第68話 パルマ高原の戦い 決着
いよいよ決着です!
それは1人の女だった。
襤褸を纏い、特別美しいというわけではない。
貧民街になら、どこにでもいる妙齢の女だった。
彼女はヴァロウが以前、メッツァーの城門前で助けた母親である。
むろん、バルケーノが知る由もない。
母親は魔族に囲まれ、ただ戸惑うばかりだ。
さらに膝を突くバルケーノに目で射抜かれ、「ひっ」と悲鳴を上げた。
「なんだ、貴様……」
バルケーノは凄む。
恐怖で震える母親の代わりに、説明したのはヴァロウだった。
「その女は反乱の折、夫を亡くした未亡人だ。そして、つい先日病気だった息子も亡くなった」
「……ふん! だからどうしたというのだ!?」
「どうしたですって!?」
母親の青い顔が、たちまち赤くなっていく。
今度は彼女がバルケーノを睨み返す番だった。
「私も夫も反乱には荷担していなかった。だけど、あなたたち兵隊は私の夫をゴミのように殺した。何もしてないのに。悪魔とののしって、夫を殺した。しかも、最愛の息子までもが……。うっ――――うわああああああ!!」
怒ったかと思えば、今度は女は泣き出した。
だが、すぐに顔を覆った手の平から、薄暗い色の眼光を光らせる。
さしものバルケーノも、母親の迫力に押され、「むぅ」と唸った。
その異様な雰囲気の中で、ヴァロウは高らかに宣言する。
「これより罪人バルケーノを処断する」
「ざ、罪人だと!」
「だが、我らは魔族である。人間の法律には従わない。魔族にも人間を裁くという判例はない。よって第六師団師団長ヴァロウが、独断を以て判断を下す」
バルケーノ……。貴様を私刑に処す。
「私刑だと! 我を裁くだと! 魔族がか! 笑わせるな! 一体何の権限があって……」
その時だった。
バルケーノの前に人影が映る。
顔を上げた時には、鋭い刃が鎧の継ぎ目を狙って振り下ろされていた。
首筋。
頸動脈からは外れていた。
だが、深々と刃が刺さり、血が噴出する。
脳天を突くような痛みが、バルケーノに襲いかかった。
刺したのは、あの母親だ。
暗い目をして、バルケーノを睨んでいる。
「女……。貴様ぁ!!」
傷口を押さえながら、バルケーノは立ち上がろうとする。
だが、動けなかった。
先ほどの女の一撃にしてもそうだ。
バルケーノであれば、素人の攻撃など見てからでも余裕でかわすことができる。
やっと自分の身体の異変に、バルケーノは気付いていた。
「毒か……」
バルケーノは刺さった刃ではなく、矢を抜いた。
矢の傷は浅い。
だが、その鏃には毒が塗られていたようである。
だからなのか、身体が思うように動かない。
すると、今度は誰かが背中の上にのしかかってきた。
動けないバルケーノに為す術はない。
顎を強かに打ち、うつぶせになった。
目線だけを動かすと、ゴブリンが取り囲んでいる。
それぞれバルケーノに飛びつくと、纏っていた鎧を脱がし始めた。
愛槍すら奪われ、猛将から武具が外される。
「ヴァロウ! 貴様、一体我に何をしたいのだッ!」
「聞いてなかったのか? ならば、もう1度言おう。これは私刑だ……」
ヴァロウは合図を送る。
すると、再び魔族の後ろから人間が現れた。
1人ではない。
50、いや100人はいるだろうか。
大勢の人間が魔族の合間を縫って、バルケーノの方へと向かってくる。
皆、先ほどの母親と同じだ。
薄暗い瞳をしている。
だが、その奥から放たれる殺気は本物だった。
武器を握り、歯に怒りを溜め、ひたひたとバルケーノとの距離を詰めてくる。
その殺気、怨嗟はまるで毒だった。
バルケーノの身体に回る毒よりも恐ろしくはいずり回り、猛将を金縛りにする。
さらに、それは回った毒の影響か。
それとも、処断されることになって初めて彼が、罪悪感を感じたのか。
100人以上の人間に混じって、明らかに人ではないものの姿を見る。
落ちくぼんだ眼窩、血まみれの顔、手や足のない人間たち。
それは、バルケーノに絡まった怨霊たちであった。
反乱から生き延びた人間とともに、こちらへやってくる。
「――――ッ!」
途端、バルケーノは息を呑んだ。
それもそのはずである。
彼らの中に、バルケーノがよく知る人物がいたからだ。
黒い髪と白い肌。
大きな黒目に生気はなく、ただ唇には血の跡がついていた。
その格好は村人のようであったが、間違いない。
娘ルミルラであった。
「や、やめぇ! やめろぉおぉおおぉぉぉおお! 来るなぁ!!」
