第27話 敗走
“お前、人類軍に来るつもりはないか?”
「な、なんだと!!」
ドラゴランは叫んだ。
メトラが何を言っているのか、ドラゴランはすぐには理解できなかった。
だが、彼はゴドラムよりも多少賢い。
すぐに、ゴドラムが人類側に寝返ったのではないかと考え始めた。
当然、信じることができない。
あのゴドラムが――である。
確かに『毒の勇者』が猛威を奮い始めてからというものの、離反者が増えていることも事実だ。
『毒の勇者』は強い。
魔族の心を折るほどに……。
だとしても、魔王の副官であるゴドラムが、人類になびくとは思えなかった。
ドラゴランはさらにメトラに迫る。
だが、彼女はそれ以上は知らないと首を振るだけだった。
最後には、さめざめと涙を流し始める。
すると、ドラゴランの視線は、口を塞いだヴァロウに注がれた。
ようやく爪を立てた手を離す。
ヴァロウは首筋に少し手を当てながら、居住まいを正した。
「話してくれるのだろうな」
「仕方ありますまい」
「メトラの話は誠か?」
「……はい」
「いつ言われた?」
「昨日、廊下で……」
「廊下? 待て……。では、あの諍いは?」
「ゴドラム様を止めるため、仕方なく……」
「な――ッ! で、では本当に――」
「はい。この耳で確かに聞きました。『お前、人類軍に来るつもりはないか?』と」
「戯れ言を申すな!」
「俺も戯れ言と信じたい。だから、確かめに行くのです」
「お主こそ逃げ出したいがために、適当なことを――――」
「だとしたら、とっくに逃げています!」
ヴァロウは珍しく声を荒らげた。
ドラゴランは動じない。
さすがである。
師団長補佐クラスが吠えたところで、全く無表情だった。
ただ一言――。
「確かにな」
ヴァロウの怒りを受け流すように同意した。
すると、ヴァロウは火がついたように喋り始める。
「ですが、仮にゴドラム様が人類軍と通じているのであれば、一連の行動に説明が付きます」
「む?」
「4師団で勇者に対抗するはずだったのに、何故自分の師団だけを率いて出ていったのか……」
「ヤツが功を焦っただけであろう」
「徹底抗戦を訴えたのも、この場に魔王様を止めておくためかもしれません」
「ヤツの性格上――もうよい! そもそもゴドラムに策を弄することなど」
「ゴドラム様にできなくても、人類にはできます。彼らは狡猾です。ヤツらの卑怯な策によって、どれほどの魔族が亡くなったか。ドラゴラン様も知らないわけではないでしょう。ルロイゼンを取られた時、仲間の裏切りに遭い、人類軍をルロイゼンに入れてしまったことをお忘れですか?」
「あれは――」
ドラゴランは反論しようとする。
だが、ヴァロウの口は止まらない。
拳ではなく、言葉の連打をドラゴランに浴びせた。
「何より俺は聞いてしまった。いや、俺に拒否されたからこそ、ゴドラム様――ゴドラムはこの城から出ていったのです」
「ゴドラムと、わしは長い付き合いだ。だが、ヤツが裏切るとは……」
「俺もそう思います。しかし、ゴドラムは忠義に厚い一方で、同時に強い功名心を持っていました。魔王様の首と引き替えに、次の魔王として土地を保証する。人類なら、そう条件を出してきてもおかしくはありません」
「ぬっ……。確かにそこまで言われれば、ヤツなら――」
ドラゴランの首が折れる。
ここに来てようやくトーンダウンした。
しかし、軍師は手を緩めない。
さらに追撃の言葉を食らわせる。
「もう1度言います。人類は狡猾です。……すでに、ゴドラムが率いる第六師団は『毒の勇者』と合流し、この城を人類と一緒に攻め滅ぼすつもりかもしれません。いくら第一、第二、第五師団が残っているとはいえ、数の上では不利です。何よりも『毒の勇者』がいる。どうかドラゴラン様……。もう1度、俺が策定した撤退作戦をご考慮いただけないでしょうか?」
ドラゴランは即答しなかった。
ただ腕を組み、じっと窓の外を見つめる。
遠くにいるゴドラムと会話するように、頭の中で考えを巡らせた。
やがて、重しくその大きな顎門を開いた。
「わかった。お主の撤退作戦をもう1度、御前会議で討議しよう」
「ありがとうございます」
ヴァロウは頭を下げる。
しかし、その口角は笑っていた。
1時間後――。
御前会議にて、ヴァロウが策定した撤退作戦が了承された。
◆◇◆◇◆
ドラゴランがヴァロウの私室から出ていく。
遠ざかっていく足音を聞きながら、メトラはホッと胸を撫で下ろした。
気持ちを落ち着けようと、カップに紅茶を注ぐ。
すっかり紅茶は冷めてしまっていたが、カラカラになった喉にはちょうど良かった。
「肝を冷やしましたよ、ヴァロウ様」
紅茶を飲み干し、メトラは肩の力を抜いて脱力した。
今も取っ手を握る指が震えている。
それほど、怒り狂ったドラゴランは恐ろしかった。
メトラは紅茶を入れ直す。
ヴァロウは冷めた紅茶が珈琲の次ぐらいに嫌いだ。
しばらくして、ヴァロウの前に適温の紅茶が用意された。
「そうか。その割には、迫真の演技だったぞ、メトラ。涙まで流して……。女の涙が怖いというのは、どうやら迷信ではなかったらしい」
「あれは、本当に泣いていたんです。もし、ヴァロウ様に何かあったら、私……」
すると、メトラはまた涙を流し始めた。
