死
俺はどこにでもいるありふれた人間だ。
成績は全て平均、可もなく不可もなく……大学まで進学したものの、就職口も見つからずバイトでその日暮らしをしている。
「次のニュースです――――」
付けっぱなしのテレビでニュースが流れている。最近は、不可解な事故で亡くなる人や自殺者が増えている……またそのニュースだろう。
俺は右から左へと聞き流しつつ、バイトへ行くために準備を進める。
「やべ、もうこんな時間!」
急がないと電車に乗り遅れる! 飛び出すように家から出て、自転車に跨り最寄りの駅へと向かう。
思ったよりも早く駅に着き、ホッと胸を撫で下ろしつつ呼吸を整えホームに行く。
すると、隣に一人の女性が並んできた。横目でちらりと見た程度だが、腰まで伸びた金髪で外国人風? な雰囲気な印象。白いワンピースのような服を身にまとった清楚な感じだ。この時間の電車はよく利用するから、大抵の人の顔は覚えている。
だけど、この女性を見るのは初めてだな……なんて考えつつ電車を待っていると
「特急列車が通過致します、ご注意ください」
というアナウンスと共に、横にいた女性がふわりと身を投げ出し、ホーム下へと落下していった。
『おいおい、まさか自殺志願者ってか……?』
最近増えているとはいえ、まさか目の前で死なれるのはさすがに寝覚めが悪い。
動悸がしつつも、冷静さを保ちながら俺もホーム下に降り女性に駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか?」
自殺志願者に大丈夫か? と言うのも変な話だが、他に言葉が見つからない。まぁ、自殺志願者じゃなく単に具合が悪くて落ちてしまっただけかもしれないが、どこか打ち所が悪くて既に……なんてのは勘弁してほしい。
見たところ外傷はなく息もある……ひとまず安心し、抱きかかえようとするが
「お、重っ……!」
失礼かも知れないが、冗談抜きで重い。気を失い、力が抜けているとは言えその細身の身体からは信じられない程の重量を感じた。
すると、少し先の方から汽笛を鳴らしながら迫ってくる特急列車が来ていた。
「おい兄ちゃん、何してんだ! 早く上がってこい!」
中年のサラリーマン風の男性が、俺に向かって叫んでいる。
「この人をホームに上げるのを手伝ってください! 予想以上にその……重くて」
何を躊躇ったのか、最後の言葉が小さくなり、汽笛でかき消される。
「ああ? 何だって? よく聞えねぇ! いいから早く上がれ! 轢かれるぞ!」
「そうしたいんだけど、この人重くて上がんないんすよ!」
もう目の前まで列車が迫っている。このままじゃまじでやばい!
この人を見捨てて俺だけ助かるか? そうだよ、所詮赤の他人なんだ……助けようと思ったけど、助けられなかった……それでいいじゃないか。
俺の思考は既に自分だけ助かる方向へと向かい、女性から手を離してホームに上がろうとした時……
「……!」
何かに腕を掴まれた。その方を見やると、意識を取り戻した女性が俺の腕を掴んでいた。
「兄ちゃん、早くしろ!」
「待ってくれ! 女の人が俺の腕を掴んで……!」
「何言ってんだ! 女の人なんていねーぞ!!」
「……は?」
女性がいた方をみると……そこには誰もいなく、しっかりと掴んでいた腕に、痣だけが残っていた。
次の瞬間、全身に鈍い痛みが走り、手足は在らぬ方向へと飛び散り、鮮血を撒き散らしながら宙を舞っていた。
バラバラになった四肢を、ぼーっとした視界で眺めつつ、そう言えば家の鍵閉め忘れたな……なんてどうでもいい事を考えながら、俺の意識はフェードアウトしていった。