第4話 領主の娘
おかげさまで、朝の集計で日間総合255位に入ることができました。
ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。
引き続き頑張るので、応援よろしくお願いします
かくしてヴァロウたちは、ルロイゼン城塞都市を占拠した。
3人の魔族と、200匹のスライムだけでだ。
抵抗はなく、領主を討たれたということから、駐屯兵たちはあっさりと降伏した。
皆、地べたへ座り込み、疲れ切った表情を浮かべる。
抑圧する者がいなくなり、気が抜けたのだろう。
誰も立ち上がり、抗議の声をあげようとしない。
聞こえてくるのは、腹の音だけだった。
さて、ここからが大変である。
いまだ領主の死を知らない民衆への説明。
駐屯兵の処遇。
外敵の対処と、内政の安定化。
食糧事情の把握。
半焼した領主の館を今後どうするか。
列挙すれば切りがない。
ヴァロウは軍事において天才であるが、戦略や戦術を生み出すよりも、一都市を安定的に維持させる方がよっぽど難しいと考えていた。
これから襲ってくる膨大で、些末な雑事のことを思うと、少々頭が痛い。
そんなヴァロウはメトラとザガスを伴って向かったのは、地下牢である。
ヴァロウが助けた衛士長が先頭を歩く。
カンテラの明かりを掲げ、暗く狭い階段を下りた。
房が並ぶフロアに辿り着くと、衛士長は一番奥の独房へと向かう。
ルロイゼン城塞都市領主ドルガンの娘エスカリナを迎えに行くためだ。
「こんなところに領主の娘がいるのかよ」
ザガスは両端の独房を見ながら呟く。
すんすん、と鼻を利かせた。
血の臭いや腐臭が、鼻腔を突く。
「まさか領主は実の娘を監禁していたのですか?」
元姫君であるメトラがやや頬を紅潮させながら尋ねた。
衛士長は頭を振る。
「そうではありません。賊が侵入したのに気づき、ここに身をお隠しになられたのです。ここが一番館の中で頑丈に出来ていますから」
確かに石の壁は透き間なく敷き詰められている。
房の鉄扉も厚く、ちょっとやそっとでぶち破れないだろう。
「それにしても、領主の娘をこんな小汚い場所に閉じ込めるのは、どうかと思いますわ」
メトラは同情的な意見を送る。
対して、少々罰の悪そうな顔を浮かべ、衛士長は言い訳を並べた。
「その……大変言いにくいのですが……。こうでもしないと、飛び出しかねないので」
「なんだそりゃ? お姫様は大猿か何かなのか?」
ザガスは前を行く衛士長をからかう。
どがぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁあんんんん!
いきなり爆発が起こった。
鉄扉が吹っ飛んでくる。
ヴァロウたちに襲いかかった。
「へっ!!」
ザガスが反応する。
前に出ると、飛んできた鉄扉を跳ね返した。
ギン! ゴン! ガン! とけたたましい音を立てると、鉄扉は狭いフロアの中で跳ね返る。
「けほ! けほ!」
咳が聞こえた。
一番最奥の房から煙が上がっており、影が揺らめく。
現れたのは、美しい金髪に灰を被った少女だった。
しかも、着ているのがドレスではない。
軽装だが鎧を着て、腰に細剣を帯びていた。
顔を上げ、緑色の瞳を燃え上がらせる。
その気迫に、ザガスは思わず肩を竦めた。
「前言撤回……。大猿じゃなくて、大獅子だったらしいな」
「あなたたち、魔族ね」
「お前がエスカリナか」
「そうよ。領主ドルガンの娘エスカリナとは、わたしのことよ。地獄まで覚えておくことね、魔族」
すると、エスカリナは飛び出した。
速い。
なかなかの脚力である。
おそらく鍛錬の賜物だろう。
明らかに戦闘訓練を受けている動きだった。
かなりの実力者であることを、ヴァロウはすぐに理解する。
だが、それは人類の中での話であった。
ギィン!
