第83話 爆滅の勇者
「来た!」
エスカリナは叫ぶ。
城壁の縁に身を乗り出し、土埃を上げてこちらに向かってくる前線軍を視界に収めた。
「エスカリナ様、危ないですよ」
駐屯兵の隊長が慌てる。
その横ではザガスも敵軍を眺めていた。
歯を剥き出し、心底嬉しそうに笑っている。
一方、ヴァロウはいつもの表情を浮かべていた。
「エスカリナ、今のうちにみんなに食糧を振る舞っておけ」
「え? でも、今から戦いになるんでしょ」
「あと一刻は大丈夫だ」
そう言って、ヴァロウは城壁の縁に足をかけた。
「了解したけど……。ヴァロウ、何をするの?」
「特別なことではない。ただ計画通りのことを実行するだけだ」
すると、ヴァロウは高い城壁の上から飛んだ。
2段、3段と城壁を渡り、やがて西側に着地する。
「何をするつもり?」
エスカリナは城壁の上で首を傾げた。
ザガスは笑う。
「くくく……。そりゃ決まってるだろ。開戦の銅鑼ってヤツだ」
ヴァロウは魔法鉱石の剣を引き抜く。
陽の光を受けて、それは光り輝いた。
ヴァロウは喚ぶ。
「アイギス……」
糸を巻くように風が渦を巻く。
光を帯び、現れたのは裸体をさらした精霊だ。
蝶のような翅を動かし、ヴァロウの周りを飛び回る。
ヴァロウは剣を掲げた。
その動作で風の精霊アイギスはすべてを悟る。
剣と一体化した途端、火柱のように一条の嵐が逆巻いた。
竜の腹音のような鈍い音をまき散らし、青白い光が辺りを照らす。
反して、周囲は暗くなった。
それは空気の流れによって暗雲を呼び込んだことによるものだ。
が、まるで嵐が光さえ吸い込んでいるように見えた。
ヘーゼルの瞳は向かってくる前線軍に向けられる。
そして力強い言葉を剣とともに振り下ろした。
ストームブリンガー!!
巨大な嵐が振り下ろされる。
それはかの『竜王』バルケーノが飼っていた巨竜を屠った一撃だった。
今、それが人類の大軍に対して向けられる。
渦を巻いた嵐は西の平原を渡ろうとした前線軍を薙ぎ払った。
人馬が吹き飛び、呼び起こされた暗雲の中に消えていく。
どうやら一部は防御されたようだが、それでも前線軍の半数近くが消滅したようだ。
ストームブリンガーという精霊との合技は、1個の相手に対して使うものではない。
本来の使い方は、こうして大軍相手に使うものだった。
この力によって、ステバノス・マシュ・エフゲスキは『風の勇者』として名を馳せたのである。
だが、ステバノスの魔力程度では千の兵を撃滅するのが精々だろう。
現在、アイギスと契約しているのはヴァロウである。
ステバノスよりも遥かに大きな魔力を保有しているヴァロウであれば、万の大軍を殲滅することも夢物語ではなかった。
「ぼさっと行軍しているからこうなるのだ」
ヴァロウは「ふん」と鼻を鳴らす。
珍しく軍師は憤りを感じていた。
相手が遮蔽物の少ない西の平原の方から現れたからだ。
あれでは狙ってくれといっているようなものである。
向こうはこちらの戦力を計りかねている。
斥候を送った様子もないからだ。
正体不明の相手に、あまりに無防備な行軍だった。
ヴァロウなら迂回してでも、北の森の方から近づいただろう。
「すごい……」
エスカリナは城壁の上で息を呑んだ。
たった一撃でヴァロウはおよそ4万の兵の半分を削り切った。
さすがに驚かずにはいられない。
エスカリナはたまらず翻った。
城壁内で待機する民衆に向かって、声を張り上げる。
「みんな! ヴァロウがやってくれたわよ! 敵の半分がいなくなったわ!!」
「おお! ヴァロウ殿が!」
「て、敵の半分!!」
「……す、すげぇ!」
「もしかして、勝てるんじゃないのか」
「「「「「うぉおおぉぉおおぉぉおおぉぉおおぉぉおお!!」」」」」
大歓声が沸き起こる。
エスカリナはそれを煽るように拳を掲げた。
その歓声が城壁外にいるヴァロウに届けるためだ。
再びエスカリナは城壁外の方を向く。
「ザガス! これってヴァロウ1人で勝てるんじゃないの?」
「はっ! んなわけあるかよ」
ザガスは鼻で笑った。
「戦さってのはそんなに単純なもんじゃねぇよ。それはヴァロウもよくわかってる。だから、あいつらはお前らに頭を下げて、大がかりな仕掛けをしたんだろ」
「そりゃそうだけど、もう1発ぐらい今の技を撃ったら……」
同じ人類として、エスカリナも心が痛まないわけではない。
でも、これは戦争。
しかも、こちらの方が数の上でも不利なのだ。
ルロイゼンの民たちを巻き込まないためにも、少しでも敵戦力が削られていく方がいい。
エスカリナの気持ちは、ヴァロウに通じる。
2度目のストームブリンガーを放とうと、剣に魔力を込め始めた。
シュォオッ!
