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第16話 風の精霊

おかげさまで10000ptを越えました。

ブクマ・評価いただいた方ありがとうございます。


 ヴァロウの目に映っていたのは、燃えた荷台だった。

 遠くで馬の嘶きが聞こえる。

 地面には兵が倒れ、広がった鮮血を大地が飲み干していた。


 ゴドーゼンの補給部隊である。

 これで5度目。

 向こうも対策を打ち、守備隊の数をその都度増やしていた。


 だが、戦力の逐次投入など、最強軍師ヴァロウから言わせれば愚の骨頂だ。

 さらにゴドーゼン側は敵の戦力を計りかねているらしい。

 編成にも全く工夫が見られなかった。


 ステバノスは勇者であり、精霊と交信できる力は偉大である。

 しかし、指揮官としては3流以下だった。

 むろん、これもまたヴァロウにとっては、己の手の平の上であったが……。


「ヴァロウ、こんなこといつまで続けるんだ?」


 ザガスは棍棒を肩に担ぐと、苛立たしげに尋ねた。

 眉間に皺を寄せ、明らかに不機嫌だ。

 ここのところ、ずっと森に潜み、雑魚ばかり相手している。

 食べ物も満足ではない。

 森の食草や、兎や鹿だけではなく、そろそろ魚が食いたいと、ザガスは考えていた。


「心配するな。そろそろ向こうも堪忍袋の緒が切れるだろう」


「でも、ヴァロウ様。ステバノス様は割と辛抱強いお方ですよ。ここまでされても、ヘラヘラと笑っているかも……」


「ステバノスではない」


「え?」


 ヴァロウはニヤリと笑った。



 ◆◇◆◇◆



 ヴァロウの予測は当たっていた。

 民衆が大挙し、ステバノスが暮らす宿営地に押しかけてきたのだ。


「食糧はまだか!」

「早くくれ!」

「お願い! このままじゃ子どもにお乳が……」


 テーラン城塞都市の市民たちは殺気立っていた。

 亡者のように声を上げ、手を伸ばす。


 ステバノスが食糧を持って現れてから、約20日が過ぎていた。

 すでに持参した食糧は尽きている。

 ステバノスが率いる軍の食糧すらなくなり、深刻な事態になっていた。


「どういうことなんだ、ステバノス!」


 怒鳴ったのは、テーラン代表のロアリィだった。

 怒りに顔が赤くなっているかといえば、そうではない。

 頬は痩け、青白い顔をしている。

 顎には無精髭を生やし、目の下には隈ができていた。


「落ち着けよ、ロアリィ」


「落ち着いていられるか!」


 出会った当初、ステバノスを神のように崇めていたロアリィの姿はない。

 敬称もなく、いつの間にか『風の勇者』を呼び捨てで呼んでいた。


「大丈夫だ、ロアリィ。次の補給部隊はうまくいく」


「そういって、失敗してきたじゃないか!」


「安心したまえ。今度は、僕が直接補給部隊の指揮を執るつもりだ」


「な! あなたが……!」


「おお!」

「勇者様が」

「なら安心だ……」


 ロアリィと一緒に宿営地に押しかけてきた民衆たちは、安堵する。

 ようやく笑顔が灯った。

 だが、ロアリィは違う。

 以前、その表情は硬い。


「危険じゃないのか? 君が前線に立つなんて」


「何を言っているんだい? 引退したとはいえ、僕は勇者だよ。それに――」


 ステバノスは手を掲げる。

 すると、風が渦を巻いた。

 さらに光り帯び、人の形になっていく。

 現れたのは、一糸まとわぬ姿の精霊だった。

 蝶のような(はね)を生やし、集まった民衆たちの頭上を旋回する。


 おお……、と驚きの声が漏れた。

 ロアリィもまた目を剥き、驚く。


「風の精霊か……」

「これが勇者様のお力」

「おお……。神よ……」


「僕には心強い相棒がいるからね」


 ステバノスは近くに寄ってきた風の精霊と戯れる。

 お互いにキスを交わし、その仲睦まじい様子をロアリィたちに見せつけた。


「わかった。信じるよ、ステバノス()


