第8話 恩師からの手紙
ルロイゼン城塞都市から魔王が治める本国までは、かなり距離がある。
3つの河川。2つな山脈。
他に2つの広大な領地があり、そのさらに先にあるのが、現在魔族軍と人類軍がぶつかり合う最前線である。
ルロイゼンの占領こそ成功したが、本国の援助は期待できない。
現状の魔族の戦力では、戦線を押し上げることも難しいだろう。
だから、ヴァロウの狙いはまず周辺の都市を占領した後、魔族本国方向に軍を動かして、人類軍を挟撃するという壮大な作戦だった。
しかし、現状では不可能である。
一にも二にも戦力が足りない。
3人の魔族と、200匹のスライムでは、近隣諸都市を落とすことすら難しい。 そもそもルロイゼンの防備すら、ここの駐屯兵に任せているぐらいなのだ。
打って出るなんていうことは、夢のまた夢であった。
唯一の光明は海路を確保できていることだろう。
昨日、ついにペイベロはルロイゼン城塞都市に食糧などを運び入れた。
船も造りかけで放置されたものを、ただ同然で手に入れたらしい。
「『このご時世、船なんてどうするんだって?』っていろんな人に聞かれましたよ。誤魔化すのが大変でした」
ペイベロは苦労を語る。
とはいえ、ペイベロにとっては朝飯前だった。
「ヴァロウ様にいわれて、魚を売ってきましたが、通常の2割増しでも飛ぶように売れましたよ。これで外貨獲得も目処が立ちました」
「魚は貴重で高級食材だからな。金を持ってる貴族なら飛びつくだろう。だが、あまり派手にやるなよ。どこかの大商会に目を付けられたら厄介だ」
「心得ております」
ペイベロは一礼する。
これで当面の食糧と外貨の目処がついた。
いよいよこれで、軍事に本腰を入れられる。
ヴァロウは書斎で1つ息を吐く。
すると、歌が聞こえた。
うっとりとするような美しい声が、朗々とルロイゼンに響き渡っている。
ヴァロウは書類から目を離した。
「人魚だな」
「何かあったのでしょうか?」
メトラは書斎の窓から海の方を見つめた。
早速、ヴァロウとメトラは海岸へと向かう。
波打ち際の岩に座っていたのは、見目麗しい人魚だった。
ヴァロウに向かって頭を下げる。
すると、筒を差し出した。
密閉式になっており、それでいて随分と頑丈だ。
さらに、筒には竜の紋章が刻印されていた。
「ドラゴラン様からだな」
魔王軍第1師団の団長ドラゴラン。
魔王が束ねる6つの軍団の中でも、最強と謳われる竜人軍団の長である。
第1師団は数こそ他の軍団よりも劣るが、その1匹の強さは1000人に匹敵するといわれ、その軍の長たるドラゴランは、魔王を除けば、魔族最強といわれていた。
ヴァロウとドラゴランは、同じ副官であると同時に、深い絆で結ばれている。
どちらかといえば、ドラゴランが一方的にヴァロウを好いているという見方もあるのだが、ともかくまだ魔族の中ではひよっこのヴァロウを支援してくれていた。
ルロイゼン城塞都市攻略という作戦も、ドラゴランの後ろ盾がなければ実行できなかったであろう。
ヴァロウからすれば、師匠のような存在だった。
届けてくれた人魚に礼を述べ、一旦書斎に持ち帰る。
開け口のない筒を慎重に、剣で切り落とした。
でてきたのは、手紙である。
そして手の平サイズの小さな杖だった。
先には宝石が付いている。
まずヴァロウは手紙を黙読した。
やはり差出人はドラゴランからだった。
ヴァロウ殿。
お前が魔王城から出立して、随分時間が経った。
息災か? と聞いても、せっかちなお前のことだ。
読み飛ばしてしまうだろう。
だから、前置きはなく、用件を簡単に話す。
よくやった!(←荒ぶる大文字)
ルロイゼンを落としたと海の魔物どもに聞いた時は、耳を疑ったが、まさか本当に落としてしまうとはな。
