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Slow Fl@sh Back -壊れた走馬燈-  作者: 金子大輔
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【A-1】


 人は死ぬ間際に、それまでの人生を一瞬で見るらしい。

それを昔から『走馬燈のように』と表現されてきた。

「今の時代、『走馬燈』が分からない人も多いだろうに。」

悪態をつきたかったわけじゃなく、それに代わる今の時代に合う言葉を探したかった。

「英語だと………。」

などと考えてはみたが、それを捻り出すだけの時間は俺にはなかった。

 体は地球の重力に縛られ、そのお陰で俺たちは生き、生活することができている。

しかし、今、俺の体は宙にある。

それは重力に逆らい自由に空を飛んでいるという事ではない。

単純に重力に引っ張られている。すなわち落下しているわけだ。

きっと地面に叩きつけられるまでにかかる時間は数秒。まさに一瞬の事だろう。

そして間違いなく俺は死ぬ。

そっと瞼を閉じると闇。

加速し続ける落下速度。

その言いようのない恐怖が全身を包み込み、体と心が乖離していく感覚に意識が揺らいだ。

 生まれてきて物心ついた頃から見てきたものが順に視覚と意識の狭間で再生される。

春の遊園地、夏の花火、秋のブドウ狩り、クリスマス………家族との思い出たち。

それだけでなく幼稚園、小学校での出来事。

ありきたりで平凡な幼少期。

ああ、これが死ぬ間際に見るやつか。

実際の時間で計れば一秒も経っていないのだろう。

一瞬。刹那。

まさに走馬燈のように。

やがてその走馬燈は中学生の記憶を映し出す。

………はずだった。

中学校の入学式から一年生の終わりまできた時、それまで感じていた落下する感覚が薄れ、まるで海に潜った時のような浮遊感に包まれた。

「何だ………これは………?」

違和感に瞼を開くと、あれだけ下から上へと猛スピードで流れていた風景が止まっていた。

いや、完全には止まっていない。ゆっくりと、集中して見ないと気が付かないほどゆっくりと風景は下から上へと流れてはいる。

「何が起きたんだ………?」

まさか俺は重力の束縛から解放されたのか?

有り得ない考えが脳裏を過り、ごく自然にまばたきをした瞬間、全身に何かが激突した衝撃が襲った。


 ズドン!!


 死んだ。

俺は地面に強く全身を打ちつけて死んだ。

間違いなく即死だろう。

だからかそんなに痛みはない。

全く痛くなかったわけではないが、それなりに痛かったが、苦しくはなかったから良かった。

そうか。俺は死んだのか。という事は、ここは天国か。それとも極楽浄土?特に何かしらの宗教に入信しているわけじゃない俺はどっちに来たのだろう。

そう言えば『地獄』は両方にあるな。

まさか。まさかとは思うけど、どこにも入信してなかったら地獄に行くとか。そんなシステムになってるわけじゃないだろうな。

 やけにひんやりとした地面の匂いはアスファルトでも土のものでもない。

あの世というのは、こんなに、何というか………埃っぽいものなのか。

「ハッ……ハッ……ハックショーン!!」

鼻がムズムズして大きなくしゃみをして俺は飛び起きた。

ん?飛び起きた?

死んでもくしゃみってするんだという驚き。しかし、その驚きは飛び起きて見た光景の前で瞬時に上書きされてしまった。

「ここが、あの世?」

四角い。四角い部屋。オフホワイトの壁にはポスター。窓にはカーテン。他にはゴチャゴチャと色々な物が乱雑に置かれた懐かしい机。

「ちょっと待てよ。ここって………ここって………。」

のそりと立ち上がり俺は思わず叫んでいた。

「俺の部屋じゃないかーっ!!」


 ひとしきり叫んだ後、俺は荒れた息を整え、自分が息をしている事を知った。

なぜだ。俺は死んだはずだ。マンションの屋上から地面に落ちて死んだはず。

それなのに生きている。

しかもだ。ここは自分の部屋。実家にある俺の部屋。そのうえ貼ってあるポスターや机の上を見る限り子供の頃そのままだ。

そんな事、有り得ない。有り得ないはず。

状況が飲み込めないでいるとドカドカと音が近付き、乱暴にドアが開かれた。

「朝っぱらから大声あげてどうしたのよ!」

入って来るやいなや大声を張り上げる中年女性。

「かあ、さん?」

見間違えるはずがない。部屋に入って来たのは母だ。

「あんた寝ぼけてるの?」

確かに母なんだが、俺が最後に会った時と比べてかなり若い。

「とりあえず寝坊を起こさなくて済んだからいいわ。早く支度しなさいよ?」

そう早口で母は言いながら、おもむろにカーテンに手をかけた。

開かれたカーテン。その向こうから射し込む光に目が痛くなる。

「始業式から遅刻しなくて良かったわね。」

「始業式?」

言葉の意味は分かるが発言の意味が分からない。

「まだ寝ぼけてるの?今日から二年生でしょ?中学生なんだからしっかりしなさいよ。もう。」

呆れながら母は「朝ごはんできてるからね」と付け足し部屋を後にした。

 また一人になった部屋で俺はしばらく立ち尽くすしかなかった。

「始業式?今日から二年生?」

死ぬはずだった俺が生きている。それだけでなく、今日から中学二年生というのはどういう事だ。

体に転落する際の感覚が僅かにでも残っていないかと確かめてみたが、あるのは少し痩せぎみの体があるだけ。

「これも走馬燈が見せているのか?」

死ぬ間際に見るそれなのか。それならば、これから映し出す世界は俺の記憶のはず。

そうか。もしかすると肉体は未だ落下していて、意識だけがこんなものを見せているのかもしれない。

さっき落下速度がゆっくりとなったのを思い出して、俺は俺の仮説にうなずいた。

心の中では釈然としないのを隠すためにも。

 こうして俺は長く、そして妙な臨死体験の世界で死に向かいながら生きる事となった。

中学二年生の俺として。

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