第20話 魔王城ドライゼル
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魔王城ドライゼルは大陸の端にある古城である。
その歴史は前魔王城ラングズロスよりも遥かに長く、先々代の魔王の居城でもあった。
古い故にあちこちが傷んでおり、一見廃墟である。
しかし、そこかしこに最新式の罠や結界が張られており、生半可攻撃力ではビクともしない堅城となっていた。
考案をしたのは、ヴァロウである。
軍師時代の知識を思う存分振るい、攻めるに難しく、守るに易い難攻不落の堅城へと改築した。
人間だった時に、「予算がない」という一言だけで突っぱねられた案も採用されている。
そもそも魔族に金銭感覚はない。
むしろ貨幣という概念すら存在しない。
あるのは、強い向上心と、強固な服従心である。
故に彼らは強くなりたいと思う反面、自分よりも強いものには従順だ。
だから「魔王様のため」とあれば、身を粉にして働く。
それが今のドライゼル城になった経緯である。
己が改築した城に、数週間ぶりにヴァロウは帰還する。
特別な感慨はない。
彼にしてみれば、当たり前のことをしたに過ぎないからだ。
むしろ折角、改築した城を壊したり、勝手に魔改造していないか、少し心配だった。
重々しい音を立てて、城門が開く。
「第六師団師団長ヴァロウ様、凱旋!」
と門兵が高らかに奏上する。
だが、人類のように万人が沿道を埋め尽くし、祝福と拍手、花吹雪を浴びせたりすることはない。
ただ魔王城はしんと静まり返っていた。
幅の広い廊下が、ずっと奥へと続いている。
ヴァロウはメトラとザガスを伴い歩き出した。
最初、ヴァロウは2人のどちらかをルロイゼンに置いておくつもりだった。
しかし、メトラは固辞。
ヴァロウについていきたいと嘆願した。
ザガスに至っては、1人置いておくと不安だったので、ヴァロウはすぐに選択肢から外している。
今、ルロイゼンに残っているのは、200匹弱のスライムと50匹のゴブリン、そして1000匹以上にも膨らんだアンデッドたちだけだった。
数は多いが、指揮官となるものは不在。
エスカリナたちに任せるしかなかった。
「ルロイゼンは大丈夫でしょうか?」
心配そうに呟いたのは、メトラである。
「エスカリナに任せておけば大丈夫だろう。人間相手ならうまく立ち回るはずだ」
逆にエスカリナで対応できないような軍事的なことであれば、ヴァロウとて対処は難しい。
兵力こそ増えたが、まだまだ雑兵のレベルだ。
そしてルロイゼンの【雷帝】も使えない。
仮に5000の兵がルロイゼンを襲えば、一溜まりもないだろう。
その場合、ヴァロウたち3人がいても結果は同じになる。
だから、いてもいなくても一緒なのだ。
しかし、今人類軍に5000の兵を送れる兵力はない。
大要塞同盟は今頃、ヴァロウの仕掛けた暴動の対処に追われている。
一方で、人類主力は遥か最前線だ。
心配する必要は皆無だった。
さりとて時間が無限にあるわけではない。
魔王城に戻ってきたのも、その5000の兵に負けないための援軍を調達するためだった。
廊下の奥へと歩み進んでいると、向こうから慌ただしい足音が聞こえてくる。
ヴァロウよりも二回り、いや三回りも大きい影が近づいてきた。
そのシルエットを見た時、ヴァロウはさっとザガスの後ろに隠れた。
「お、おい、ヴァロウ。お前、何をしてるんだ?」
「なんとなくだ」
「おお! ヴァロウぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
狼の遠吠えかと思えるような叫声が、魔王城の廊下に響き渡る。
ヴァロウ――ではなく、ザガスに飛び込んできたのは、大きな竜人――リザード族だった。
「ぎゃあああああああ!!」
さしものザガスも、岩のように降ってきたリザード族に驚く。
回避しようとしたが遅い。
ザガスは無理矢理引き込まれると、骨が軋むぐらいきつい抱擁を受けた。
「よくぞ戻ってきた、ヴァロウ」
「ちょ…………。おま…………」
「しばらく見ないうちに大きくなりおって。このドラゴラン、嬉しいぞ! うぉぉおおおおおおんんんん!!」
ドラゴラン――つまりは第一師団師団長は、ついには泣き出す始末だ。
一方、丸太のように太い腕に、硬い鱗に挟まれたザガスは、悲鳴すらあげられず、白目を剥いて死にかけていた。
「ドラゴラン様、どうかそれぐらいでお願いします」
ヴァロウはザガスの横から現れる。
ぬぬっと目を剥いたのは、ドラゴランであった。
金色の瞳をパチパチと動かす。
「ぬ? ヴァロウの小さい頃にそっくりなヤツがおる」
どうやら混乱しているらしい。
ヴァロウとザガスを行ったり来たりしながら、長い首を動かす。
ヴァロウは小さく息を吐いた。
「それは俺の部下ですよ」
「ぬぬ! あ! よく見れば、ザガスではないか! なんで、お前となんかと抱き合わなければならんのだ」
ポイッとゴミのようにドラゴランはザガスを捨てた。
すでに意識を失い、魂の出かかったザガスは、冷たい床に倒れる。
しょうがない、という感じで、メトラが回復魔法をザガスに送った。
一方、ドラゴランは大きく手を広げる。
「では、改めて――」
と抱き合おうとする。
しかし、ヴァロウはそっと手を差し出した。
魔族の間では使わないが、握手を求められていることに、ドラゴランは気付く。
