表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Slow Fl@sh Back -壊れた走馬燈-  作者: 金子大輔
13/14

【C-4】

 蒸し暑い夜の街。駅近くの広場にある噴水。そこに腰を下ろして眺める光景は今も昔も変わらない。

仕事を終えたサラリーマンたちは束の間の癒しをアルコールと女に求め、彼等と交差するのは将来の為にと学習塾で頑張って今は親が迎えに来るのを待つ子供達。

「(どうして気付かない?)」

親子を乗せた車が去っていくのを見て、心の中で問いかけてみる。

「(将来の姿が、こんなに溢れている事にさ)」

ほどよく酒の回った千鳥足の汗の滲みたワイシャツたち。それこそ君たちの未来像なんだと。

 やっとこさ時代がナローバンドからブロードバンドに移っていく。やっとこさ俺の計画が本領発揮される時代となった。

それでもネットだけでは食ってはいけない。

ならば、どうする?

「確実に普及するインフラ。それを普及させる側になればいいだけ。」

だから俺は大学を出た後に就職をした。今は知名度が低い会社だが、そのうち誰もが知る世界有数のIT企業へと成長する会社へと。

モデムを無料でバラ撒き、大手通信企業より早く多く利用者を増やす。その営業の仕事は天職だった。

なんせ確信がある。神よりも俺は未来を知っている。だから言葉が持つ説得力が違う。

そうやって数年間で俺は『あのマンション』を一括購入で手に入れられた。

「遅くなってごめんね。待った?」

噴水に座る俺の前に白い脚が現れ、見上げると彼女の微笑みが眩しく輝く。

「好きで早めに来たから気にしなくていいよ。」

そして妻も(めと)った。


言わずもがな中学同窓生でもある、あの彼女をだ。


 彼女は前と同じキャバクラで働いていた。もし居なかったらという不安があった俺はオーバーなくらい彼女との再会を喜んでしまった。

それが功を奏したのか、中学時代は『悪童』として認知されていた俺に「変わったわね」と好感を示してくれた。

そこから話はトントン拍子。あれよあれよと結婚と進み、現在に至る。

「今日、花火よね?」

結婚してからは彼女はキャバ嬢から足を洗い、昔からの夢だったのとアパレル関係の仕事を始めた。

「そうだね。」

そう返事したのを聞いていたかのように帰り道が一瞬の光に照らされ、遅れてドーンと響き渡る。

「ねぇ、近くに絶好のスポットあるの知ってる?」

得意気になる彼女に「そんな所あるんだ?」と白々しく応えると、彼女は俺の手を引きマンションのエレベーターへ。

「最上階?」

「ブッブ~ッ!」

「でも押したの最上階でしょ?」

「いいからいいから!」

やがてエレベーターは最上階で止まり、ドアが開けば彼女は手を引っ張ったまま非常階段を目指す。

「実はね、このドアの鍵かかってないの。」

知っているさ。とは言わず俺はわざとらしく驚いてみせる。

前回と流れは違うが結局やっぱり屋上に来てしまったのだが、もしも彼女が誘わなかったら俺が誘うつもりだった。

全て予定通り。

風が気持ちいいと屋上で小躍りする彼女の後ろで、ばれぬように俺は口元を歪めた。

 マンション屋上から見る花火は絶景。まるで俺と彼女の二人だけの為に打ち上げられているかのようだ。

しばらく黙って肩を並べ眺めていた。見上げながら俺は計画を遂行できる緊張感に包まれていた。

「あのね、話があるの。」

遂にきた。あの話が。

俺は神より未来を知っている。

「出来たんだろ?」

驚き後ろへとたじろぐ彼女を見ずに呟くと、彼女のソワソワした声が背中に聞こえた。

「う、うん。でも、どうして?どうして知ってるの?」

そりゃ知っているさ。

「三ヶ月ってとこだろ?」

「そんな事まで?どうして分かったの?」

ああ、そうじゃないと言ってくれたなら俺は企てた計画を破棄してもいいと考えていたのに。

「好き勝手にやってくれるよな………。」

「何よそれ………。そんな言い方ヒドイじゃない………。」

「ヒドイ?ヒドイだって?ヒドイのはオマエだろうがっ!!」

振り返り薄暗い中に立つ彼女の首に手を伸ばし、渾身の力を込める。

「また今回も男を作りやがって!ここで俺を突き落として殺す気だったんだろ?残念だったな!俺は知ってたんだよ!だから最初っからオマエに仕返しするために生きてきたんだ!」

