【C-1】
自宅の自室。その床に胡座をかき俺は頭を抱えていた。
夏の夜。マンションの屋上。彼女に突き飛ばされ落ちる最中、こうなるような気はしていたが、本当にそうなればなったで悩んでしまう。
「呪われてるのか………俺は。」
もしかして俺は死なないのか。死ぬ寸前になる度、こうして中学生に戻されてしまうのではないだろうか。まったく一体どんな呪いだ。
「それとも、あのマンションに特別な何かがあるのか?」
その可能性もある。もしかすると誰が落ちても同じ現象が起きるのかもしれない。
こうなる理由が自分にあるのかマンションにあるのか。その答えは床に座っていてもみつからない。
ひとまず今は四回目となるが中学二年生として振る舞うしかないようだ。
ダルい。とにかくダルい。足が重い。いや体が重い。気分も最悪だ。
それでもコンビニになる畑に差し掛かった俺は思わず小走りになってしまう。
ここで立ち止まれば、また彼女に話しかけられてしまう。それは避けたい。
「よおっ!」
畑を通り過ぎ、また足取りの重くなった俺の肩を誰かが叩いた。振り向けば一人の男子生徒。
「何するんだよ。」
「おいおい。これくらいで怒るなよ~。」
なんだ、この馴れ馴れしいクソガキは。
「悪いけど一人にしてくれないか。」
「はぁ?どうした?何かあったのか?」
ああ、何かあったさ。
しかし、コイツにそれを一から十まで語っても仕方ない。
「一人にしてくれって言ってるんだが?」
「何だよ………分かったよ。」
困惑した顔でガキは早足で姿を消した。
その背中が見えなくなるのを眺めながら、その名前すら思い出せない自分に首をかしげてしまう。
二年生の教室。自分の席。周囲のガキ共にイライラが止まらない。
うるさい。
とにかく、うるさい。
「………チッ!」
舌打ちすると一人の女子生徒と目が合った。
『ニヤリ』
思わず被さる不敵な笑み。
彼女だ。俺をマンションの屋上から突き飛ばしたアイツだ。
結婚したにもかかわらず男を作り俺を消そうとした殺人者。もしかすると保険金も目的だったのかもしれない。
ついさっきの出来事だけに胸の奥にジワジワと怒りが混み上がってくる。
「はぁ………。」
とは言っても、ここにいる彼女は中学生。過去の彼女だ。そんな彼女に詰め寄り怒りをぶつけても意味がない事は明白。
今は純粋であどけない少女も、将来、あんな人間になってしまうという事実が虚しいだけだ。
もう彼女とは関わりたくない。関わらないようにしよう。
チャイムが鳴り、始業式へ向かう際に彼女と目を合わせないようにしていると、廊下で友達と談笑する彼女の声が嫌でも耳に入ってくる。
その会話の話題に自分が含まれていない事が分かって安堵の息。
いやいや、まだだ。
彼女との関係を生み出した『きっかけ』は今日じゃない。あの散髪をした日だ。
「………あれはいつだった?」
さすがに日にちまで覚えていない。事前にファッション誌を買って、そこにいたアイドルだかタレントだかの髪型を真似たのは覚えている。が、いつ散髪したのかが分からない。
「これじゃ迂闊に散髪もできないじゃないか。」
舌打ちが止まらない。イライラも止まらない。
四回目ともなると全てが面倒に感じてしまう。
もう勉強も恋愛もたくさんだ。
どうせ懐かしがるための青春。意味なんてない。価値なんてない。この先、この国が、世界がどうなるか俺は知っている。しかし、それすら俺には関係ない。
「今度は何を頑張れっていうんだよ。」
夢、希望、そんな言葉をバカみたいに信じられるわけがない。
愛、幸せ、そんな理想を根拠なく信じられるわけがない。
信じられない。手放しに信じられるほど俺は若くはないのだ。
今朝少し考えていた事を下校の道で再び考えてみる。
どうして四回も中学二年生から人生を繰り返しているのか、だ。
もしかすると死に直面した時に時間を飛び越える力が俺にはあるのか。もしくは、あのマンションに原因があるのか。またはその両方か。
その答えを知る術はない。
『試しに死にかけてみようか』なんて簡単には試せるはずないし、あのマンションもまだ建っちゃいない。
「あのマンションが建ったら買わなきゃな。」
分譲マンションだから、まとまった金と生活基盤がなければならない。それを用意できるくらいの生活を目指さなくては。
一回目の、元々の人生のような生き方は二度とごめんだ。
二回目の人生は社会的地位も高く安定していた。が、また猛勉強しなければならないと思うと億劫だ。
ならば三回目が一番いい。
いいはずだった。
「クソッ!」
突き飛ばされた感触が背中に甦り俺は小石を蹴飛ばした。
「あの女さえいなければ。」
そうだ。アイツとさえ出会わなければ俺は毎日をハッピーに過ごし、金にも女にも困らない人生を送れたはずなんだ。
加えて殺されそうになり、こうして戻される事もなかった。
沸々と怒りという感情を超えた何かが胸の奥底から沸き上がる感覚。舌打ちではもはや収めようのない力に体が震え、閉じた瞼に映った『ニヤリ』と笑う女の顔に爪を立てた。