第63話 戦場の悪鬼
ヴァロウがメッツァーに武器を売りに行くことにこだわったのは、戦費調達のためだけではなかった。
すべては、この戦いの時のためだ。
ヴァロウはあらかじめ呪字を仕込んでいた武具をドワーフたちに作らせた。
それをメッツァーで売りさばき、この戦さにおいて呪いの力を解放させたのである。
この作戦は、すでに反乱をけしかけた時から始まっていた。
反乱軍との戦いで疲弊した同盟軍は、必ず武器を調達しようとする。
そこに呪われた武器を購入させ、戦費に当てるとともに、同盟軍に装備させたのである。
つまり、ヴァロウはこの戦さにおいて1500名の援軍ともいえる戦力を手にしたのだ。
そう――。
すでにメッツァー軍は、反乱を鎮圧した時から、ヴァロウの手の平の上で踊らされていたのである。
そして、ヴァロウの作戦はものの見事に当たった。
メッツァー軍は大混乱に陥る。
当然だろう。
仲間がいきなり斬りつけてきたのだ。
それは自陣に突然、敵の援軍が現れたも同義だった。
兵士たちの悲鳴が響く。
仲間なので、下手に手出しはできない。
次々と呪いの武具を手にした兵が討たれていく。
一瞬にして、300名もの兵の遺体が地面に転がった。
相手の参謀レドベンも動揺していた。
冷静でいなければならない参謀の頭が、パニックを起こす。
何かしなければと思うのだが、教科書に載っていないこの状況に、完全についていけていなかった。
だが、メッツァー軍の悪夢は続く。
ぎゃああああああああああ!!
一際大きな悲鳴が前方で聞こえた。
振り返る。
最初に突進してきた魔狼族の部隊が、すぐそこまで来ていた。
先頭の白銀の魔狼族と目が合う。
見つけた、といわんばかりに紅蓮の瞳を閃かせた。
魔狼族は重装歩兵に手を焼いていたはずである。
だが、その重装歩兵にも呪いの武具が浸透していた。
前方でも同士討ちが始まる。
もはや魔狼族の突進を止めるどころではなかったのだ。
「くっ! このままで魔狼族に食い破られるぞ!」
早くも最大のピンチだった。
だが、逆にレドベンの頭は冷静になる。
死中に活というわけではないが、自然とやることが絞り込まれたのだ。
とにかく魔狼族の突進を止めなければならない。
そのためには、呪いの武具による同士討ちをなんとかしなければ……。
「魔法兵! 前方の援護魔法を即時中止せよ!! 解呪魔法を用いて、武具の呪いを解くのだ!!」
レドベンは大きく声を張り上げる。
まずは元凶を断つ。
幸い魔法兵には呪いの武具の影響はない。
魔法兵たちはすぐに呪唱を中止すると、解呪魔法を唱え始めた。
だが――――。
ふっとレドベンの頭上を何かが飛んでいく。
飛竜だろうか。
地上の状況を見て、援護しにきたのかもしれない。
レドベンは顔を上げる。
しかし眼鏡越しに見たそれは、飛竜とはかけ離れたものだった。
スライムだ。
くるくると回りながら、レドベンの中央部隊の上を通り、後背の魔法兵へと飛んでいく。
すると、スライムは魔法兵に貼り付いた。
まさかスライムが降ってくるとは思わず魔法兵も対応が遅れる。
スライムは魔法兵の口を塞ぎ、呼吸を奪った。
「一体、どこから!!」
前を向いた。
魔狼族だ。
背負っていたスライムを後方に向かって投げたのだろう。
タイミングも完璧だった。
魔法を切り替えるのを見計らった動きだ。
おそらく読んでいたに違いない。
こちらが援護魔法の呪唱を停止し、解呪魔法を使うのを……。
「まずい! 突破されるぞ!!」
レドベンは歩兵にすぐに魔法兵についたスライムを剥がすように命じる。
だが、後ろにばかり気を取られている場合ではない。
すでに魔狼族はレドベンの眼前にまで来ていた。
「レドベン様!!」
騎兵がレドベンに向かって飛び込んでくる。
次の瞬間、大きな爪がレドベンの鼻先をかすめた。
騎兵が飛び込んでこなければ、レドベンの首が飛んでいただろう。
勢いあまりレドベンは騎兵とともに馬上から落ちる。
すぐに立ち上がって、顔を上げた。
白銀の魔狼族が見上げている。
「チッ!」
舌打ちすると、レドベンを放置し、白銀の魔狼族は後方の魔法兵に襲いかかった。
魔法兵はいまだスライムから脱することができない。
魔法を唱えられない魔法兵など、平民と一緒だった。
たちまち魔狼族の襲撃を受け、魔法兵部隊は削られていく。
一瞬にして、8割以上の魔法兵を失った。
それだけではない。
最後尾の魔法兵部隊が崩れた――その意味を表すところとは。
「突破された! 8000の我が兵が、たかだか2000の魔狼族の突破を防ぎ切れなかったのか!!」
レドベンは震え上がる。
魔狼族にではない。
この作戦を立てた者にである。
敵の狙いは、単なる中央突破ではなかった。
最初から魔法兵だったのだ。
武具の解呪をさせないために。
「おのれぇぇぇぇぇええええええ!!」
瓦解しようとしている戦況の中。
レドベンは握り拳を地面に叩きつけた。
ようやく参謀は認識する。
自分たちが相手をしているのは、単なる悪魔などではない。
深い読みと、明確な狙い。
戦場の悪鬼ともいえる相手と戦っていることを、今さら理解したのである。




