第7話 軍師の商売
親睦会は成功に終わり、ヴァロウは再び政務に励んでいた。
やることは山積している。
だが、ヴァロウの表情は幾分穏やかだ。
少しずつルロイゼンが回り始めてきたからだろう。
「メトラ……。エスカリナを呼んでくれ」
「あ。はい……」
茶器を傾けたメトラに指示を出す。
しばらくしてから、エスカリナがヴァロウの書斎にやってきた。
「来たわよ、ヴァロウ。わたしに何か用かしら」
ヴァロウは無駄話が嫌いだ。
元気か? と社交辞令的な挨拶もなく、話を切り出した。
「貴族屋敷に出入りしている商人が、まだルロイゼンにいるな?」
「ええ。いるわよ」
ヴァロウたちがルロイゼン城塞都市を占領して以来、唯一の脱出路ともいえる北側の城門はずっと閉められたままだ。
城壁は高く、登ることができるのは、駐屯兵かスライムに限定している。
海側も同様で、常に海の魔物たちの目があった。
柔軟な政策によって魔族と人類の融和を進めているが、ヴァロウは街の人間を信じていない。
必ず密かに逃亡を企てる者が現れるはずだ。
大概のことは人類側の差配で自由にやらせているが、一部でヴァロウは厳しく引き締めていた。
現状、都市から出られない以上、エスカリナの父ドルガンの御用聞きの商人は残っているはずである。
「連れてきてくれないか。話がしたい」
「それはいいけど……。商人なんて呼び出してどうするの? もしかして、商売でも始めるつもり?」
「そのまさかだ」
「ふふふ……。また何か面白いことを企んでいるのね。まあ、いいわ。続きは商人を連れてきてから聞きしましょう」
「ちなみに、どんなヤツだ?」
「そうね。意外と思われるかもしれないけど、若くていい男よ。わたしのタイプじゃないけど。あと……真面目ね」
「それは性格がか?」
「少し違うわ。商人としてね」
「なるほど。では頼む」
「仰せのままに」
エスカリナは大げさに一礼し、書斎を後にした。
◆◇◆◇◆
少し時間を置いて、エスカリナが書斎に戻ってくる。
その後ろに、背の高い男を伴っていた。
ヴァロウの前に進み出ると、胸に手を当て一礼する。
「ペイベロ・ボローニャと申します。この度は、お呼び立ていただきありがとうございます」
やや芝居がかった口上を述べる。
顔を上げると、ニコリと微笑んだ。
やや癖がついた紺色の長い髪。
頭にターバンを巻き、緩やかな長衣を重ね来ていた。
じゃらりと音を鳴らしたのは、首から提げた守護印である。
行商人たちが崇めるヘルノスという「道と商人の神」の意匠だった。
薄紫色の瞳はどこか蠱惑的で、鼻筋も通っていて、商人をさせておくにはもったいないぐらいの美男である。
いや、むしろ細い肢体と色白の肌も相まって、まるで女のようだった。
ヴァロウは何も言わず、数拍ペイベロを観察する。
その結果わかったことは、つかみ所がなく、とても油断ができないということだ。
「ヴァロウ様?」
メトラが促す。
特にヴァロウは何か居住まいを正すこともなく、本題を切り出した。
「ペイベロ、お前に商売をしてもらいたい」
「それはなかなか楽しい依頼ですね。しかし、現在北の門は閉ざされております。商売といっても、城塞都市内で貨幣を回すのには限界があるかと」
ペイベロの意見に、エスカリナは頷く。
彼女もまた同じ疑念を持っていたのだろう。
「承知している。だから、お前には外貨と食糧を調達してきてほしい」
「もちろん。北の門を開けていただければ、今すぐにでも……」
「それはできない」
ヴァロウはきっぱりと突っぱねた。
先ほどまでニコニコしていたペイベロの顔が曇る。
「それは、ヴァロウ様。少々ご無体なお話かと……」
「ああ。だから、お前たちには北の門とは別の方から出てもらう」
「別?」
「海だ」
――――ッ!
