死・3
「ここ……は?」
誰とはなしに尋ねると、ぐったりと壁にもたれかかる男が答えた。
「あの世ではない。それに、まだ安心はできない」
黒いローブを身にまとっている黒髪の青年が、顰めっ面のまま歩み寄ってきた。
「お前は天使に魅了され殺された」
そして衝撃の事実を口にする。
「お前は女を助けようとして死んだと思っているだろう……しかし、それは大きな間違いだ。お前が助けようとした女は天使……しかも、さっき目の前に現れた奴だ」
言われてみれば、あの女性と先程現れた天使はどことなく雰囲気が似ていた気がする。
「今、天使によって魅了されて死ぬ者が急増している。お前もニュースなどで目にした事くらいあるから知っているだろう」
不可解な事故死や自殺者が増えているニュースは嫌という程見た……あれらが全て天使によるもの?
「待ってくれ、どうして天使が人を殺すんだ? 天使と言えば、聖なる象徴……言わば良い奴だろう」
俺は当然の疑問を投げかける。しかし、黒いローブの男は首を左右に振りそれを否定するように告げた。
「それは誤った認知だ。少し昔話をしよう」
黒いローブの男は床に片膝を立てて座り、ゆっくりと語り始めた。
「天使と悪魔は知っているな? その天使と悪魔が、かつて天使と悪魔がそう呼ばれるよりも遥か昔の事。同族同士の大きな争いが起きた……それは後に天魔戦争と呼ばれるようになる」
目を瞑り、男は思い返すように続ける。
「世界を自分達の都合のいいように作り変えようとする軍勢と、それに抗い人間と共存を求めた軍勢……最終的に勝利したのは前者の軍勢だった。その後、勝利した軍勢は抗った軍勢を悪と定め、自分達を天の使いと豪語し、人間達の記憶を書き換えた」
「それが、今の天使と悪魔……?」
俺の問いに、真っ直ぐに見つめて頷き肯定する。
「天使は邪魔な悪魔達を一つの世界ごと隔離し、今もなお自分達の都合のいいように作り変えようとしている」
「それって、どんな風に?」
「そのまんまの意味だ……作り変えるのさ。この世の終わりを意味する……つまりは終焉だ」
終焉……聞き慣れないと言うか、実感の湧かない言葉に俺はただただ黙りこくるしかなかった。
俺は死んだのではなく殺された……しかも、今まで良いものの象徴だと思っていた天使に。
しかもその認知は誤ったもので、天使は本当は悪い存在で世界を自分達のいいように作り変えようとしている。
色々と分からない事が多いが、ただ一つ俺の中に小さく芽生えつつある感情があった。
――――"怒り"だ。
正義感が強いわけではない……しかし、俺は自分勝手な考えの奴の手によって殺された。
考えれば考える程、天使に対してふつふつと憎しみが湧いてきた。
すると唐突に黒いローブの男が口を開いた。
「正直に言おう、お前にはもう残された時間が少ない。天使に魅了され、しかも存在を吸われたお前はじきに消滅する」
「そ、それってどういう……?」
「存在そのものが消滅するのさ。あの世にも逝けず、この世にも留まれずに天使共の糧となる」
そんな……それじゃあ、このまま指を咥えて奴らの思惑通りに消えるしかないってのか?
「お前に選択肢をやろう」
黒いローブの男が立ち上がり、俺の目の前まで歩み寄ると、すっと人差し指を俺に向けてきた。
「このまま消えるか、天使に復讐をするか……好きな方を選べ」