お前には魔王様の脱出計画を聞いた時から驚かされっぱなしだが、今回は特に驚いたぞ。
すでにルロイゼンが落ちたことは、魔王様も知っている。
大変喜ばれていた。
お前から要請があった援軍についても、ご考慮いただけるそうだ。
ただ残念ながら、我らに造船の技術はない。
本国からルロイゼンまでかなり距離がある。
お前が、船を調達しないかぎりは、援軍を送ることはできない。
一刻も早く船を手に入れてくれ。
そして、また共に戦えることを祈っている。
ドラゴラン
追伸
第3師団のシドニムから玩具をもらった。
お前なら使いこなせるだろう。
「ドラゴラン様、随分とヴァロウ様を案じているご様子ですね」
メトラは手紙を受け取り、再度黙読する。
決して達筆ではない。
むしろこういう事務方の仕事を、ドラゴランは苦手としている。
それでも、自ら手紙をしたためたのは、ヴァロウだからであろう。
一方、ヴァロウは手紙と一緒に入っていた小さな杖を眺めていた。
見たこともない杖に――いや、杖かどうかすら怪しい魔導具に、メトラはただ首を傾げるより他なかった。
「ヴァロウ様、その杖は? 第3師団のシドニム様からもらったとありますが」
第3師団は死霊族。
つまり、スケルトンや首無し騎士、怨霊といった魔物を率いる師団である。
シドニム自身は、死霊使いで、副官の中でも飛び抜けて魔力が高いことで有名だ。
「おそらく第3師団の宝具の1つ【死霊を喚ぶ杖】だ」
「まあ、宝具を! そんなものを送っていただいたのですか?」
宝具は師団の中だけに存在する文字通り宝である。
門外不出で、こうして外に届けること自体、レアなケースだった。
それをドラゴランは、シドニムから借り受け、ヴァロウに送ったのである。
寡黙で掴みどころがなく、はっきり言うと意思疎通が難しい相手だ。
ほとんどの副官が気位が高いものたちばかりなのだが、シドニムも例外ではない。
そんな相手から何かをもらうというのは、大変な労力がいる。
ドラゴランがシドニムに頭を下げる姿が、ヴァロウの脳裏に浮かんだ。
それだけではないだろう。
師団の宝を他人に預けるなど、ドラゴランの首1つで済むはずがない。
あくまで推測だが、魔王様からの進言もあったのかもしれない。
ヴァロウは椅子を蹴り、立ち上がる。
「メトラ、城外に行くぞ」
「は、はい」
メトラが返事をする前に、ヴァロウは書斎の扉を開いていた。
◆◇◆◇◆
ルロイゼン城塞都市から徒歩で2日の距離。
少し小高い丘がある。
やや遠いが、そこからならルロイゼン全貌が確認可能であり、遠見鏡があれば、人々の暮らしぶりを確認することが可能だ。
そこに1人の男がいた。
迷彩柄の服を着て、まさしくその遠見鏡をルロイゼンへと向けている。
単眼の遠見鏡でくまなく城塞都市の様子を探った。
その中で、駐屯兵と魔物らしきものが、城壁の上に立っているのを発見する。
さらに棍棒をかついだワーオーガが、焼き魚を食べていた。
男はやおら立ち上がる。
1度目を揉んだあと、呟いた。
「信じられねぇなあ。魔族と人間が同居してやがる」
男は近隣都市に雇われた諜報員だった。
ルロイゼンの城門がずっと閉じられていることを知り、調査に来たのである。
ルロイゼンの領主の評判はすこぶる悪い。
他の諸都市も似たようなものだが、その圧政は有名な話だった。
民衆が決起し、内乱でも起きたのかと思っていたが、男が見たのは予想外の光景だった。
風がなく。
その瞬間、男の姿は消えていた。
ルロイゼン城塞都市の陥落を確認。
ヴァロウの予測よりも、2日も遅い発覚であった。
内政ばかりでしたが、いよいよ動きます。
まあ、『信〇の野望』みたいですね。
内政を充実させてから、侵略するみたいな……。




