第11話 テーラン城塞都市総督
早くも『2章 テーラン反乱編』が開幕です。
まさに一瞬の出来事だった。
気が付けば、400の重戦士部隊が消えていた。
残ったのは、えぐれた地面と敵の影だけだ。
まだ魔法の影響があるらしく、雷鳴のような音があちこちから聞こえる。
「すごい……」
エスカリナはただ一言呟く。
近くで見ていた衛士長も、呆然と惨状を見つめていた。
2人の脳裏によぎったのは、戦が始まる前のヴァロウの言葉である。
『仮に敵が、敵意を持って我々に攻撃するというならば、魔族は容赦なくその人間たちを殺す。戦術によっては、相手に恐怖を与えるような戦いも必要になる。卑怯だとののしられるような戦法も、俺は躊躇なく使うだろう』
まさにその言葉通り、容赦のない攻撃をヴァロウは実践してみせたのである。
だが、それ以上にエスカリナが思ったのは、何故ルロイゼンにこんな戦術兵器があるかということである。
今の魔法は決してヴァロウ1人の力によるものではない。
ある種の増幅器なしには出せない威力だった。
理由を聞くと、ヴァロウは顔をしかめることなく、淡々と答える。
「ルロイゼン城塞都市には、いくつか魔族が残した魔導兵器が隠されている」
「魔導兵器?」
「この【雷帝】はその1つだ」
「そういえば、父が何か調べていたことがあったわ。結局、諦めたようだけど」
ヴァロウは顎に手を置いた。
ドルガンが何故、ルロイゼンに赴任したのか得心できたからだ。
性格こそ最悪だが、ドルガンは魔法部隊の長に任せられるほど、魔導士としての資質を備えていた。
学もあり、魔導の研究にも熱心だったと、ヴァロウは記憶している。
そういう経歴もあって、ルロイゼンの領主を任されたのだろう。
「でも、まさかルロイゼンの3段城壁が、魔法の増幅器なんて……」
「この【雷帝】は魔族専用の魔導兵器だからな。人間では扱いが難しいのだ」
「それでも、その制御ができるのは、類い稀な魔法の素質をお持ちのヴァロウ様以外にいませんわ」
メトラがヴァロウを讃える。
【雷帝】は巨大な魔力を放出できる兵器ゆえ、繊細だ。
しかも、魔族の魔導兵器というのは、ヴァロウにいわせれば、作りが荒い。
その点においては、人類が作る魔導具や兵器の方が、細かいところまで作り込まれている。
「ねぇ、ヴァロウ。その【雷帝】を使って、このルロイゼンに来た敵をすべて薙ぎ払うの?」
「どうした? 怖くなったか?」
「ちょっとね……。こう人が簡単に死ぬのを見ると……」
珍しくエスカリナは下を向く。
いつも天真爛漫な貴族の娘とは思えないほど、顔を曇らせていた。
ヴァロウは【雷帝】によって、形が変わった北の平原を見つめる。
「本当であれば、そうしたいところだが、生憎とこの兵器は連発ができない」
「え?」
「もう1度使うためには、専用の【交感機】が必要になる。本国から取り寄せればいいのだけの話だが、生憎とそこまで手が回るほど、魔族も暇ではないのだ」
「じゃあ、1回しか撃てないってこと? それを今使ったの?」
「ああ……。他に方法がなかったからな」
「じゃあ、また攻めてきたら」
「安心しろ……。次の手がもうすでに考えてある」
「はあ……。ヴァロウは強いわね。わたしなら、とっくにギブアップしてるわ」
エスカリナはため息を吐く。
下を向く彼女の頭に、随分と冷たい手が置かれた。
ハッとなって顔を上げると、ヴァロウの顔がある。
エスカリナの頬が朱に染まった。
「たくさんの人の死を前にして、怖じ気づかない人間などいない。もしいたとしたら、それは人間として壊れているだけだ」
きょとんとエスカリナは目を瞬かせる。
やがてくすりと笑った。
「……ふふ。ヴァロウって時々、人間っぽいこというよね」
「…………」
すると、ヴァロウはエスカリナの頭から手を離した。
ザガスとメトラを伴って、城壁を降りていく。
ザガスは棍棒を軽く振り回しながら、不平を漏らした。
「やっぱり魔導兵器ってのはいけ好かねぇ。やっぱ戦争はガチンコじゃねぇと……」
「あの状況では最善よ。それとも重戦士の部隊に突っ込む方が良かった?」
