第33話 ヒストリア・クジャリク
『毒の勇者』の前に立ったのは、ヴァロウだった。
その背後の丘では、メトラと竜人族たちが固唾を呑んで見守っている。
ヴァロウはすでに『毒の勇者』のキルゾーンに入っていた。
しかし、彼の表情は変わらない。
まるで表情筋をなくしたかのように、無表情のまま『毒の勇者』の前に立っていた。
「やはりな……」
一言目から『毒の勇者』は反応した。
ずっと引きずり、足裏がずるずるになった素足が止まる。
「『毒の勇者』よ。お前の能力は、『殺意を向けた相手を殺す』というものだな」
「…………」
「お前のことは色々調べた。何せ戦力の質という点で、お前は本当に単騎で1万の軍勢を殺す能力を持っているからな。俺としても、頭の痛い相手だった。だから、調べた。徹底的にな」
「…………」
「お喋りは苦手か。気が合うな。俺もだ。……確かにお前は、兵士としてではなく、兵器としても超一級だ。できれば、俺の手元に置きたいぐらいにな」
苦手と認めながらも、この時のヴァロウはいつになく饒舌に見えた。
それは『毒の勇者』があまりに無口であることも起因している。
さらにヴァロウは喋り続ける。
「お前の能力については、お前の出生と幼年期の出来事を調べれば、すぐにわかった。お前は村を襲ったオークを殺した」
「やめろ……」
この時、初めて『毒の勇者』は明確に反応する。
しかし、ヴァロウはお喋りをやめない。
「そして、お前の能力は、お前の能力に恐怖し、同時に殺意を抱いた村人やお前の母親にまで向けられた。つまり、あの村を全滅させたのは、魔族ではなくお前自身だよ、ヒストリア・クジャリク」
「うるさい!!」
『毒の勇者』は激昂する。
頭の皮膚がこそげ落ちるほど掻きむしった。
血を垂らしながら、鬼の形相でヴァロウを睨む。
濃厚な殺意が、周囲の空気に混じり広がっていった。
「図星、か……」
「殺す! お前は絶対に殺してやる」
「兵器が喚くな。……俺を殺したところで、過去は変えられない」
「殺す! 殺すコロス殺ス殺す殺すころす殺す殺すコロス殺すころス殺す殺す!! 殺してやるぅぅぅうぅうううぅぅぅぅうぅぅ!!」
『毒の勇者』は足を引きずりながら、ヴァロウに襲いかかる。
皮肉にも、その時の『毒の勇者』はもっとも人間らしい表情をしていた。
「ふん。所詮は人間だったか」
ヴァロウは鼻で笑った。
ドスッ!!
鈍い音が荒野に響く。
「――――ッ!!」
『毒の勇者』は大きく瞼を開く。
その腹から槍の先が飛び出ていた。
どす黒い血が流れ、『毒の勇者』の足下が真っ赤に染まっている。
「なにぃ……」
『毒の勇者』はゆっくりと振り返る。
その視線が槍の柄の先を辿っていく。
槍を握っていたのは、人類軍の兵士だった。
ただし、その顔は青白く生気がない。
「アンデッド……」
呟き、ついに『毒の勇者』が崩れ落ちる。
荒い息を吐き出すと同時に、血を吐いた。
「いつの間に、アンデッドを精製したのだ」
「時間ならいくらでもあったさ。お前と長話をしている間にな」
ヴァロウは小さな杖を掲げた。
宝具【死霊を喚ぶ杖】。
第五師団が運ぶ前に、ヴァロウは宝物庫にあったこの宝具をくすねておいたのである。
ヴァロウは喉の辺りをさする。
作戦とは言え、珍しく饒舌に喋ったおかげで、少し喉が痛かった。
やがて、哀れ無残となった姿の『毒の勇者』に対し、ヴァロウは冷たい視線を投げかける。
「やはりお前の能力は生者に対しては有効だが、死者に対しては無力のようだな。正確を記すならば、心のない死者には通用しなかった。そういうことだろ? つまり、お前の天敵は精神的に未熟な下級アンデッドということだ」