白い頬に向かって垂れそうになった涙滴を、ヴァロウは指で掬う。
ペロリと涙を舐め取ると、メトラの頭を撫でた。
「すまない、メトラ。だが、おかげで助かった」
「そう言っていただけて何よりです。ともかく、これで撤退作戦は了承されるでしょう。おめでとうございます」
「まだ喜べないがな。撤退作戦は、俺の野望のほんの1歩に過ぎない」
「心得ております」
「忙しくなるぞ。まずは仕掛けを施さなければ……」
勇者、そしてゴドラムを葬るための仕掛けをな。
◆◇◆◇◆
一方、その頃――。
1人魔王城を飛び出していったゴドラムは立ちすくんでいた。
彼の周りにあったのは、人鬼族の死体だ。
累々と積み上がり、戦場を埋め尽くしている。
15000以上いた兵数が、今やたった500名ほどしかいない。
それもこれも――。
「化け物か……」
ゴドラムは呻いた。
視線の先にいたのは、線の細い女である。
甲冑を纏い、手には純魔法鉱石製の剣が握られていた。
腰まで伸びた赤紫色の髪を揺らし、ゆっくりとゴドラムの方へ近づいてくる。
『毒の勇者』――その名をヒストリア・クジャリクという。
当代において、最強の勇者が第六師団に牙を剥いている最中だった。
「まさか――。これほどとは……」
ゴドラムはおののいていた。
勇猛さに関しては右に出るものはいないというほどの猛将が、たった1人の人間を前にして、立ちすくんでいる。
強いとは聞いていた。
2人の副官を討ち取った結果から見ても、明らかだろう。
それでも、自分なら何とかなる……。
自分の第六師団であれば、『毒の勇者』を倒せる――そう思っていた。
だから、他の第一、第二、第五師団に先んじて戦場にやってきたのだ。
功績を上げ、他の副官よりもさらに高みを目指すために……。
だが、予想した結果とは逆のことが起きていた。
第六師団は壊滅しようとしていた。
しかも、兵士たちは勇者と斬り合ってもいなかった。
ただ何か霧のようなものが『毒の勇者』から散布されると、突然兵がバタバタと倒れはじめ、そして死んでいったのである。
「これが『毒の勇者』の力だというのか」
ゴドラムは戦場を見渡した後、勇者に向き直る。
山猫のような瞳をカッと開け、『毒の勇者』はゴドラムを睨んでいた。
殺気というよりは、まるで己が殺した者たちの怨嗟を纏いながら、魔族陣営の方へ向かってくる。
その雰囲気だけで、勇猛果敢な魔族たちを黙らせていた。
「何をしておる!! かかれ! ヤツの首を獲るのだ!!」
ゴドラムは生き残った兵に叱咤する。
だが、誰も動こうとはしなかった。
全身が震え、立っているのもやっという者がほとんどである。
これほど、魔族に死の恐怖を与えたものは少ない。
恐怖とは未知の恐れである。
大概の例において、常軌を逸しているのは魔族の方だった。
しかし、今回ばかりは違う。
鋼すら通らぬ強靱な身体を持ち、毒すら効かぬ人鬼族の兵士たちが、その未知に恐怖していた。
「くそ! 行かんか!! ほら! 行け!」
ゴドラムは側にいた兵士の背中を突き飛ばす。
ポンッと兵士は前に飛んだ。
すると、いきなり呻き出し、地面の上で転がる。
やがて白目を剥いて、息を引き取った。
「なに! こんなところまで毒が……」
ゴドラムは鼻を摘む。
戦場で1歩も退いたことがないのを自慢にしているゴドラムは、あっさりと身を引き始めた。
それが兵士たちには撤退の合図だと思われたのだろう。
我先と逃げ始めた。
「貴様ら! 何を逃げておる!!」
叱りつけるもののゴドラムも、気持ちは同じだった。
逃げられるものなら逃げ出したい。
だが、ここで逃げ出せば、いい笑いものだ。
部下にのされ、その汚名を雪ぐため、御前会議で決めたことを破った。
突っ走った挙げ句、逃げ帰る。
そんな恥辱に耐えられるほど、ゴドラムの精神は強固ではなかった。
(かくなる上は……)
ゴドラムはこん棒を掲げる。
いよいよ自ら『毒の勇者』と対峙しようと決めた。
ふとその勇者と目が合う。
ライトブラウンの瞳に禍々しい殺意が満ちていた。
「ひっ!」
ゴドラムから悲鳴が漏れる。
それは長い生涯に置いて初めてだった。
瞬間的に悟ったのだ。
殺される、と……。
「て――――」
撤退! と声を張り上げようとしたその時だった。
「ご、ゴドラム様!!」
部下の悲鳴のような叫びが背後から聞こえる。
振り返ると、背にしていた小高い丘の上から煙のようなものがたなびいていた。
気になったのは方角である。
魔王城ラングズロスがある方向だった。
「まさか魔王城に何かあったのか……」
考えにくいことだ。
だが、卑怯な人間が考えることである。
別働隊がラングズロス城を強襲しているかもしれない。
煙を見ながら、ゴドラムは魔王城にいる多くの魔族、同僚、そして魔王の安否よりも先に、1つのことを考えた。
(チャンスだ……)
魔王城の異変を理由に撤退すれば、一応の体裁は取ることができる。
「総員! 魔王城に戻るぞ!! 魔王様をお救いするのだ!!」
指示を出す。
兵たちは急な命令変更に驚いたというよりも、安堵していた。
ゴドラムは勇者に背中を向ける。
巨体を揺らし、転進――いや、敗走するのだった。
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