「オレ様はそれでも良かったぜ」
「はあ……。あなたって相変わらず――」
「相変わらずなんだよ」
「馬鹿ってことよ」
「なんだと?」
「2人とも仲がいいのはいいことだが、それくらいにしろ」
ヒートアップするザガスとメトラを、ヴァロウは諫める。
「仲良くなんかありません。勘違いしないでください。私はヴァロウ様一筋――」
「全くだ。こんなのと一緒にするな、ヴァロウ」
「はあ……。まあいい。ところで、ザガス。そろそろ働いてもらうぞ」
ヴァロウはザガスの方を向いて睨んだ。
すると、巨漢のワーオーガは歯をむき出して笑う。
「その言葉を待っていたんだよ、ヴァロウ。何をするんだ?」
「現状、ルロイゼンは防衛設備こそ完璧だが、籠城戦ができない。兵力が圧倒的に足りていないからだ」
「ご託はいい。何をするか命令しろよ」
「防衛が出来ないなら、答えは1つだ」
攻めるぞ……。我ら魔族の力を見せてやろう。
ヴァロウは牙を剥きだし、ザガスと同じように微笑んだ。
◆◇◆◇◆
ボアボルドの重戦士部隊がどうやら壊滅したらしい。
どうやら、というのは1人も敗残兵が、帰ってこなかったからだ。
噂によれば、ルロイゼンにある魔導兵器が使われたらしい。
おかげで、ボアボルドの兄であり、テーランの総督アラジフが確認した時には、ルロイゼン攻防戦から7日が経過していた。
弟を討たれ、大切な重戦士部隊の半数が亡くなった。
アラジフは激昂した。
まず愚かな弟に。
そして、ルロイゼンに巣くう悪魔どもに。
すぐに兵の支度をし、アラジフ自ら兵を率いて、ルロイゼンに向かう。
あと半日となったところで、一旦アラジフは夜営を行った。
ここで休息を取り、万全の状態でルロイゼンに挑むことを決断する。
それ自体は悪いことではない。
兵たちの体調を整えるのも、長として当然だろう。
問題は、ボアボルドと違い、慎重なアラジフの行動を、人鬼ヴァロウがすべて読んでいたということだった。
◆◇◆◇◆
「さすがはヴァロウだな。夜営する場所までぴったり当てやがった」
テーラン軍の野営地を望める草葉の陰に隠れていたのは、ザガスだった。
「さて行こうか、野郎共」
ザガスは棍棒を担ぎ、立ち上がる。
その草葉に隠れていたのは、彼だけではない。
200匹のスライムたちもいた。
ザッと地を蹴り、ザガスは野営地へと走り始める。
その大きな影に、見張りが気付いた。
声をあげようとしたその時、喉を射抜かれる。
野営地の反対側から矢を放ったのはメトラだ。
次々に矢をつがえ、見張りを倒していく。
おかげでザガスは、何も抵抗のないまま簡易柵を踏み倒した。
「おらよ!!」
大きく棍棒が振り上げる。
すると、天幕とその中にいて寝ていた兵士ごと吹き飛ばした。
騒ぎの音を聞いて、兵士たちが寝具から飛び起きる。
武装もなく、武器も保管庫に置いてある。
まさか夜襲があるとは、全く考えていなかったからだ。
そこに現れたのは、鬼――ではなく、スライムだった。
たった今起きた兵士に襲いかかる。
その顔に飛びつくと、息を奪った。
スライムは無音で動ける。
寝ている人間に襲いかかるなど、朝飯前だ。
次々と兵士を窒息させていった。
◆◇◆◇◆
一方、アラジフも覚醒していた。
着の身着のままで天幕を出る。
その視界に映ったのは、ズタズタになった野営地だ。
「な、何事だ!?」
「て、敵襲!」
「敵襲だと! まさか魔族どもが攻めてきたというのか」
「アラジフ様、いかがしましょうか?」
「て、撤退だ! 撤退しろ!!」
一旦アラジフは天幕に戻る。
自分の鎧ではなく、持ってきたお気に入りの宝石をかき集めると、部下たちと一緒に北へと逃げ始めた。
「い、一体何が起こっているのだ。ここは人類の勢力圏だぞ。何故、こんなところに魔族がおる。――はっ。まさかルロイゼンを占拠したという魔族どもが、襲撃しておるのか?」
アラジフは止まる。
首を捻りながら、思考した。
(報告に寄れば、ルロイゼンを占拠した魔族の兵力はわずかだ。ならば、逃げ出すよりも、ここで討ち果たす方が良いのではないか)
よし!
