わずといったように指をさした。


「モモ、おまえだな。あの時の。」

少女を見たまま博士が答えた。


土手上の遊歩道に決まった時間に散歩に訪れる人は多い。

だから、顔だけは見知っているが、実際には知らない他人が多い場所だった。

その知らない者どうしだった2人に接点ができたのがこのときだった。


「何であれをアバターにしてくれなかったの?」

指した手をおろしながら、老婦人は老人の姿の博士に聞いた。


「何でって、今の君がこの世界のナスと話す必要はないと思っているからだけど。」


遊歩道の少女とナスは、もう十歩ほど歩けば、すれちがうくらいの距離に近づいていた。


「そうね。

繰り返しているだけだものね。」


遊歩道のナスは自分の足元の先にあった小石を軽く蹴っていた。

蹴った石が、運悪く、少女の足のくるぶしをかすってしまった。

足元しか見ていなかったナスは前から少女が歩いてきているのに気がついていなかったのだ。


少女が立ち止まり、ナスの方を見ている。

ナスは固まっているようだった。


「あんな感じでナスを見てたんだ。」

老婦人が土手の緩やかな斜面をゆっくりと遊歩道に向けて登りだした。


「近づくの?」

老人もその後に続くように登りだした。

「うん。近づいてみる。

当時のおっさんくささが再現できてるか見てみたい。

今では、立派なおっさんになりましたけど。」


老婦人は言っていることが似合わない、和やかで優しそうな笑みを浮かべている。

老人も負けず穏やかな笑みを浮かべている。


「おっさんくさいのは今の俺の感覚を影響させたのかと思ってたけど、違うのか。

複雑な気分だな。」

博士は自分の頭をかきながら、ため息をついていた。


「おじいさん。

当時も今もそんなに変わってないわよ?」

老婦人は、30メートルくらい先の遊歩道で向き合ったいる二人の方に歩を進めた。

その横に老人が並んで登っている。


遠くから見たら老夫婦が仲良く散歩しているようにしか見えないだろう。


その視線の先にいる二人のうちの一人、先ほどまで固まっていたナスは、少女の呼びかけに我に返ったようだった。


「ご、ごめん。」

あわてて、誤っている。

少女は、そんなナスを見て仕方なさそうに笑っている。

「別に、かすっただけだからいいですけど、前見て歩いた方がいいと思いますよ。」


「そう、そうだよね。」

ナスはまた俯いてしまった。


「仕事疲れですか?

気分転換にここを歩いているなら景色を見ながら歩いた方がいいですよ?」


老夫婦は、二人のそんな会話が聞こえるほどの距離まで近づいていた。


老婦人は老人の耳元で小さな声で言った。

「最初、薬局かどこかで働いている人かと思ったの。

白衣着てるし。

十代だと思えなかったから。」


「だから、敬語だったのか。

ナスをおっさんくさいと思ったが、俺の地だったか。」

老人はあきれたような、納得したような、感じの声を出していた。


老婦人は続けて老人の耳元で話した。

「いつも自分の足元を見ながら歩いてたから、きっとネガティブな人なんだろうなって思ってたら・・・

そのとおりだったわ。

それで、緑とは反対なんだろうなって思ったものだわ。」


「緑・・・」


「そう、メロン。

あの子は、とてもポジティブで、ポジティブすぎるくらいの子だったから。」


老夫婦は、遊歩道まで登ると立ち止まり、2、3メートル先で話をしているナスとモモを見ていた。

ナスが誤るのを制してモモが「気にする必要ないです。それじゃ!」と言って遊歩道を進んで行った。

ナスは老婦人に背を向けてそれを見送っている。


時として、不幸な、事故は、思いもよらず、起こる。

この日から、数日後にナスは少女に対して同じことを2回も行ってしまったのだ。


その後、ナスとモモの接点ができ、すでにメロンと接点を持っていたモモによって、ナスとメロンの接点がつながれることになる。


少女を見送っていたナスが、老夫婦の方向に振り返り、歩き出した。

だが、ナスは2人が認識せず通り過ぎた。


そんなナスの背を見て、老人は老婦人に促した。

「もう、そろろろ、終わりだから。

ここを、出るよ。」


老婦人は頷いた。

「わかった。先にログアウトするから、あとでチャットするわ。」


そういった瞬間に、老婦人が一瞬消え、河川敷の方に現れた。

元居た座標に戻ったのだ。


「緑は、この世界をどう思うかな。

俺にはそれが全く分からない。」


博士は周りを見回して、ログアウトした。


現実に戻ってヘッドセットを外し、机の上に置きながら、博士は考えていた。


これは、メロンの世界を作るために始めたことだったけど。


「もうすぐ、夏が終わるね。

夏が旬のものの名前を付けようよ。」


明るい声で、そんな提案をしたのは緑だった。

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