第36話 ルロイゼン帰還
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ルロイゼン城塞都市は、ここしばらく穏やかな日々が続いていた。
最前線は遠く彼方。
テーランを中心に起こった内乱も、今のところ影響はない。
重税を課す悪徳領主もおらず、食糧の備蓄も十分というほどではないが、2000人の民を2月食わせるぐらいには用意ができていた。
普通に暮らせるという幸せを噛みしめていた民だったが、いよいよ戦火の足音を聞くことになる。
ヴァロウたちが帰還したのだ。
「おかえり、ヴァロウ!」
弾けるような笑顔と共に迎えたのは、ルロイゼン城塞都市の元領主の娘エスカリナだった。
人魚たちの出迎えの唄を聞いて、走ってきた彼女は、ヴァロウに抱きつく。
それは、この大要塞同盟では当たり前の習慣だった。
久しぶりの再会を喜ぶ際に行われる習慣である。
それはメトラも教養としてわかってはいた。
が、ヴァロウに抱きつくエスカリナを見て、眉をピクピクと動かしている。
習慣とはいえ、エスカリナの場合、ちょっと行き過ぎのような気がしたからだ。
すると――。
「メトラさんもおかえり!」
エスカリナは、ヴァロウと同じようにメトラに抱きつく。
メトラの頬がポッと赤く染まった。
一瞬、呆然とするも、すぐに意識を回復させる。
「ちょ、ちょっと! あなたね!」
慌てて、突き飛ばす。
そのエスカリナはぼんやりとした顔で首を傾げた。
「何を驚いているの、メトラさん?」
「淑女足るもの、もう少し節操をもって……」
「淑女……? 節操……? ヴァロウもそうだけど、時々あなたたちって、人間っぽいことをいうよね」
エスカリナは身体をくの字にして笑う。
それを見て、メトラはむっと頬を膨らませた。
「ザガスもお疲れ様」
エスカリナはザガスに抱擁しようとする。
だが、その前に大きな腕で阻まれた。
「馴れ馴れしくするな、人間……。食っちまうぞ」
三白眼が鋭く光る。
さすがのエスカリナも、その迫力に負けてしまう。
肩を竦めて、握手でもするようにザガスの腕に手を置いた。
「相変わらずね、あなたは……。まあ、いいわ」
「何か変わったことはないか?」
早速切り出したのは、ヴァロウだった。
「もう……。世間話ぐらいさせてよ、ヴァロウ。まあ、あなたらしいけどね。とりあえず、急を要することはないわ。あなたの大好きな紅茶でも飲みながら、じっくり話をしましょう」
「……ああ、そうだな」
ヴァロウは妙に素直に応じ、ルロイゼンの中心へ向かって歩き出す。
その後ろを見ながら、エスカリナはまた肩を竦めた。
「まったく……。ヴァロウの紅茶好きは筋金入りね。ちょっと引き合いに出すだけで、動いてくれるんだから」
「船の中では紅茶が飲めないからですよ」
「なるほど。そういうことか……」
メトラの忠言に、エスカリナはポンと手を打つ。
そして、ヴァロウの後を追いかけた。
◆◇◆◇◆
久しぶりのルロイゼン城塞都市は活気づいていた。
ヴァロウが魔族としてこの都市を占拠した時とはまるで違う。
民衆の顔に、人間としての輝きが戻っていた。
経済活動も活発のようだ。
ペイベロが積極的に船で海に出て、物資を運んでくるらしい。
さらに城塞内で取れた野菜などを売る物もいて、市場も盛況だ。
特にヴァロウの目についたのは、城壁やインフラだ。
所々穴の開いた三段城壁や、割れた石畳などが綺麗に整備されている。
あちこちで見られた雑草も引き抜かれ、ボロボロだった城塞都市の面影はなくなっていた。
「すごい……」
メトラも感心する。
すると、ゴブリンが走り寄ってきた。
ヴァロウに挨拶するのかと思ったが、用事があったのはエスカリナの方らしい。
2、3会話を交わすと、ゴブリンは頷き、またどこかへ言ってしまった。
「ゴブリンとうまくやっているようだな」
「え? ええ……。まあね。最初はおっかなびっくりだったけど、話してみると結構物わかりがよくて、いい子たちよ。素直じゃない軍師様と違ってね」
エスカリナはニヤリと笑う。
すると、メトラが咳払いした。
「エスカリナ……。些細なことであろうと、ヴァロウ様に対する暴言は許しませんよ」
「誰もヴァロウのことだと言ってないわよ」
「うっ……」
メトラは喉を詰まらせた。
「うふふふ……。でも、助かったわ。彼らのおかげよ。ルロイゼンがここまで蘇ったのは……」
「どういうことですか?」
「彼らが城壁や道路、下水を修理してくれたおかげで、民も元気になり始めたのよ。ほら、やっぱり身体が元気でも、周りが汚いと気分が落ち込むじゃない。けれど、今は違う。都市が蘇ったことによって、人もまた蘇ったのよ」
「そうか……」
ヴァロウは目を伏せる。
実はこの効果もまた、ヴァロウの手の平の上であった。
ルロイゼンから離れる前、ヴァロウはゴブリンにある指令を与えていた。
それがさっきエスカリナが言ったようなことだ。
人間というのは、気分一つで変わる生き物である。
たとえ、毎日お腹いっぱいに飯を食うことができて、身体に異常はなくても、環境によってその活力が違ってくる。
特に作業効率という点において、雲泥の差が出てくるものだ。
特に数が望めない今の状況では、質に頼るしかない。
環境の充実は必須事項であった。
そういう観点から手先が器用なゴブリンに、都市の整備を申しつけたのだが、かなりの効果があったらしい。
ヴァロウたちから遠ざかっていくゴブリンを見ても、彼らを過剰に恐れたり、敵意を剥き出すものはいない。
むしろ、人間の方から積極的にコミュニケーションを図ろうとしているようにも見える。
おそらくそれは、領主代行であったエスカリナの影響も大きい。
彼女が率先して、ゴブリンたちと言葉をかわすことによって、周りにいる人間たちも心を開くようになったのだ。
人類と魔族の融和を1つの目標と捉えるヴァロウにとって、ルロイゼン城塞都市は希有なモデルケースになろうとしていた。
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