第135話 レイリー・ゴー・レプリガンド
いよいよ明日発売となりました。
書籍化までこぎ着けることができたのは、
ひとえに読者の皆様のおかげです。
是非、書籍版の方も楽しんでいただけると嬉しいです。
きっかけは些細なものだった。
魔王城ではよく見かける魔族同士の喧嘩だ。
魔族とは闘争の生物である。
喧嘩など日常茶飯時だ。
だから止める者などいない。
むしろ周囲を囲み、酒宴のように騒ぎ立てる。
最後には魔王城を警護する屈強な竜人族がやってきて、その騒ぎを止める――ところまでが、テンプレートであった。
そして今日もそうなるはずだったが、竜人族にとある魔族が突っかかる。
竜人族の長はドラゴランである。
そして、彼はヴァロウの一派だ。
今、そのヴァロウは人間を魔王城に招き、停戦交渉している。
人間を魔族の縄張りに入れることにすら怒りを覚えるというのに、交渉の場では弱腰姿勢で人間に押されているという。
「そんな腰抜けが、副官であっていいのか!?」
断じて“否”である。
魔族たちは訴える。
最初に、そう言ったのは誰であったのかはわからない。
後の調査でも、文民派の1人ではないか、ということまでしかわからなかった。
ヴァロウの弱腰姿勢は、すでに魔王城全体に知れ渡っている。
彼に対する怒りは、雷のように伝播し、ついには警護の竜人族に向けられた。
こうして魔王城で突如内乱が始まったのである。
◆◇◆◇◆
魔王城に轟音と剣戟の音が響く。
その中を、フードを被った女騎士が廊下を疾走していた。
フードの中に収まった耳を押さえながら、暗い廊下を進む。
アルデラの護衛騎士レイリーである。
「この時ほど、夜目が利く自分の身体を有り難く思った日はないね」
レイリーは強欲であった。
子どもの頃から、ほしいと思ったものは何でも手にしてきた。
奪い取ることも、金で釣ることも、人を騙すことすらあった。
自分の身体で差し出すことも厭うことはない。
そうして、いつしか雌でありながら、犬牙族の中で忌み嫌われていった。
犬牙族は誇り高い獣人族である。
奪うことも、金で人を操ることも、騙すこともすべていけないことと教わる。
だから、レイリーは犬牙族が嫌いだった。
15歳の頃に里を出て、まずは冒険者になった。
その中でも彼女はほしいと思ったものをその手中に収めた。
むろん、どんな手を使ったでもだ。
そしてついにその功績が認められ、獣人の雌で初めて、騎士団にスカウトされる。
騎士団に入っても、レイリーのやることは変わらない。
次々とライバルを蹴落とし、出世していった。
そんなレイリーについに朗報が舞い込む。
子爵位の1つに空きができ、レイリーが推挙されたのだ。
地方だが、小さな領館もある。
開拓次第では、さらに上の位を戴くことも可能だと聞かされた。
子どもの頃から欲しかった富と名誉が転がり込んでくる。
言うまでもなく、レイリーは舞い上がった。
だが、幸せな時間はそこまでだった。
子爵位を授ける代わりに、ある任務の達成が条件として提示される。
それが前線軍総司令官アルデラの護衛として、魔王城に潜入し、魔王を暗殺することだった。
「――――ッ!」
レイリーは言葉を失う。
魔王暗殺――。
もし、これを達成できればレイリーは英雄になれるだろう。
子爵どころの話ではない。
侯爵の位を与えられておかしくない大偉業である。
だが、間違いなく片道切符だ。
1つ間違えれば、殺される。
そもそもこの停戦交渉自体が、魔族の罠かも知れないのだ。
レイリーの迷いに、ある上級貴族の代理人と名乗った男は、ある書類を差し出す。
その内容を見た時、レイリーの顔が真っ白になった。
そこに書かれていたのは、これまでレイリーが行ってきた悪行である。
表に出れば、今の地位が吹き飛ぶことはおろか、死罪を言い渡される可能性すらあった。
いや、すでにレイリーには、2つの道しかなかったのだ。
任務を断って死ぬか。
自爆特攻同然の暗殺任務を成功させ、生還するか。
迷いはなかった。
レイリーは後者を選んだ。
しかし、死ぬつもりはない。
その狡猾な頭脳を生かし、アズバライト教を通じて、あらかじめ魔族とのパイプを作った。
それがレイリーと同じく出世欲の権化というべきロドロアンだったのである。
「絶対に生還してみせる! そして、私は英雄だ!!」
レイリーは魔王城のかなり地下までやってきた。
対象の魔王の居室は地下にあると聞いている。
ロドロアンともそこで落ち合うことになっていた。
ふとレイリーは足を止める。
