第62話 思いがけぬ援軍
両軍の鬨の声が戦場に轟いた。
遠目から見れば、魔族軍は黒く。
人類軍は白く見える。
まる光と影の対決のように両軍は交わろうとしていた。
「本当に突っ込んできた!!」
鬨の声が上がる中で、レドベンは1人狼狽えていた。
ずり落ちた眼鏡を持ち上げる。
今一度、敵軍の様子を確認した。
真っ直ぐ魔狼軍を先頭にして向かってくる。
だが、他に何か奇妙な行動を取るものはいない。
周囲を伺ったが、メッツァー軍の側面を討つ伏兵もいないようだ。
唯一気になるといえば、魔族軍の後方に配置されたものだろう。
布を被り、まさしくヴェールに包まれていて、見えない。
何かの兵器だと思うが、今戦場に投入する気配はなかった。
常に周りに注意を払う。
その時、レドベンの耳朶が震えた。
「レドベン! 後は頼んだぞ!!」
バルケーノである。
ピュウゥ、と指笛を鳴らすと、空から1匹の飛竜が降りてきた。
上空で竜騎士部隊とともに待機していたバルケーノの飛竜である。
翼を広げ減速し、軍のど真ん中に降り立った。
バルケーノはその頭を撫でる。
新しい愛竜に鐙を載せて、跨がった。
「あとの指示は頼んだぞ!」
「え?」
レドベンが疑問を投げ返す前に、バルケーノの飛竜は翼を動かしていた。
鋭い風圧が巻き起こる。
次の瞬間、バルケーノは愛竜とともに空へと舞い上がった。
指揮官が、猛将になったのである。
こうなっては自分で指揮するしかない。
こういうことは1度や2度ではないのだ。
レドベンは気を引き締め、戦場に向き直った。
そして、白と黒の一団が交わった。
刹那、先頭を走っていた騎兵が吹き飛ばされる。
1頭や2頭ではない。
10頭以上の軍馬が、空へと舞い上がった。
「ひぃ!!」
レドベンは思わず悲鳴を上げた。
実はこうやって魔族と正面切って戦うのは初めてなのだ。
その膂力に驚愕する。
彼を囲う兵士たちの顔も青ざめていた。
魔族の勢いは止まらない。
まるで土でも掘るように歩兵や騎兵たちを殺していく。
こちらの方陣に楔を穿つように浸透してきた。
(まさか! 中央突破するつもりか!!)
魔族の勢いは本物だ。
そして速い。
斜面を利用し、さらに加速がかかっている。
対して、こちらは上りだ。
動きが鈍い。
このままでは本当に突破を許すかもしれない。
「レドベン様!! このままでは!!」
早くも部下が悲鳴を上げた。
レドベンは心の中で「落ち着け」と念じる。
1度息を吸い、指示を出した。
「歩兵と騎兵を下がらせ、隊列を作り直せ! 重装歩兵は眠っているのか!! 前に出てヤツらの攻撃を受け止めろ! 弓兵と魔法兵は5歩前進。歩兵と重装歩兵を入れ替える間を援護せよ」
レドベンの指示は的確だった。
重装歩兵を前に出し、魔狼族の勢いを殺しにかかったのである。
その間に、歩兵と騎兵を立て直させて、再突撃に備えさせた。
その指示は正解だった。
魔狼族の動きが止まったのである。
◆◇◆◇◆
「敵もやりますね」
メトラはアンデッドとゴブリンの混成部隊に矢を放つよう命じながら、ヴァロウに囁いた。
完全に魔狼族の動きが止まっていた。
矢を撃って援護しているが、重装歩兵の装甲はかなりのものだ。
アンデッドやゴブリンが引く程度の弓では、ビクともしない。
「8000人の軍隊だ。向こうだって、参謀ぐらいはいるだろう。とはいえ、主がその言うことを聞くとは思えないがな」
しかし、参謀はそこそこ頭の切れる男らしい。
指示も的確で、そして目的は明確だ。
重装歩兵で第四師団の動きを止めた。
さらに乱れた歩兵と騎兵を再構築し、紡錘形になったこちらの軍の側面を狙おうとしている。
このまま放っておけば、こちらの本隊と切り離され、第四師団は囲まれるだろう。
「どうやら、早速あの仕掛けを使う時が来たようだな」
ヴァロウは懐に手を伸ばす。
取り出したのは、赤い宝石だった。
それを強く握り込む。
たちまち宝石にヒビが入ると、鋭い音を立てて破砕した。
途端、魔力の波が戦場に伝播していく。
魔族たちを強化するわけでもない。
敵に死の囁きを聞かせるものでもなかった。
さざ波のようにただ戦場へと流れていく。
赤い魔力の波は、人類を動揺させた。
しかし、何も起こらない。
レドベンなどは「はったりだ!」と断じて、さらに攻撃を命じた。
が、すでに事は起こっていたのである。
「ぎゃああああああああああああ!!」
いきなり悲鳴が上がる。
それは戦場ではさして珍しいことではない。
今もあちこちで聞こえている。
だが、その叫びはどこか異質だった。
メッツァー軍の兵士は一瞬止まる。
目だけを動かし、その悲鳴の出所を探った。
それは1人の歩兵だった。
槍を握っている。
その尖端は仲間の心臓を貫いていた。
「な、何をしてるかぁぁぁあああ!?」
レドベンは叫んだ。
その声に呼応したのか。
仲間を槍で刺し貫いた兵がレドベンの方を向いた。
目に生気はない。
いや――何か禍々しく歪んでいるように見える。
「まさか!!」
レドベンの背筋に冷や汗が流れる。
その瞬間、槍を持った歩兵は次々と仲間の兵を刺し始めた。
そして、それは1人だけではない。
「ぎゃあああああ!!」
「おい! 何を――うぎゃ!」
「やめろ! 仲間だぞ!」
「お前、何をしてるんだ!!」
次々と、まだ魔族がいないはずの戦場から悲鳴が聞こえる。
そのどれもが、同士討ちをしていた。
歩兵だけではない。
魔法兵は無事のようだが、騎兵、重装歩兵、弓兵……。
武具を装備した部隊の中で、同士討ちがあちこちで起こっていたのである。
しかも、10人、20人ではない。
「100……いや、もっといるぞ……」
レドベンは戦慄する。
瞬間、彼の目の前でも同士討ちが始まった。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
気が触れたように言葉を連呼する。
武器を振り回し、周囲の兵たちを斬りつけた。
「ええい! と、とにかく取り押さえろ!!」
一体何が起こっているのか。
レドベンは眼鏡をあげて、観察する。
すると、気が触れた兵士が持っている武器に着目した。
長槍の柄が何か光っている。
呪字のようなものが刻まれていた。
しかも、その武器は身体と一体化し、外すことはできないようだ。
「まさか! この武具! 呪われているのか!!」
レドベンの叫声は戦場に響き渡った。
混乱に陥る戦場をヴァロウは見つめる。
普段通り、無感情に……。
対してメトラの声は明るかった。
「ヴァロウ様、成功です。うまく機能しましたね」
「ああ。これでドワーフたちの努力も報われるというものだな」
ようやくヴァロウの口元に笑みが浮かぶ。
「さて、メッツァーにばらまいた武器防具はおよそ1500。実質1500の援軍だと思えばいい。6600と4500……。数の上ではまだ負けているが、これで倍数からは脱した」
握りつぶせ!!
いつも開いている手の平を、ヴァロウは強く握り込むのだった。
面白い! そう来たか!!
と思っていただいたら、
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