すると、ギュッとヴァロウの手を握った。
ヴァロウの顔が少々歪む。
だが、地獄の抱擁よりは百倍増しだろう。
ドラゴランは少々物足りないという顔をしたが、特に不平をいうこともなく、むしろ労をねぎらった。
「ご苦労だった、ヴァロウ。手紙に書いたが、あえて言わせてほしい。ルロイゼン攻略、よくぞ成し遂げた。お前の後見人として、鼻が高いぞ」
「ありがとうございます、ドラゴラン様」
ヴァロウは恭しく頭を下げる。
ドラゴランは同じ魔王の副官ではあるが、実力者だ。
軍事・政治両方において、強い発言権を持っている。
彼の上には、魔王ぐらいしかいないだろう。
「メトラもご苦労だったな。よくヴァロウに仕えた。さあ――」
ドラゴランは腕を広げる。
抱擁する体勢を作ったが、メトラが飛び込んでいくことはなかった。
ヴァロウと同じく握手を求める。
「あ、ありがとうございます、ドラゴラン様」
顔をしかめながら、メトラは労いに感謝した。
「ドラゴラン! てめぇ、何をしやがるんだ!!」
声を荒らげたのは、復活したザガスだった。
顔を真っ赤にし、一瞬で落とされた恨みをぶつける。
「相変わらずお主は元気が良いのぅ。そんなにわしの抱擁が恋しいのか?」
ドラゴランはまた腕を広げた。
さあ、来い! とばかりにポーズを取る。
怒髪天を衝かんばかりに怒っていたザガスの表情が、急に青くなった。
ファイティングポーズを解き、「もういい」とばかりに明後日の方向を向いて、無視する。
「なんじゃ、連れないのぅ」
「部下の失礼な言動をお詫び申し上げます、ドラゴラン様」
「よいよい。ザガスはあれぐらいで良いのだ。それよりも、あやつがお前を困らせておらんか。毎日心配じゃわい」
「問題ありません。ザガスはうまく機能していると思います」
「そうか。お主がそういうなら、そうなのじゃろう。さあ、魔王様がお待ちだ。ついてくるが良い」
いくら副官といえども、魔王に度々会えるわけではない。
だが、ヴァロウは特別だ。
1つはドラゴランが後見人でいること。
2つ目は、ヴァロウが魔王に信頼されているからである。
「戻ったのか、ヴァロウ」
若い男のような声が、廊下の奥から聞こえてくる。
現れたのは、大きな口と牙。
鋭い紅蓮の瞳を光らせ、全身を白銀の毛で覆った魔狼族だった。
「ベガラスクか……」
第四師団師団長。
ヴァロウや先導するドラゴランと同じく、魔王の副官の1人である。
6人の副官の中では、ヴァロウの次に若く、その分血の気が多い。
頭も悪く、師団長といってもただ突撃を繰り返すしか脳のない猛将だ。
だが、その実力は師団長になれただけあって、強い。
突然変異によって勇者のような特別な力を持った人間が生まれるように、魔族にもそのケースは当てはまる。
その1人がベガラスクで、若くして魔狼族の頂点に立ち、一族をまとめてあげていた。
その功績は魔王も認めるところだ。
「ルロイゼンを落としたそうだな」
ベガラスクはヴァロウの方に近づいていくる。
ヴァロウよりも頭一つ大きなベガラスクは、ふんとヴァロウに向かって鼻息を浴びせた。
「地方の都市を落としたぐらいで調子に乗るなよ、ヴァロウ。俺は先日、ムカベスク要塞を落とした。その功績が認められ、魔王様に褒賞をもらいに行くところだ」
「そうか」
ヴァロウは淡々とベガラスクに応じた。
ムカベスク要塞はここドライゼルの北にある要衝である。
ドライゼルから人類軍の勢力圏に進むためには、3つの街道しかない。
その1つを抑えているのが、ムカベスク要塞だった。
ここを落としたのは、確かに大きい。
「ムカベスクを落とした戦略的意義は大きい。なのに、お前は弱小都市を落としただけ。明らかにオレの勝ちだ」
にやり、と牙を剥きだし笑った。
いつから勝負事になったのだろうか。
ヴァロウには理解できない勝利だった。
まだまだベガラスクは子どもだということだろう。
「ベガラスク、あまり調子に乗るでないぞ」
たしなめたのは、ドラゴランだった。
「ムカベスクを落とせたのは、魔王様が立てた作戦が良かったからだ。その作戦に忠実に従い、要塞を落としたのはお前の力だが、そのことを忘れるでない」
「わかっておりますよ、ドラゴラン殿」
年長のドラゴランすら嘲るように、ベガラスクは応じた。
完全に調子に乗っている様子である。
だが、そこにドラゴランは水を浴びせるように付け加えた。
「それに魔王様が立てた作戦は、ここにいるヴァロウが提案した指針によって生み出されたものだ。お前は間接的にだが、ヴァロウの力を借りて、要塞を落としたに過ぎない。努々それを忘れるでないぞ」
「な! ヴァロウが提案した…………。チッ――――!」
舌打ちすると、ベガラスクは踵を返し、廊下の奥へと消えていった。
「すまんな、ヴァロウ。あやつは面白くないのだ。自分よりも年下の魔族が、副官をやっていることにな」
「別に気にしていません。しかし、俺が立てた行動指針は役に立ったようですね」
「ああ。お前がここを発ってから心配していたが、ヴァロウが残してくれた行動指針通りにしたら、徐々に勝ち数が増えてきたのだ。まあ、大勝も減ったがな」
「あれは負けない勝ち方をするための指針ですから」
「徐々にお前の力を認めている魔族もおる。励めよ。いつかきっとお前は、真の副官として認められることだろう」
ドラゴランはヴァロウの肩を叩く。
そしてベガラスクが歩いていった方へと向かうのだった。