 ようやくロアリィも納得してくれたらしい。

 すると、辺りを見渡した。


「そういえば、君に預けていたゲリィはどこにいるんだ?」


「ゲリィ?」


「おいおい。とぼけるないでくれよ。あのゲラドヴァに石を投げつけた……」


「ああ。彼か。きっと街の方に遊びに行ったんじゃないのかな」


「随分長い間、見てないんだ。それにゲリィと同じ孤児もいなくなっている。少し心配でね」


 テーランの中で、最近孤児が行方不明になる事件が立て続けに起こっていた。

 こうした暴動や戦争に後に、孤児がさらわれることは決して今の世の中では珍しいことではない。

 ロアリィは自警団を作り、ステバノスが率いるゴドーゼンの部隊と連携して警戒を強めていた。

 だが、一向に誘拐事件はおさまらない。


「わかった。食糧を確保できたら、そのゲリィと一緒に食事をしようじゃないか。それでいいだろ、ロアリィ」


「あ、ああ……」


「うん。楽しみにしてるよ。……さあ、行こうか、アイギス。勇者に楯突くものたちを、成敗しに行こう」


 馬を駆り、意気揚々とステバノスは出陣していった。



 ◆◇◆◇◆



 ゴドーゼン軍の数は800。

 その内、歩兵が500。弓兵150。盾兵50。

 そして騎兵100という内訳だ。


 一個大隊に、指揮官は元勇者ステバノスである。


 この時、彼はすでに勝利を確信していた。

 相手はテーランを直接攻めず、補給部隊に対してゲリラ戦を仕掛ける卑怯者だ。

 おそらく、そう大した人数ではない。

 800の兵と勇者が1人いれば、一捻りだろう。


 ステバノスはそう踏んでいた。


 問題の場所に近づいてくる。

 進行方向の右側には崖。左側は急な斜面になっている。

 道幅は狭く、用兵が難しい場所だった。


 その道をゆっくりとした歩みでゴドーゼン軍は進む。


 ヒュッ!


 突然、ステバノスの前を1本の矢が横切った。

 慌てて手綱を引く。

 矢が飛んできた方向を、ステバノスは睨んだ。


 崖の上だ。


 ゴブリンが数十匹。

 矢をつがえ、こちらを狙っていた。


「崖の上だ! 盾兵前へ! 騎兵の馬を守れ!!」


 指示を出す。

 それは的確だった。

 だが、盾兵の動きが鈍い。

 久しぶりの戦闘。

 しかも、ろくに食べ物にありついていない。

 士気は駄々下がりだった。


『ひぃいいぃいぃいぃぃいいんんんん!!』


 尻に矢を受けた馬が嘶き、立ち上がる。

 たちまち騎兵たちを振り落とした。

 混乱する現場。

 ステバノスも降り注ぐ矢をかわすのが精いっぱいだった。


「弓兵! 何をしている応戦しろ!!」


 ステバノスは苛立たしげに指示を出す。

 兵の動きが鈍い。

 道が狭いので、隊列を組み直すのが難しいのだ。

 弓兵は後方に配置していたため余計に時間がかかった。


 ようやく応射を始めたが、ゴブリンはすぐに崖の奥へと引っ込んでしまう。


「くそ! ゴブリンなんかに!!」


 ステバノスの顔が歪む。

 メトラに我慢強いと分析された彼だが、すでに堪忍袋の緒は切れていた。

 勇者である自分を怒鳴り付ける民衆。

 補給部隊を5度も全滅させられた。

 それが雑魚魔物(ゴブリン)の仕業だとすれば、さらに腹立たしい。


 とどめは空腹であった。


 怒りによって顔が紅潮する。

 そこにお優しい(ヽヽヽヽ)勇者様の姿はない。


「アイギス!!」


 ステバノスは交信する精霊を召喚する。

 ふわりと浮き上がり、崖を登った。


「ステバノス様、お一人で突出するのは危険です」


 副長がステバノスを呼び止める。

 だが、1度火が付いた元勇者を止めるのは、不可能だった。


 全く聞く耳を持たず、ゴブリンが逃げた森の中に踏み込む。


「大丈夫だ、副長! 僕とアイギスが入れば――」


 森の中でも疾走する。

 風の精霊の加護を受けたステバノスは、まさに森を吹き抜けていく一陣の風であった。


 やがてゴブリンたちを捉える。


「見つけたぞ!」


 ヒステリックに叫んだ。


「アイギス!!」


 相棒に「ゴブリンを切り刻め!」と指令を出す。

 その通りにアイギスは動いた。

 真空の刃を発生させると、ゴブリンたちに放つ。

 次の瞬間、ゴブリンたちはバラバラになるはずだった。


「おらぁあああああ!!」


 突然、大きな声が森の中に響く。


 現れたのは大柄な男だ。


 アイギスの刃を全身で受け止める。

 肉は切り裂かれ、血が噴き出した。


 しかし、大柄な男は悲鳴すら上げない。

 肩を震わせ、まるで笑っているように見える。


「へへ……。やっとだ。やっとこの時がやってきたぜ」


 男は動く。

 棍棒を肩に担いだ。

 ステバノスは気付く。


 口から出た大きな牙。

 赤い髪から伸びた2本の赤黒い角。

 その身体特徴に覚えがない勇者ではなかった。


「ワーオーガ、だと……」


 ステバノスは呻く。

 すると、ワーオーガは顔を上げた


「よう……。勇者様。相手になってくれや!」


 牙を剥きだし、笑う。

 その目はまるでご馳走を前にした子どものように輝いていた。


さあ、勇者をこてんぱんにしようか……。

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