アラジフは決断する。
一旦退却した後、兵を整え、再度野営地へ向かう。
そして魔族を討ち果たす。
そう頭の中で、アラジフは筋書きを描いた。
逃げてきた兵を集める。
武装ができた兵はわずかだが、向こうの戦力も少ないはずだ。
今、野営地に飛び込めば魔族どもを一網打尽にできる。
アラジフはそう考えた。
「見ておれよ、悪魔ども。今、目にものを見せてくれる」
今、まさに兵を率いて野営地に戻ろうとした時、アラジフの前に影が現れた。
ゆらりと動くそのシルエットは、紛れもなくテーラン軍である。
「おお。まだ自軍が残っておったか。よし。貴様らも続け! 悪魔どもを成敗してくれるわ!
アラジフの声が勇ましく響く。
しかし、返事がこない。
聞こえてくるのは、うめき声だけだった。
「怪我人でもおるのか。動きもおぼつかないぞ」
アラジフは一抹の不安を覚えた。
その時だった。
『あああああああああ!!』
奇声を上げながら、それは襲ってきた。
アラジフの兵たちに間違いない。
だが、青い顔をし、目には生気はない。
背中や腕、あるいは腹からは大量の血が流れていた。
「まさか! アンデッドか!!」
生気のない兵たちは、次々とテーラン軍に襲いかかってきた。
アラジフとて例外ではない。
剣を振り回しながら、なんとか事なきを得る。
だが、武器のない兵は次々とアンデッドに食い殺されていった。
幸運にも武器を手にした兵も、多対1に追い込まれ、やはり殺されていく。
あっという間に、地獄絵図に変わった。
聞こえてくるのは、剣戟の音などではない。
人が人を食う不気味な音だった。
いくら元傭兵とて、その惨劇から目を背けずにはいられない。
何とかアンデッドたちを突破する。
森の中を死にものぐるいで走った。
そこにまた影が現れる。
自分よりも背の低い――まだ青年といってもよい――あどけなさが残る顔立ち。
その頭には、角があった。
人鬼である。
「君主が兵を見捨てて逃亡か……」
やれやれと首を振る。
その言葉に、アラジフは激昂した。
剣を振りかざし、ワーオーガに襲いかかる。
すると、ワーオーガは手をかざした。
魔力が込められ、紅蓮に染まる。
そして一言――。
「終わりだ」
炎が嵐のように巻き起こる。
アラジフは炎に包まれた。
悲鳴すら飲み込まれ、肉と骨、あるいは血が炎の中に溶けていく。
やがてテーラン城塞都市総督アラジフは消滅したのだった。
1日1000ptを獲得しました。
ありがとうございます。読者の皆様のおかげです。
しかし、それでもなかなか上位に食い込めない状況に苦しんでおります。
あまり最近なかったジャンルで、上に食い込みたいと考えています。
引き続き更新頑張りますので、
ブックマークと、最新話下欄にある評価をよろしくお願いしますm(_ _)m