ピンと空気が張り詰める。
一瞬、皆の頭の上にクエスチョンマークが灯った。
海――つまり海路を使い、商売しろとヴァロウは言っているのだ。
しかし、海は魔物の巣窟である。
海の魔物は総じて手強い。
いや、海の中であれば、彼らは無敵に等しい。
その昔、ある国が大艦隊を率いて、魔物を駆逐しようとした。
だが、出航した直後に、すべての船が轟沈。
沖に出ることすらできなかったというのは、有名な話だ。
以来、人類は海路の確保を諦めている。
「しかし、俺たちにその枷はない」
ヴァロウは薄く笑った。
その通りだ。
海の魔物は、今ヴァロウの傘下にいる。
1つ命令を出すだけで、彼らは協力してくれるだろう。
そう。
今この世に置いて、海上輸送を可能にできるのは、ヴァロウただ1人しかいないのだ。
「海上交通を独占するおつもりですか?」
「独り占めしたいわけではない。ただそれをできるのが、俺だけだという話だ。海の利便性は、熟知しているな?」
ペイベロは頷いた。
いつの間にか、その涼しい顔には、汗が浮かんでいる。
海上輸送のメリットは、1度に多くの荷物が運べることだ。
しかも、陸送するよりも速く、輸送費も抑えることができる。
「しかし、船はどうするのですか?」
「小さな船ならあるが、大きな商売をするには、大きな船が必要だろ? ならば、商売で得た金で、船を買うしかない。人類側にとっては、今や帆船などデカい木の塊だ。そう高くはないはず」
「リントリッドに、確か使われていない船が船渠に入ったまま眠ってるはずです。まずそこから当たってみてはいかがでしょうか?」
進言したのは、そのリントリッドの元王女メトラである。
「船乗りはどうするんですか? 今のご時世で船乗りを集めるのは……」
「船乗りは必要ない。人間はお前1人だ」
「わたくし1人とは?」
「船は海の魔物たちに引いてもらう。最悪浮かんで、商品を運べればいいのだ。海の魔物たちには、すでに話した。問題ないといっていた」
「な、なんて人だ……」
ペイベロはよろめいた。
もはや反論も反証も見つからない。
ただ呆然とする他なかった。
「商売の方法はお前に一任する」
「え? いいのですか?」
「俺が口出しするよりも、その方が何かと都合がいいだろ?」
それはトドメだった。
商売の方法。
さらにヴァロウの器のデカさ。
ペイベロはただ手を上げて、降伏するしかなかった。
「ヴァロウ様。実を申すと、わたくしはここに来て、舌鋒によってあなたに小さな仕返しをするつもりでした」
「ほう……」
「商売はわたくしの命も同然です。その商売ができないことは、死んでるのと同義。随分とあなたを恨みました」
「だから、仕返しか?」
「はい。我ながら子供じみたことを考えたものです」
「それで……。どうするのだ? まだささやかな抵抗を続けるのか?」
「とんでもない。この商売、是非受けさせていただきたい」
ペイベロは頭を下げる。
顔を上げると、入ってきた時と同じような営業スマイルを浮かべていた。
「わかった。お前に頼む」
「ありがとうございます。ただ人手を数人ほしいのですがよろしいですか? もちろん、信頼のおける人間たちです」
「任せる――といっただろう?」
「かしこまりました」
ペイベロは下がっていく。
扉が閉まるのを、メトラとエスカリナとともに見つめた。
「なるほど。エスカリナの言った通りだな」
「でしょ? ペイベロの良いところも悪いところも、商売に真面目なところよ。そのためなら、人も魔族も選ばない」
エスカリナは微笑む。
「よろしいのですか、一任して? 監視を付けるべきでは?」
「ペイベロにとっては、商売が何よりも優先する。海上輸送というメリットの大きさは重々承知しているだろう。それをみすみす手放すヤツではない――俺はそう判断した」
「なるほど」
メトラもすとんと胸のつかえが下りたような表情をした。
「いずれにしても、また大きなことを考えたわね。まさか海で商売をするなんて?」
エスカリナは驚きを通り越して、もはや諦めの境地だった。
「簡単な理屈だ。陸が無理なら、海で商売をするだけだ」
ヴァロウは事も無げに言い放つ。
そして、机の上の書類を1枚持ち上げ、次の仕事に取りかかった。
GWも毎日更新できるように、せっせとストック作っております。
お楽しみに!