屈強な竜人族が2匹いた。
邪魔だ。聞いた話では、この先に魔王の居室があるという。
すると、竜人族の声が聞こえた。
「魔王様は無事なのか?」
「ああ。先ほど眠りから覚められた。今は謁見の間へ移動している」
「なるほど。あそこの封印なら安心だろう」
どうやら魔王は目覚め、謁見の間に移動したらしい。
予想外の動きだ。
このまま暗殺任務を実行してもいいものか悩む。
そんな時だった。
レイリーの肩に、冷たい手が置かれる。
「ひゃっ!!」
耳と尻尾を立て、体毛が総毛立つ。
反射的に鞘から剣を抜き、距離を取った。
牙を剥きだし、目を釣り上げた姿は、犬と言うよりは狼のような迫力がある。
すると、闇の中から現れたのは鈍銀の長髪と、茶褐色の肌だった。
見慣れた笑みに、レイリーの筋肉が弛緩する。
「驚かせるな、ロドロアン」
「くははは……。すまんな。しかし、王国の騎士殿の驚き様は面白い。絵画にして飾っておきたいぐらいだ」
「魔族に絵画を愛でる趣味があるとはな。それよりもだ」
「ああ。魔王様がお目覚めになられたようだな。心配するな。計画に支障はない」
「本当だろうな」
「焦るな、レイリー。こっちだ……」
ロドロアンが先導する。
上ではまだ騒ぎが続いていた。
鬨の声のような吠声が、断続的に聞こえてくる。
先を歩くロドロアンの背中を見ながら、レイリーは尋ねた。
「本当に魔王を殺していいのか?」
「なんだ? 今さら怖じ気づいたのか?」
「違う!!」
レイリーは自分で思っているよりも声が出た。
「お前たちの王が殺されようとしているのだぞ。何も思わないのか、と聞いている」
「くくく……。暗殺者がそれを言うのか?」
ロドロアンは首だけを向け、口角を上げた。
対して、レイリーは沈黙を以て答える。
当然のごとく、その眉間には深い皺が寄っていた。
ロドロアンは肩を竦めて戯ける。
顎を撫でながら、軽快に答えた。
「今の魔族は死に体なのだ。このままでは私たちは負ける。だから、古いしきたりや昔の武勇に固執する存在は消えなくてならない。彼らは間違いなく、負け犬なのだ。負け犬が国を統治すれば、負け犬の国家しかできない。私はその現状を変えたいのだ」
「随分な真っ当に見える大義だな」
「見えるんじゃなくて、真っ当なのさ。それがわからないのが、今の副官たちだ。だから、魔王をお前に殺させることによって、その無能ぶりを知らしめる必要がある」
「王を殺すことによって、副官たちを追い出す。そして、ロドロアン……」
お前が、次期魔王になるつもりか……。
ロドロアンは何も言わなかった。
ただひっそりと口角を歪めるのみだった。
いよいよ2人は謁見の間に来る。
すでに護衛の竜人族は無力化されていた。
「すごい力だな、その粉は……」
「かつて『毒の勇者』と呼ばれたヒストリア・クジャリクの肉体から採取し、複製した特殊な毒らしい」
「『毒の勇者』か……。噂には聞いている。なるほど。その力ならば、魔王様を殺すことができるかもな」
ロドロアンは謁見の間の扉に手をかける。
特殊な封印が施されるが、元々ダークエルフというのは魔導に聡い。
あっさりと謁見の間の封印を解いてしまった。
扉を開こうと手をかける。
待ったをかけたのは、レイリーだった。
「待て、ロドロアン」
「なんだ?」
「その前に私の命の保証をしろ」
「ああ……。そういう約束だったな」
レイリーが魔王を暗殺する。
そしてロドロアンはレイリーを殺したことにし、仇討ちを演出する。
そうしてロドロアンは名実ともに、この城の君臨者となる。
一方、レイリーは――。
「これは【魔魂の石】という宝具だ」
手渡したのは、透明な石だった。
「これをあらかじめ飲んでおくといい。そうすれば、死んだ状態から生き返ることができる」
「蘇生ができるのか?」
「ただし君は魔族として生きることになる。その石は魔族の核そのものだ」
「魔族……?」
「心配しなくても、見た目は変わらないさ。そのまま人類に戻っても、身体を調べられない限りはわからない。どうする?」
すると、レイリーはじっとロドロアンを見る。
まだ疑っていた。
「大丈夫だ。毒は入っていない。もう私たちは引くことが許されないところまで来ている。運命共同体なのだ。人間はこういう時、こう言うそうだな。“死なば、諸共……”と」
レイリーはそれでも渡された【魔魂の石】を飲まなかった。
しかし、長い葛藤の末、ついにレイリーは石を口の中に含む。
ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。