金属を打ち鳴らす音が響く。
ヴァロウはエスカリナの剣を受け止めていた。
「わたしの初撃を……」
「そりゃそうだろ。人間にしちゃあ、まあまあだがな」
何故か得意げに鼻を鳴らしたのは、ザガスだった。
顎の辺りを撫でながら、ニヤニヤと笑っている。
一方、メトラは眉を顰めていた。
やや心配げにヴァロウに声をかける。
「ヴァロウ様……」
「お前たちは手を出さなくていい」
返ってきたのは、冷たい声だった。
ヴァロウは剣と剣を合わせながら、エスカリナに向き直る。
「大人しくしろ」
「お断りよ。ここであんたを斬る」
「領主は死んだ。戦いは決している」
「えっ……」
途端、エスカリナの力が緩んだ。
細剣がその優美な手からこぼれ落ちる。
石畳で跳ねて、やかましい音を立てた。
先ほどまで意気軒昂とし、鼻息を荒くしていたエスカリナの顔が青ざめていく。
大きく瞼を開き、輝いていた緑の瞳が一瞬にして曇っていった。
「うそ……」
「嘘ではない」
ヴァロウは即時に否定する。
エスカリナは助けを求めるようにカンテラを掲げた衛士長を見つめた。
衛士長は黙って首を振る。
エスカリナは崩れ落ちた。
ぺたん、石畳にお尻を付ける。
メトラは少し目を細め、同情的な視線を送った
ザガスは変わらず、ニヤついている。
ヴァロウだけが表情を変えず、傷心のエスカリナを見つめていた。
衛士長がそっと近づく。
肩を抱こうとしたその時、エスカリナの動きが急に速くなった。
落ちていた細剣を拾う。
切っ先を自分の方へ向けた。
「自害を……!」
メトラが慌てて飛び出す。
だが、すぐに切っ先の方向は変わった。
エスカリナは飛び出してきたメトラの腕を掴む。
鮮やか動作で背後に周り込むと、剣の切っ先をメトラの喉元に突きつけた。
「おいおい。まだ諦めてないのかよ」
「動かないで。仲間が死ぬわよ」
「ヴァロウ様……」
「あなたも黙って!」
エスカリナはメトラに刃を押し当てる。
鮮血が1滴、つぅと垂れていった。
ヴァロウはその様子を見て、沈黙している。
何もしないわけではない。
また顎に手を当て、ただ何か考えている様子だった。
「エスカリナ様、もうお止め下さい」
「やめないわ。ここからなんとしてもわたしは逃げ延びる。そしていつかお父様の仇を討つわ」
「勇ましいねぇ。嫌いじゃねぇ」
終始、ザガスは上機嫌だった。
仲間が人質に取られても、カラカラと笑っている。
「さあ、どうする? 道を開けるか? それとも仲間がどうなってもいいの?」
「どうするよ、ヴァロウ。メトラを見捨てるのか?」
「ヴァロウ様、私のことは構いません。この女を……!」
場がいよいよ緊迫する。
カンテラの明かりに照らされ、5人の影が揺れた。
ヴァロウはようやく顎から手を離す。
口を開いた。
「俺を試すのはやめろ、エスカリナ」
「え?」
「なんだ?」
メトラとザガスが呆然とする。
衛士長も首を傾げていた。
すると、エスカリナは剣を引いた。
金髪を掻き上げながら、口を開く。
漏れ出てきたのは、笑声だった。
「ふふふ……。バレちゃったか。あなた、なかなか賢いわね」
「ど、どういうことですか、エスカリナ様」
衛士長がエスカリナの変貌ぶりに慌てる。
エスカリナは鞘に剣を収め、舌を出した。
「ごめんね、衛士長。すべては演技だったのよ」
「演技だと? 一体どこから?」
「初めからだ。魔法で房の扉をぶち破れるぐらいなら、最初からそうしていただろうからな」
ヴァロウは説明する。
エスカリナは「うん」と頷いた。
「その魔族の言う通りよ。衛士長が魔族を連れてくる前から、すべてがわかっていたわ。お父様が亡くなったことも、このルロイゼンが陥落したことも……。というか見てたのよ。あなたたち――魔族の戦いぶりを。あなたたちが衛士長とした話も聞いたわ」
「え? じゃあ、何故このようなことを?」
衛士長はきょとんとする。
「そこのワーオーガ君が言ったでしょ。試したって。あなたが、ここのルロイゼンを治めるに足る相手か試したのよ。もし、あなたが仲間を切り捨て、わたしを斬り伏せるような非道であれば、組み従う価値はなし」
「もし、あんたの要望通りにしていたらどうしたんだ、嬢ちゃん」
「女1人を捕まえられない間抜けなんて、こっちから願い下げよ」
「なるほどねぇ。ちげぇねえ」
痛快とばかりに、ザガスは笑った。
「だけど、あなたはどちらも選択しなかった。わたしの真意を見抜いた。すごいわ、あなた。それも短時間でね。あなた、名前は?」
「こら! 気安くヴァロウ様に話しかけるんじゃありません」
ようやく解放されたメトラが注意する。
主人に試練を課す不埒者。
さらにそのだしにまで使われてしまい、メトラは怒っていた。
「へぇ。あなた、ヴァロウっていうの? わたしが尊敬する軍師と同じ名前だわ」
ヴァロウとメトラは思わず顔を合わせる。
メトラはプッと吹き出した。
ヴァロウは表情に出さず、エスカリナに向き直る。
「わたしの名前はエスカリナ・ボア・ロヴィーニョ。改めてよろしくね、ヴァロウ」
「ああ……。よろしく頼む」
差し出された手をヴァロウは反射的に握る。
すると、エスカリナは両手で握った。
捕まえた――とばかりに……。
そして顔は満面の笑みだった。
「へぇ……。魔族にも握手という習慣があるのね」
「…………」
横でメトラがギョッとする。
ヴァロウはやはり表情に出さない。
ポーカーフェイスのままだった。




