第3話 小さな勝ち名乗り
4人の兵士が皆、そうであった。
頬はこけ、手は枯れ木のように細い。
よくそんな身体で、槍を振るっていたものだとヴァロウは思った。
その槍も手入れがされていない。
防具も皮紐の部分が、半分切れたまま使用している衛士もいる。
徴税は駐屯兵とて例外ではない。
国によっては、法律上の関係で駐屯地と母国の2重徴税を課せられることもある。
そうなれば、言うまでもなく悲惨な状況になる。
「解放だと……」
衛士長らしき男が唸る。
突然現れ、解放を宣言した奇妙な魔族を見つめた。
一方でヴァロウは表情を崩さない。
スライムにまみれた衛士に、目を落としていた。
「お前は魔族だろう」
「ああ……」
「何故、解放などという言葉を使う?」
「お前たちが虐げられているから。それだけだ」
「――――ッ!」
「今すぐ信じてもらおうとは思わない。俺たちがここを解放し、その政策を評価してくれればいい。自ずと俺を信じることができるはずだ」
「政策……? それは――」
「人類と魔族の融和だ」
「馬鹿な! そんなことが!!」
「可能だ。相反する2つの種族が組めば、今以上に人類と魔族は発展することができる」
魔族には魔族なりの利を。
人類には人類なりの利を。
その双方の利得を融和させ、恒久平和を実現する。
それがヴァロウの目的。
導き出した合理性。
そして彼と、それに賛同したメトラが殺された理由であった。
「少なくともこの広い世界を単一の種族が収めるなど不可能だ。今の状況が、それを物語っている。違うか?」
「…………」
衛士長は躊躇いながらも頷く。
他の兵士たちも、スライムから脱出することをやめ、ヴァロウの話に耳を傾けていた。
何か神を見たような目をし、大きく瞼を広げている。
「わかった」
ようやく衛士長は口を開く。
「訊くが、領主様をどうするつもりだ?」
「斬る」
ヴァロウは躊躇うことなく即答した。
衛士長は「あっ」と口を開けた後、項垂れる。
致し方なし、という表情だった。
ヴァロウは言葉を続けた。
「領主は己の宝である民を虐げた。人を活かし、人を育てるのが、領主の役目だ。しかし、あろうことか欲にまみれ、私腹を肥やし、統治を怠った。そのツケが今この状況だ。人を育てないからこそ、我ら魔族の侵入を許した。その罪はあがなってもらう」
「……わかった。領主様の部屋を教えよう。ただ1つ条件がある」
「なんだ?」
「領主様の娘エスカリナ様だけは斬らないでもらいたい。エスカリナ様は領主様と違って、優しいお方だ。我ら民とも分け隔てなく接して下さった。我らの希望なのだ」
ヴァロウは少し考える。
答えは「是」だ。
エスカリナを殺すつもりはない。
ヴァロウの目的は、あくまで領主の首である。
ただ黙考したのは、もしかしたらエスカリナがこの城塞都市を治める上で、使えるかもしれない――と考えたからだ。
いくらヴァロウが天才でも、魔族に代わりはない。
民の理解を求めるのには時間がかかるだろう。
しかし、その橋渡しをしてくれる人物がいれば……。
その時間を短縮することができる。
ヴァロウはようやく触っていた顎から手を離した。
「約束しよう」
「ありがたい。では、領主様がいる場所は――」
その答えの前に、ヴァロウは動いた。
兵士たちを守るように前に立つ。
瞬間、何かが高速で飛来した。
ドンッ!!
爆炎と爆音が同時に広がる。
たちまち領主の館は紅蓮に染まった。
さらに激しい風が、より一層渦を巻き、たちまち館を包む。
「ぐあっはっはっはははははははは!!」
炎が揺れる領主の館に轟いたのは、不気味な哄笑だった。
館の奥から現れたのは、牛蛙のように太った男である。
長衣をだらしなく纏い、髪も整っていない。
慌てたというよりは、おそらく起きたばかりなのだろう。
しかし、眩いほどの宝石や金の腕輪や首輪を下げている。
それを買う金がどこから出たのかは、考えるまでもなかった。
彼こそがルロイゼン城塞都市を任された領主。
ドルガン・ボア・ロヴィーニョである。
「ふん。魔族にほだされおって」
「お前が領主ドルガンか……」
冷水に浸けたナイフのように冷ややかな言葉が響く。
爆煙を払い、現れたのは人鬼――ヴァロウだ。
その後ろには、スライムの拘束から外れた兵士たちが、身を寄せ合いながら領主の方を見つめていた。
「馬鹿な! Bランクの炎属性魔法だぞ!」
「ああ。そう言えば、お前はここの領主になる前、魔法部隊の大隊長だったな」
ドルガンは以前、ヴァロウが指揮する軍の中にいた。
魔法の素質は高く、知識もそれなりだった。
それが買われ、部隊の指揮官に任命される。
だが、ドルガンは魔導士としては優秀であっても、指揮官として致命的に頭が悪かった。
