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Slow Fl@sh Back -壊れた走馬燈-  作者: 金子大輔
9/14

【B-4】

 スポーツジムから出て最新のスマホを片手に仮想通貨のレートを眺める。もちろんそれだけでは生活は難しい。だからブログを開設し、アフィリエイトでも収益をあげる。

中学二年の時からトレンドを追いかけ、いや、トレンドの少し先を知っている俺は時代に合わせて生きてきた。

おかげで収入も交遊関係も良好。あくせく働く事さえ不要な人生を謳歌している。

「まさに先見の明ってやつだな。」

ニヤリ。今まで何度こうやって笑っただろう。

 どんな男がモテるかは未だ分からない。しかし、俺はモテた。

それでも、いつまでも独り身では前の人生と同じだ。

常に女を取っ替え引っ替えやってきたが、三十才の時に結婚をした。

相手は、同じ中学のあの女子生徒だ。

中学を卒業してから会う事はなかった彼女だが、ある晩の飲み会でホステスをやっているところで再会を果たした。

酒の席で聞けば色々と苦労の絶えない人生を歩んだと、微笑みながら涙した彼女。

慰めの言葉も涙を拭う指先も出せない沈黙の後、水割りを差し出しながら彼女は呟く。

「中学の時、実は好きだったのよ?」

俺も心のどこかで意識していた女子からの言葉。

嬉しくないわけがない。

今まで幾多の女性と関係を持ってきたが、ここまで心に響いた言葉はなかった。

「連絡先、交換しないか?」

これまで何度も口にしてきたセリフなのに緊張してしまう。

「うん!」

いつかの少女のあどけなさで返事をされ、クールさを装いながら俺はスマホを取り出した。

 やがて俺たちは急速に距離を縮め、一年足らずで結婚をした。

 普通の人生より長い自分の人生で最高の幸せを手に入れた。

ただ一つ気になるのは住居だ。

結婚を機に新居にと探し始めて数件目の物件。

「このマンションがいいわ!」

彼女が気に入ったマンション。まさにそれは俺が以前の人生でも住んだマンションだった。

「もっといい所あるだろ?」

「私はここがいいの。」

一応の抵抗はしてみたが彼女の気は変わらず、仕方なく住む事にしたのだが………あまり気分の良いものではないのは確か。

「(屋上にさえ行かなければいいか)」

たまに下から最上階の更に上を見上げては、できるだけ気にしないようにしてきた。

 やがて月日の過ぎる中で以前までの全てを忘れかけた夏の日。

「今日、花火よね?」

ああ、そういえば今日は地域でも有名な花火大会の日だ。

「私、絶景ポジション知ってるの。」

勿体振る彼女。花火を絶景から撮れればブログのネタにもなる。思わず俺は食いついてしまった。

「どこだよ?」

「それはね………屋上よ!」

「え………。」

全身に冷や水を浴びせられたような戦慄が走る。

「実は屋上の前にある扉なんだけど、鍵がかかってなくて誰でも入れるの!」

ああ、知っているよ。かなり前から。

「で、でも危ないだろ。鍵がかかってないからって勝手に入っていいわけでもないし。」

「でも、絶対いい写真が撮れるわよ?」

「う………そ、そりゃ、まぁ、そうだろうけど。」

「じゃあ決定ね!」

こうなると彼女が止まらない事も知っている。昔は、中学生の彼女は大人しくて清楚なイメージだったんだが、人とは変わるものだ。

色々な意味でそう言う資格のない俺は渋々カメラを用意して屋上に向かう事にした。

 気乗りしないまま三回目の屋上。辺りは薄暗く風は生暖かい。

「な~に?そんなにキョロキョロして。」

「いや、別に。」

目が慣れない俺は足元に充分すぎるほど注意して歩き、その姿に彼女は吹き出した。

また工具箱やスプレー缶のせいで落ちてはシャレにならない。

と、腰を曲げて見ていた先が急に明るくなり驚いて落ちかけた。

「ほらほら!見て!」

心臓がバクバクする頭の上で彼女の歓喜の声が響き、見上げると鮮やかな花火が彼方に見えた。

「おおー!」

「ほら~!見晴らし最高でしょ?」

ごもっとも。これは映える。

急いでカメラをセッティングして無我夢中にシャッターを押しまくった。

 次から次へと打ち上がる花火。それでも終わりは訪れる。締めくくりの大花火。その余韻の光が次第に小さくなっていく夜風に彼女の神妙な声が重なる。

「できちゃったの。」

「えっ………。」

きっと振り返った俺は間抜けな顔をしていただろう。

「それって、その、そういう事?」

カメラを抱えたまま問うと闇の中で彼女が頷いた。

「な、何ヵ月目?」

「三ヶ月目。」

花火の光に慣れてしまった瞳では彼女の表情は分からない。

「そっか………。」

「うん。」

思い切り彼女を抱きしめたかったがカメラが邪魔だ。とりあえず片付けようと彼女に背を向けた。

「男の子かなぁ。女の子かなぁ。」

あまりの嬉しさに泣きそうになる。足元に置いたキャリーバッグにカメラを片付けるためしゃがみこむと、後ろに立つ彼女は笑いながら「男の子に決まってるじゃない」とキッパリと断言した。

「どうして男の子って決まってるんだよ?調べたのか?って三ヶ月目で性別って調べられたっけ??」

「男の子に決まってるじゃない。だって………。」

バッグのショルダーベルトを肩にかけ、立ち上がろうとした背中に突然ドンッと衝撃が走った。

「ちょ!なっ!」

重心が前のめりになっていた俺はよろけ、バランスを取ろうと振り返るところにもう一度衝撃が。

「できちゃったの。彼氏がね!」

見えたのは両手で俺を突き飛ばす彼女。

意味が分からない。

できちゃったのは………赤ちゃんじゃなくて………彼氏?………彼氏………だったら、そりゃあ『男の子』には違いないが。

体が屋上から離れる浮遊感。その身体中だけでなく気持ちや心まで突き落とされた俺の目の端に、ようやく彼女の表情が映った。

ニヤリ。

 そして俺はまた落ちていく。

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