第118話 タコ襲来
今回ギャグ寄りです。
「で? 女ぁ、今日はオレ様に何を作ってくれるんだ?」
即席の厨房に立ったエスカリナを睨んだのは、ザガスである。
すでに女たちや、街の料理人たちが、海の魔物から届けられた魚を焼いていた。
料理になれている領民の中には、煮付けに挑戦している者もいる。
振る舞った魚料理は、どれも好評だ。
出来上がった側から消えて行く。
特に魔族軍の食欲は旺盛だ。
焼いても焼いても、終わりが見えない。
今までルロイゼン城塞都市にいた魔族は、ヴァロウ、ザガス、メトラの3人だけだった。
だが、今ルロイゼン城塞都市には、12000の魔族軍がいる。
およそ4000倍の人数の魔族が押し寄せてきたのだ。
その腹を満たすだけで難しい。
しかし、彼らはルロイゼン城塞都市を守ってくれた功労者である。
即席の厨房に立った料理人たちは怯むことなく、その恩に報いようと魚を焼いていた。
さすがに12000人分だけあって、凄まじい煙だ。
すでに料理人たちの顔は煤だらけになっている。
魚料理を頬張っていたのは、魔族だけではない。
生き残った前線軍第5部隊の兵士たちも同様だ。
魔族に負けず劣らず、すごい勢いで焼き魚にがっついている。
人類の病巣ともいうべき上級貴族を追い払うことはできた。
だが、彼らは敗軍であることに代わりはない。
祭りだといっても、魔族たちと違ってテンションは低かった。
そこにやってきたのは、人類にとっては高級な魚料理だ。
一兵卒程度の給金では食べることはまず不可能な魚料理を前に、彼らは戸惑いを見せる。
どうやって食べたらいいかすらわからないものがいた。
とりあえず、魔族のように頬張ってみる。
はむ……。
一口食べただけで目の色が変わる。
昨日までの戦争の光景が、一瞬にして吹き飛んだ。
暗く沈んでいた瞳に、人間らしい光が宿った。
あちこちで腹の音が鳴る。
そこで兵士達は気付いた。
お腹が空いていたことに。
「すげぇなあ……」
兵士の表情を見て、『爆滅の勇者』ロッキンドは感心する。
敗戦にあんなに落ち込んでいた兵士達が、みるみる蘇っていく。
士気が充実していくのがわかる。
今から槍を振るい、戦場に立たんとする勢いだ。
「ああ……」
同じく『氷烈の勇者』レインも目を細めた。
生き残ったのは、自分の部隊だ。
だが、敗戦を前にして、さしもの冷静沈着な指揮官も言葉がなかった。
兵をどうやって鼓舞しようかと考えていたところに、魚料理である。
まさか食べ物だけで士気が上がるとは、レインも驚かずにはいられなかった。
「案外、人間って単純なのかもな。そりゃ、あの天使様にも操られるわけだ」
「それは違うぞ、ロッキンド」
「あん?」
「お腹を空いたなら、非常食を食べればいいだけだ。だが、この料理は非常食とは違う。魅力がある。人を惹きつける何かがだ。たぶん、それはきっと――」
レインは眼鏡を釣り上げる。
そして厨房で指揮を振るうエスカリナを見つめた。
さて、冒頭のやりとりに戻る。
エスカリナは悩んでいた。
魚料理のおもてなしは大成功だ。
だが、ルロイゼン城塞都市領主代行兼炊事班長でもある彼女は、満足していなかった。
「(もう1つインパクトがほしいわね。そうすれば、魔族と人類をつなげることができる。何かないかしら……)」
頭に記憶した古代のレシピ本を紐解く。
そこに現れたのが、ザガスであった。
「焼き魚もいいけどよ。祭りなんだろ? もっとど派手な料理はないのかよ?」
「ちょっと待ってよ。今考えてるんだから」
金髪をくしゃくしゃにしながら、エスカリナは苦悶する。
その時だった。
「きゃああああああああああ!!」
絹を裂くような悲鳴が聞こえた。
トラブルか、とルロイゼン城塞都市内に緊張が走る。
続いて、どよめきが起こった。
ザガスの後ろの方で、何かが蠢いている。
「魔物?」
「なんだ、ありゃ?」
エスカリナとザガスが揃って目を丸くする。
「おいおい」
「なんだ、あれは?」
ロッキンドとレイン――勇者2人も駆けつける。
ルロイゼン城塞都市にはたくさんの篝火が焚かれている。
闇を払うためだ。
その中に、うねうねと動く触手があった。
一見、それはエスカリナの言う通り魔物に見える。
だが――。
魔物が何かエスカリナたちに向かって吐き出した。
ザガス、エスカリナ、ロッキンド、レインは反応する。
見事に躱しきった。
「厨房が……!」
エスカリナは悲鳴を上げる。
厨房がまるで闇に包まれたように真っ暗になっていた。
恐る恐るその黒いものを、エスカリナは確認する。
「何? これ? 墨?」
木炭のような黒が付着していた。