その癖、王家や公爵といった身分に取り入るのがうまい。
以前、誤って近隣の村を焼いた際には、そういったパイプを駆使し、もみ消したという例もある。
まさか15年後……。
一兵卒だった男が貴族となり、ルロイゼンの領主になっているとは、さしもの天才軍師ヴァロウも予測できなかった。
「ほう……。私のことを知っているのか」
「…………」
「まあ、いい。ここまで来たのは褒めてやろう、魔族。だが、ここまでだ。老いたとはいえ、私は元魔法部隊大隊長だ。ワーオーガごときに引けは取らん」
再びドルガンは魔力を練る。
ヴァロウは冷たい瞳を向けた。
「いいのか。後ろにお前の兵がいるぞ」
「ふん。私を裏切った兵など、もはや兵とはいわん。魔族と一緒に爆ぜろ」
ドルガンに迷いはない。
ヴァロウは首を振った。
「やれやれ……」
その時だった。
気配が近づいてくる。
現れたのは、メトラとザガスだった。
「おいおい。派手にやってるじゃねぇか」
「ヴァロウ様!」
ザガスが燃えさかる炎を見ながらニヤリと笑えば、メトラは心配そうにヴァロウの方を見つめる。
「手伝うか、ヴァロウ」
「必要ない。俺1人で十分だ。それに――――」
こいつはもう俺の手の平の上にいる……。
ザガスの言葉を一蹴し、ヴァロウはドルガンと対峙する。
その領主は「ぐふふふ」と気味の悪い笑みを浮かべた。
「威勢がいいな、魔族。それにしても、お前。ヴァロウという名前なのか。忌々しい名前だ。あのいけ好かない小僧のことを思い出させてくれる」
「最強の軍師ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルのことか」
「ほう。よく知っておるな。馬鹿なヤツだ。ちょっと戦果を上げたからと調子に乗りおって……。上級貴族様に逆らうから抹殺されるのだ」
「ほう……。お前こそよく知っているようだな」
「詳しいことは知らんよ。本国ではそのヴァロウが姫を殺した、ということになっているが、果たしてどうだろうかな。上級貴族様たちは、我ら領主とて会うことは叶わぬ。王とて手の平で転がせることができる。もはや殿上人よ」
「そうか……。ならば、復讐しようがあるというものだな」
「なにぃ……」
「ならば知っているか? 何故、その軍師は“最強”といわれていたのか」
「ふん。あまり褒めたくないが、頭の切れる男だったな。自分が立てた作戦において、負けたことがなかったとか」
「ならば、“常勝”あるいは“不敗”と綽名が付くはずだ。そもそも最強とは、個人や群体を指す言葉として、よく使われる。だから、最強の“軍師”というのは、その知謀を讃える上ではおかしい表現なのだ」
「何を言って……。ええい! もういい! どうせお前は、ここで死ぬのだ」
ドルガンは手を掲げる。
魔力を練ると、赤い炎が宿った。
「地獄で待っているがいい! すぐに上級貴族どもをそちらに送ってやる!!」
死ね!
先ほどよりも上級――Aランクの炎属性魔法が放たれる。
だが――。
「遅いな……」
ヴァロウは手を掲げた。
ドルガンよりは早く魔力を練り、さらに魔法を構築する。
敵の魔法発生よりも早く、ヴァロウは魔法を起動していた。
【神々の炎】!
Sランクの魔法が解き放たれた。
「あっ――――」
短い言葉を残し、ドルガンは炎に飲み込まれた。
自分が放った魔法を軽くいなされると、白光の中に消えていく。
一瞬にして、肌を焼き、内臓を蒸発させ、脳髄をかき消し、声すら奪った。
炎が晴れた時、ドルガンという領主は消滅していた。
残っていたのは、醜い影の跡だった。
ちょうどその時、騒ぎを聞きつけた駐屯兵たちが、屋敷になだれ込んでくる。
皆汗でびしょ濡れになりながら、青い顔をしていた。
ヴァロウはゆっくりと振り返る。
まるでその力を誇示するように、鋭い瞳を嵐の中で放った。
「領主は討ち取った!」
高らかに宣言する。
牙を剥きだし笑ったのは、ザガスだった。
「勝ち鬨をあげろ!!」
うぉおおおおおおおおおおお!!
ザガスは吠える。
スライムたちも「ピキィッ!」と声を上げた。
メトラもまた懸命に声を張り、ヴァロウに賛辞を送る。
あまりに迫力の欠けた勝ち鬨ではあったが、駐屯兵たちはただ呆然とその様子を見ていることしかできなかった。
それは小さな勝利であった。
だが、このルロイゼン城塞都市が、後に人類と魔族の関係性を変えていくとは、この時誰も予測していなかった。
最強の軍師ヴァロウ以外は……。
ルロイゼン城塞都市、占領完了です。
こんな感じで更新を続けて参ります。
面白かった! 続きマダー? 毎秒投稿しろ!
という方、是非ブクマ・評価お願いします。
モチベーション維持になります。
よろしくお願いします。