とうとうバルケーノの口から悲鳴が上がる。
怨霊を振り払うように手を伸ばすが、やはり毒の影響で思うように動けない。
たちまち、そんなメッツァーの領主を人間たちは囲んだ。
その周りには、怨霊たちもいる。
「頼む! 助けてくれ! 仕方なかったのだ! 我とて! 我とてこんなことを!」
バルケーノは亀の子になり、頭を抱えた。
まるで子どもが親に悪戯の言い訳をするように許しを請うた。
これが猛将の正体である。
バルケーノはすべてを省みず、ただ己の戦功だけを誇りとし、最後には猛将として華々しい散り際を求めた。
だが、ヴァロウはその最期を許さなかった。
最期の最期に、バルケーノに罪と対峙することを強要したのである。
ただ戦場にのみ己を見出し、虚飾を重ねた猛将。
「バルケーノよ。そういう人間をなんというか知っているか?」
裸の王様というのだ。
その瞬間、亀の子になったバルケーノに100の刃が振り下ろされる。
それも1度や2度ではない。
何度も、何度も振り下ろされた。
「きひひひひひひひ!」
「ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
「ひゃああああああ!」
奇声が上がり始める。
バルケーノに刃を突いていた人間の表情が変わった。
いや、顔色そのものが変わり始める。
顔面赤黒く染まり、赤い眼光が蠢いた。
一体腹のどこからそんな音を出せるのかわからない。
そんな奇声を彼らは上げ続けている。
当の昔に身体の限界が来ても、人間たちはバルケーノを突き刺し続けた。
「ヴァロウ様……。これは――」
メトラは慌てた。
だが、当のヴァロウ本人は冷静だった。
「狂人化だな」
大気や人間、魔族の中には、魔素という魔力の原料となるものが含まれている。
その性質は精神によって左右され、時に身体の変化を起こすこともある。
その顕著なものが、狂人化である。
極限の精神状態になった時、理性は破壊され、人間らしさを失う。
その性質は、魔族に近いものとなる。
精神を乗っ取ることは容易く、訓練すれば『狂戦士』として戦列に加えることも可能だった。
「彼らの狂人化は避けられなかった。いずれ精神のたがが外れ、暴走した魔素によって自ずと廃人になっていただろう」
「彼らを生かす道はこれしかなかった、と……」
メトラは少し強い口調でいう。
だが、ヴァロウの表情はやはり変わらない。
「残酷だと思うか?」
「はい。ですが……」
「…………」
「あなたが背負うなら、私も背負うだけです」
「ああ……」
それだけ言って、ようやくヴァロウは動いた。
バルケーノの前に進み出る。
あれほどの傷つけられたのだ。
死んでいるだろう。
誰もがそう思っていた。
だが、くぐもった声が漏れ聞こえてくる。
「きさ、ま……。やはり……あの小僧か…………」
「ルミルラから聞いたのか? 違う。俺は人鬼族のヴァロウだ」
「どうでもいい……。くくく……。一体何のつもりだ? 復讐か? 無駄だ……。貴様には無理だ。……この世界はすでにくさっておる」
「だから、お前はせめて将として綺麗な散り際を望んだのか。実の娘を殺してでも……」
「かかっ……。何がわるい。どうせくさっているのだ。人は増えすぎた。8000人を失っても、またいくらでも生まれてくる。覚えておけ、ヴァロウよ。人の命など存外軽いものよ……」
瞬間、ヴァロウは剣を抜いた。
ギィン、と鋭い音が鳴る。
ごろり、とバルケーノの首が転がった。
苦悶の表情を浮かべ、飛竜と共に飛んだ空に視線を投げかけている。
一瞬だった。
ヴァロウはバルケーノの命を摘み、討ち取ったのではなく、処断した。
「ああ……。知っている」
ヘーゼル色の瞳を冷たく光らせる。
転がった首級の髪を乱暴に掴み上げ、皆の前でさらした。
「メッツァー城塞都市領主バルケーノを、ここに処断した!」
ヴァロウは声を張り上げる。
すると、歓声が沸いた。
熱狂的な声を上げ、人間も魔族もバルケーノの死を喜んでいた。
こうしてメッツァー軍は全滅した。
8000いた兵は、ほぼ0に近い。
対して、魔族軍3000は、2500。
倍数の敵に対して、この戦果は完勝といっていい勝ち方だった。
7章『パルマ高原の戦い』はこれにて終章です。
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