唸りを上げて、2発目のストームブリンガーを放つ。
一直線に前線軍に向かった。
だが――!
巨大な砂埃が舞い上がる。
地面を大きく抉り、その高さはたれ込めた雲に届きそうだった。
瞬間、砂埃を凍らせる。
大樹のような氷の壁が、一瞬にしてできあがった。
刹那、ヴァロウが放ったストームブリンガーが飛んでくる。
氷の壁に激突した。
極限に圧縮された嵐が、氷を削る。
だが、壁は固かった。
氷に加えて、中に石や砂粒が混ざっているからだろう。
ストームブリンガーの猛威を耐えきる。
その時だった。
「うおおおおおおおおおお!」
空の方から声が聞こえる。
見えたのは柿色の髪をした騎士だった。
どうやら砂埃を舞い上がらせた瞬間、空を飛んでやってきたようである。
一気にヴァロウとの距離を詰めた。
「てめぇか!!」
柿色の髪の騎士は剣を抜かなかった。
その代わり、カッと不思議な色の緑眼を開く。
ヴァロウは一瞬で理解した。
「魔眼使いか!!」
ヴァロウは目を閉じる。
故に対応が遅れた。
騎士が狙ったのは、ヴァロウではない。
彼が持っていた魔法鉱石の剣だ。
刹那、赤い炎を吹き上げながらヴァロウの剣が吹き飛んだ。
ヴァロウは熱を感じた瞬間、手を離す。
爆発方向に自ら飛んだ。
かなりの衝撃を受けたが、人鬼族の身体は頑丈である。
“角”の力によって、強化された身体は早々壊れたりはしない。
だが、ヴァロウもタダで攻撃を受けたりしなかった。
「ぐっ!」
くぐもった声が聞こえる。
見ると、騎士の片目にナイフが刺さっていた。
後ろに飛んだ瞬間、ヴァロウは相手の着地点を狙って、ナイフを投げていたのだ。
おかげで両目の魔眼の1つを潰すことができた。
「チッ!」
騎士は片目を抑えながら、舌打ちする。
対して、ヴァロウも目の前の騎士を睨んだ。
「てめぇ……。名前は?」
「人の名前を聞く時は、自分からと教わらなかったか?」
「ふざけんな。てめぇ、人じゃねぇ。魔族だろう」
騎士はあくまで頑なだった。
「…………ヴァロウだ」
「ヴァロウか。その名前、刻んだぜ。お前も覚えておけ。この『爆滅の勇者』ロッキンド・ラー・ファルキスの名前をな!」
そう言うと、ロッキンドは残った魔眼の力を解放する。
地面に叩きつけ、爆風に乗ると、自陣へと帰っていった。
「あれが『爆滅の勇者』か……」
ヴァロウの言葉は、湿り気を帯びた戦場の風に流されていった。
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