死・2
次に目を覚ました時、俺は見覚えのある場所にいた。そこは駅のホーム……俺が立っていた場所だ。
しかし先程と違うのは、警察や野次馬連中で騒然としている事。
一部にブルーシートが掛けられ、中が伺えないようにされており、その前には黄色いテープで遮られて入れないようになっていた。
俺は死んだ……のか? 野次馬の一人に声をかけてみる。
「も、もしもーし……」
しかし、答えるどころか見向きもしない。試しに触ってみる……が、すり抜けて触れる事が出来ない。
やっぱり、死んだんだ……そして今の俺は霊体。それにしても、あれは一体何だったんだ? 確かにあの時、女性はいたはず……なのに、忽然と姿を消した。
何が何だか分からない……頭を抱えていると、不意に頭上から光の帯が伸びて俺を照らした。
その光の帯を辿り視線を上に向けると、その先には純白の翼を羽ばたかせながらゆっくりと降りてくる一人の女性がいた。
「天……使……?」
徐ろに言葉を漏らしてしまう。そう感じさせる程その女性は美しく、そして神々しかった。
俺の前まで降り立つと、その天使はこう告げた。
「貴方……いいわ。快楽の世界に連れて行ってあげる」
すると俺の顎に触れ、唇と唇を重ね合わせた。その瞬間、脱力に似た感覚と心がふわりと浮かぶような気持ち良さが全身を駆け巡った。
俺は目を閉じた……これが、あの世に逝くって事なんだな。身も心も天使に預けようとしたその時――――
「その男から離れろ!」
男の威嚇に似た言葉と共に、目の前で炸裂音が鳴り響いた。俺はその衝撃波で弾き飛ばされてしまう。
「な、なんだ!?」
何が起きたのかを目視するため目を見開くと、そこには天使と対峙するように立っていた黒いローブに身を包んだ男がいた。
「また邪魔をする気なの? 死神さん」
天使が困り果てたように肩を竦めながら呟くと、死神と呼ばれた男は深く被ったフードで顔は伺えないものの、至って真面目な声で言い放った。
「当然だ、貴様ら天使の好きにはさせん。その男も返してもらう」
「そうはいかないわ。ようやく見つけた上玉だもの」
すると、妖艶な笑みを浮かべ自分の唇に触れるような仕草をする天使。
「だからこそだ。これ以上貴様らに均衡を崩されてなるものか!」
吠えるように死神は言うと、懐から鈍く黒光りする大きな散弾銃を取り出し発砲した。
しかし天使は舞うように躱し、光と共に弓矢を具現化させ応戦する。
「貴方じゃあ役不足よ」
閃光となって放たれた矢は一直線に死神に飛び、心臓部を目掛けていく。だがそれを死神は間一髪の所で身を翻し避ける。
「確かにそうかもな……」
認めるように呟く死神。それに反して笑みを浮かべたままの天使。俺にはその笑みが直ぐに分かった……光の矢が方向転換し、死神の背中を目掛けて飛んできた。
「……っな!?」
光の矢が死神を貫く。
「くそ……やはり、分が悪いか」
膝を付く死神は、俺の方を見据え何か悟ったように呟く。
「大和 庵……少しの辛抱だ」
懐から再び何かを取り出した死神は、それを天使に向かって投げる。それとほぼ同時に眩い光とキーンと耳を劈く音で俺は視覚と聴覚を奪われた。
その後、強い力で引っ張られどこかへと勢いよく連れていかれた。
「くそ! 閃光弾なんて小賢しい真似をぉぉぉぉ!」
あの綺麗な天使からは信じられないドスの効いた声が響き、次第に遠のいていく。
そして落ち着きを取り戻した時には、見慣れない薄暗い場所に俺はいた。