しかもべっとりとしていて、何か気持ち悪い。
同時に何か磯というか、海の匂いがする。
依然、触手が闇の中で蠢いていた。
「何かは知らんが……」
「魔物が折角の祭りを台無しにするんじゃねぇよ」
レインとロッキンドが襲いかかる。
2人とも能力は使わない。
今、ここで使えば、巻き添えを出してしまうからだ。
レインは槍を、ロッキンドは剣を。
それぞれ武器を持って、闇に蠢く魔物に接敵する。
「「たあぁぁぁぁぁああ!!」」
裂帛の気合いが響く。
触手を切り裂いたかといえば、そうではない。
そもそも手応えがなかった。
触手がするりと勇者2人の攻撃を回避したのである。
「「なにっ!?」」
レインとロッキンドの表情が仲良く歪む。
すると、触手はレインとロッキンドに伸びた。
ぐるりと腰に巻き付く。
「くっ! 離せ!!」
「なんだ! 外れねぇ! なんて力だ!!」
レインとロッキンドは脱出しようと試みるが、もがけばもがくほど、腰の触手は食い込んでいく。
何か身体が触手に吸い寄せられるようだった。
「あいつらは何をやってんだ」
「ザガス、呑気なことを言ってないで、2人を助けてあげて」
「ああん? なんでオレ様が勇者なんかを助けなきゃならないんだよ!?」
「お願い! さっきいった料理を作って上げるから」
ザガスの眉宇がピクリと動く。
おもむろに巨大な棍棒を担ぎ上げた。
「しゃあねぇなあ!」
ザガスは一直線に魔物へ向かっていった。
「くらえ!!」
棍棒を振り下ろした。
が――。
「くそ! なんだ、こりゃ!!」
あえなく触手の餌食になってしまった。
触手はどんどん3人の身体を締めていく。
骨が軋むような音が出始めた。
「くそ! 離せよ!」
ロッキンドが魔眼を使おうとするが、うまく視線が定まらない。
夜闇に加えて、相手が動きまくるからだ。
下手をすれば、自爆もあり得る。
それはレインも同様なのだが、別の意味で困っていた。
「おのれ! 貴様、どこをしば――。ちょ、ちょっと待て!! そこを締めるな。あっ……。ちょ、やめろ!!」
何故だか艶っぽい声が響く。
触手が、レインの股間と臀部の割れ目に沿っていたのだ。
やたら艶めかしい声に、エスカリナは呆然とする。
その表情を見て、レインの顔は耳たぶまで真っ赤になった。
赤くなる無二の親友を見て、ロッキンドは噴き出す。
「あはははは! レイン、なんて顔してんだよ」
「う、うううううるさい! くそ! やめろ! い、いいいや! こんな辱めを受けるぐらいなら、いっそ私を殺してくれぇぇえぇえぇぇぇえええええ!!」
絶叫する始末だ。
一方、ザガスは別だ。
自分を捕まえた触手に噛みつく。
そのまま噛みちぎった。
「うん。味はイマイチだが、歯応えは悪かねぇ」
三者がそれぞれの反応を見せる中、ひどく冷静な声がルロイゼン城塞都市に響き渡った。
「何をしている、貴様ら。魔王様の御前だぞ。いくら祭りとは言え、騒々しい」
やってきたのはヴァロウだ。
後ろにはメトラとドラゴラン、そして魔王ゼラムスが控えている。
「なんですか、あのうねうねした気持ち悪い生き物は……」
「海の魔物に、クラーケンなる魔物がおったが、それよりはちと小さいな」
メトラもドラゴランも、その魔物に見覚えがない。
しかし、ここで意外な博識ぶりを披露したのは、ゼラムスだった。
「あれは、タコですね。かなり大きいですが間違いありません」
正解、とでもいうように、タコはうねうねと動き出す。
丸い胴体部が露出し、目のような部分がくるくると回っている。
「そうだ! タコだわ!!」
歓声を上げたのは、エスカリナだった。
「ヴァロウ! あれを倒して!!」
「はっ?」
「お願い! あいつでおいしい料理が作れるのよ」
「なるほど。そういうことか……」
ヴァロウは早速とばかりに魔力を練る。
闇の中で魔力の光が閃いた。
「ちょ! おま――! 何をするつもりだ」
「も、もう……。助かるならどうでもいい」
「ヴァロウ、てめぇ! オレ様まで巻き込むつもりか!」
ロッキンド、レイン、ザガスが反応する。
抗議を受けても、ヴァロウは魔力を収めない。
逆により強力に、光が収束していく。
「心配するな。死なない程度には手加減してやる」
そしてヴァロウの魔法は解放された。
【雷軍】
凄まじい雷撃がタコを貫く。
青白い光がタコの全身を蝕んだ。
同時に、ロッキンド、レイン、ザガスにも伝播する。
「「「ぎゃああああああああ!!」」」
2人の勇者と人鬼族の悲鳴が、ルロイゼン城塞都市に響き渡るのだった。
おかげさまで書籍化作業順調です。
来月末ぐらいには、何かしらご報告できると思いますので、
楽しみしていて下さい。