「良い子だ、レイリー。さあ、私たちが新たな時代の幕を引こうじゃないか!!」
ロドロアンはついに謁見の間を開く。
すでに覚悟は決まっていた。
レイリーは鉄靴を鳴らし、勇ましく進む。
そして、玉座とおぼしき前に立ちはだかった。
御簾に囲まれた向こうには、人影が揺れている。
そこからは汚泥のようにどろりとした殺気が漏れ出していた。
その殺気を浴びたレイリーは一瞬我を忘れる。
が、すぐに正気を取り戻すと、1度、腹に力を込め、さらに1歩踏み込んだ。
「魔王!!!!!! 覚悟しろ!!!!!!」
レイリーは『毒の勇者』から精製された毒の袋を掲げた。
その瞬間だった。
「げふっ……」
綺麗に磨かれた石の床に鮮血が落ちる。
一瞬、誰の血かわからなかった。
そもそも何故、自分が下を向いていることすらわからなかった。
次いで、彼女の口から転げたのは【魔魂の石】である。
「あ~あ……。やっぱり飲み込まなかったか……」
暗い声が響く。
瞬間、凶刃がレイリーを刺し貫いた。
「なっ――――」
驚愕の声とともに、レイリーの口から再び血が吐き出される。
瞼を広げ、鋭い三白眼の瞳を限界まで横に向けて、振り返った。
そこにいたのは、歪んだ笑みを浮かべたダークエルフだ。
「ロドロアン!! 貴様ぁ!!!!」
「残念だったよ、レイリー。人間は嫌いだが、私は君のことを案外気に入っていた。君と私はよく似ているからね。だから、君にチャンスをあげた。その【魔魂の石】は本物だ。昔、ドライゼルに引っ越しする時に、私がくすねていたものだ。もし、君がそれを飲み込めば、間違いなく君は生き残ることができた。残念だった」
君は生きるか死ぬかの二者択一を誤ったんだ。
レイリーは強く息を吸い込んだ。
腹に剣が刺さったままぐるりと身体を動かす。
その一瞬生まれた力は、かの人鬼族すら凌駕したかも知れない。
「はかったなあああああああああああ!! ロドロアンンンンンンンン!!」
「さようなら、哀れな女騎士よ」
ザンッ!!
たとえ、ダークエルフであろうとも、相手が奇跡的な力を振り絞ろうとも、致命傷を負った獣人を切るなど造作もないことだった。
ロドロアンはそのままレイリーの肩口に向かって切り上げる。
犬牙族の騎士の身体は裂かれた。
鋭い眼光から輝きが失われていく。
「ふん! 人間の中に味方はなく、敵に頼るしかなかった哀れな女か……」
ロドロアンはサッと剣を振った。
犬牙族の血が床に走る。
そして、ロドロアンは玉座の前で傅いた。
実は、謁見の間に入るのは初めてだった。
当然、魔王に拝謁するのもこれが初めてだ。
「魔王様! 御怪我はございませんか?」
「…………」
「……? わ、私の名前はロドロアンと申します。お休みの最中に誠に申し訳ありません。ですが、どうぞご安心下さい。賊はこの通り、このロドロアンが成敗いたしました」
「…………」
「魔王様……。まだお休みの最中か?」
ロドロアンはやや躊躇いながらも、ゆっくりと玉座へと続く階段を上っていく。
不敬とわかっていても、その顔を拝顔したいという欲求には逆らえなかった。
魔族が魔王を弑することは絶対にない。
それは本能的に刻まれていることだ。
レイリーにはああ言ったが、元から指一本触らせるつもりはなかった。
ただ非力な自分が救出した功績を魔王様にご覧に入れられるように、ここに人間を招いただけに過ぎない。
それは単純にロドロアンの見栄であった。
「失礼します」
ロドロアンは御簾をたくし上げた。
現れたのは、細く長い足だ。
噂話では魔王様は女の姿をしているという。
さもあらんと思いながら、ロドロアンはいよいよ魔王の顔へと視線を向けた。
そして鋭いヘーゼル色の瞳とかち合う。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」
幽霊でも見たような情けない悲鳴が上がる。
バタバタと黒虫のような動きで、ロドロアンは後ずさった。
「き、貴様!!」
叫声を上がる。
同時に御簾が引き上げられた。
現れたのは、少なくとも魔王などではない。
ロドロアンもよく知る男であった。
「う゛ぁ、ヴァロウ!!!!」
魔王の副官にして、第六師団師団長ヴァロウが玉座に腰掛けて、そのヘーゼル色の瞳を冷たく光らせていたのだった。
もはや女キャラが過去を語り出したら、死亡フラグの赴きすらあるな。
1月10日発売された『ゼロスキルの料理番2』もよろしくお願いします。