幾つかの花火の光に照らされる彼女の顔は困惑と苦痛に歪み、放せと掴んできた爪が俺の腕の肉を軽く(えぐ)る。

少しばかりの痛みと血が流れる感触に俺は吠えた。

「無駄だ!むだ無駄ムダ!!俺は!警察にも!!捕まらない!!!」

一言一句の度に指の力を増し、ようやく目的を果たせた悦びに笑いが止まらなくなった。

その声は花火の音に掻き消され、フッと掴んだものが重くなり俺は手を放した。

「はぁ……はぁ……はぁ……。」

今までの全てはこうする為。自分を裏切り殺そうとした女への復讐の為。

それだけできれば今回の人生は充分。

「はぁ……はぁ……はぁ……ん?」

足元に転がる肉の塊を眺めて達成感に満たされていた目に何かが映った。花火の瞬きを頼りに手を伸ばすと、それは手帳のようだ。

「コイツのか?」

足掻いている最中に落としたのだろう。

「男の名前や連絡先が書いてあるかもな。だとしたら………。」

その時、今夜一番の大花火が打ち上がり、闇夜を昼のように照らした。そこで俺は手帳に文字を見た。

『母子手帳』

真夏なのに心臓が凍えた。

「なん……だよ?これ?……なぁ?なぁっ?!」

もう動く事のない彼女の体を揺さぶり、何度も何度も問いかけてみた。

「出来たって、え?他に男がじゃなくて子供?そんなの、そんなはず、はは、はははははははっっ!!!!」

前回と違う展開に笑いが止まらない。

「ははははははははははははははは………ははははは………ははは………はは………はぁ………ま、別にどうでもいいけどな。」

すでに今宵の花火は終わったようだ。俺は手にしていた母子手帳を女に放り投げ、それまで我慢していた煙草を一本いただく事にした。

 さてと、目的は達成した。後は仕上げだ。

マンションの屋上。その縁のギリギリに立ち、俺は吸い付くした煙草を揉み消す。

「俺は孤高。どんな事をしても、何度でも人生を繰り返し、やり直せる。まさに孤高!特別!」

自分に力があるのか。このマンションに力があるのか。それは分からないままだが、分からないなら両方の条件を用意すればいい。

「またオマエに会いに行くよ。中学生の、だけどな。」

横たわる死体に嫌味を残して、俺は軽やかに飛び降りてみせた。

 何度体験しても慣れない落下感。内臓が取り残されるような不快感。

もし、同じ現象が起きなかったら。

それも考えた。

「人より長く生きられたんだ。悔いはないさ。」

ましてや殺人犯として生きる方が恐ろしい。

「死ぬ、かもな。今度こそ。」

死を覚悟した瞬間、世界がスローモーションになり、目の前に幼少期から小学生の頃の映像がダイジェスト再生される。

「(きた!きた!きた!)」

そうだ。次、瞬きした後に俺は中学二年生になる日に戻れる。

さぁ、やり直しだ。今度こそ幸福な人生を送ってやる!

期待に胸を膨らませ俺は瞼を閉じた。

 ?

??

ベッドから落ちる衝撃に耐えようと体をこわばらせても一向に衝撃はこない。

どうしたんだ?

恐る恐る瞼を開くと、そこは未だ転落の途中。

「戻ら………ない?!」

相変わらず眼前では俺の生涯が映し出されていた。

 地味な中学・高校生時代。地元の中小企業に就職し、うだつの上がらないサラリーマンの俺。

「待てよ………それは今の人生じゃないだろ!」

自宅と職場を往復するだけの日々。それは紛れもなく元々の俺の人生だった。

「やめろ………やめてくれ!」

いいや、今からでも遅くはない。そこからでも俺はやり直せる。

「戻してくれ!早く!戻せ!!」

全てがスローモーションの世界で誰にも聞こえない叫びで懇願したが、無情にも映像は止まる事はなく、俺は突き付けられるそれを見るほかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