ヴァロウはそれに気付いたのは、第三師団が『毒の勇者』と戦った記録を見た時である。
当時の第三師団師団長の魔法によって、『毒の勇者』は苦戦を強いられたと戦後報告書に書かれていたのだが、事実は違う。
単に下級アンデッドに対して、『毒の勇者』の力が通じなかったのだ。
現に、上級アンデッドである師団長は、毒の力の前に敗れ去っている。
こうした事実を突きつけられても、『毒の勇者』の敵意は変わらない。
地面に伏しながら、ヴァロウの方を睨んでいた。
「な、何故だ……」
「ん?」
「何故、お前は死なない……? 対毒効果薬もなしに……」
「アンチ・ミスト? ああ、お前が戦場で振りまいていた粉のことか。やはり、あれはお前の毒の効果を、人間に限定して打ち消すための薬だったのだな」
魔族たちは、『毒の勇者』が撒布する霧こそ毒の力だと思っていた。
だが、それは全くの逆であり、『毒の勇者』の力を人体に対し抑えるものだったのだ。
ヴァロウは戦場でアンチ・ミストを採取し、分析することによって、その効果を見抜いていた。
「人類側も、お前の弱点が下級アンデッドだと気付いていたのだろう。だから、戦場に単騎で投入するのではなく、サポートする部隊を作った。そのためにアンチ・ミストがどうしても必要だったのだ」
「そんなことまで……」
意外そうな表情を、『毒の勇者』は向ける。
だが、ヴァロウは肩を竦めた。
「言っただろう。お前のことは徹底的に調べた、と……」
「では、お前は何故……? 何故、私を前にして生きているのだ?」
「ん? 簡単だ。俺はお前に殺意を向けていないからだ」
すると、ヴァロウはそっと『毒の勇者』を抱きかかえた。
「『毒の勇者』、お前は強い……」
「――――ッ!」
思いも寄らない言葉だったのだろう。
『毒の勇者』は大きく目を見開く。
「俺は強い者とは戦わない。だから、俺はお前とは戦わない。戦う気もないなら、殺意など浮かびようがないのは、道理だろう?」
「ば、馬鹿な……。殺意のない人間など……」
「俺は魔族だからな」
ヴァロウはさも当たり前のように答えた。
それはたとえ魔族であっても異常である。
だが、厳然たる事実だった。
こうしてヴァロウは、『毒の勇者』を抱いているのだから。
『毒の勇者』の目が揺れている。
ヴァロウを見て、恐れているようだった。
そう。
当代最強の勇者が、たった1人の人鬼に恐怖していた。
やがてヴァロウに向かって言葉を浴びせる。
「化け物め……」
「魔族にはそれは褒め言葉だ」
一瞬、ヴァロウが笑ったような気がした。
すると、『毒の勇者』の口元も緩む。
ヴァロウはそんな彼女を寝かしつけるように囁いた。
「さあ……。もう眠れ、ヒストリア・クジャリク。お前は、よくやった。お前は多くの人間を殺したかもしれないが、その数十倍の人間を救ったのだ。それを誇りとし、眠るがいい」
猛犬のように怒りを露わにした『毒の勇者』の表情が和らいでいく。
次第に、その顔は無垢な少女のものとなった。
魔族に抱かれつつ、天を仰ぎ見ながら、そっと『毒の勇者』は意外な言葉を呟いた。
「ありがとう……」
一筋の涙がこぼれ落ちる。
兵器の最後の表情は、満面の笑みだった。
『毒の勇者』ヒストリア・クジャリクは息を引き取る。
19歳という短い生涯を終えた。
撤退戦もう少し続きます!
面白い! 更新マダー!
と思っていただけたら、
是非ブックマーク、最新話下欄にある評価の方をお願いします。
とっても励みになります。
よろしくお願いしますm(_ _)m




