第113話 廃墟の都市
新章『勝利の宴』開幕です。
多分短いと思います。エピローグ的な感じで見ていただければ。
エスカリナたちは1度戦艦を下りた。
小舟で岸に向かい、勇者達の力を借りて、ルロイゼン城塞都市の城門に詰まっていた廃材や石材を吹き飛ばす。
その門をくぐり、現れたのは何もない城塞都市だった。
家屋は勿論のこと、折角綺麗にした道路や、水路、街路樹や噴水……。
とにかく人間が住んでいた痕跡が一切合切なくなっていた。
残っているのは、門が吹き飛んだ3段城壁と、西と東の城壁だけである。
「はっ……」
エスカリナは息を吐く。
それは呆れて笑っているのか。
絶望のあまりため息をついたのかわからない。
ただ一言――。
「いっそ清々しいわね」
自分が生まれ育った城塞都市に言葉を投げかける。
エスカリナの半生においていえば、あまり良い思い出がない町だった。
父は民を虐げ、自分の生活はそんな民から巻き上げた税の上にあることを知り、子どもながらに涙したこともある。
覚えているのは、後ろめたさだけだ。
でも、今のルロイゼン城塞都市の惨状を見て、エスカリナの目頭は熱くなる。
故郷なのだ。
これまでの人生がどうあれ、自分を育ててくれたのである。
悲しくないわけがない。
しかし、エスカリナはそれでも前を向く。
いや、前を向かなければならない。
ルロイゼン城塞都市がこうなることは最初からわかっていた。
あのヴァロウと手を組んだ時から……。
ルロイゼン城塞都市がこうなったのは、人類軍が攻めてきたからである。
だが、こうなる選択をしたのは、ヴァロウではない。
自分たちなのだ、とエスカリナは涙を払い、そして己を鼓舞するように言い聞かせた。
「みんな……」
エスカリナは絶望に打ちひしがれ、下を向くルロイゼンの民に声をかける。
顔を上げた時、ちょうどエスカリナと西の地平に沈む太陽が重なった。
その時翻ったエスカリナの金髪は、燃え立つ炎のように見える。
ルロイゼン城塞都市領主代行エスカリナ・ボア・ロヴィーニョは、腰に手を突き、言い放つ。
「さて、みんな……。宴をしましょ」
…………?
皆の頭に一斉に「?」が灯る。
ルロイゼン城塞都市が壊滅したのだ。
その領主代行エスカリナの気が触れたのか、とすら思った。
だが、エスカリナは本気だ。
本気でそう思っている目をしていた。
「し、しかし、エスカリナ様……」
「食糧もない……」
「炊事場も、竈ごと流されてしまったんですよ」
「飯を食べるなんて」
「そうね。……でも、みんな忘れてない?」
「何を……でしょうか?」
「わたしたちは勝ったのよ」
「「「「!?」」」」
総勢6万の人類軍に……。
空を飛ぶ竜騎士に……。
3人の勇者に……。
そして――。
「上級貴族……。天使にすら勝ったのよ。戦い方も知らない。ちょっと前までは、軍船の動かし方すら知らなかった素人集団が勝ったの。なのに、負けたような顔をして、俯くのはおかしいと思わない?」
気がつけば、地面の石の数を数えている。
そんな民達の顔に、赤みがさし始めた。
ゆっくりと顔を上げる。
「みんな、勝利者の顔をしましょう。堂々としてればいいのよ」
エスカリナの言葉に、ルロイゼンの領民たちは奮い立つ。
「よし! 宴だ!」
「やろう!」
「食糧は?」
「海の魔物たちに分けてもらおう」
「竈は即席で作ればいいだろう」
「誰か石と薪を取ってきてくれ」
何もなかったルロイゼン城塞都市が、にわかに活気づき始めるのだった。
エスカリナが領民達を鼓舞するのを見ていたロッキンドたちは、素直に感心していた。
「ただ者じゃねぇなあとは思ってたけど。やるじゃねぇか、あの女」
「ああ……。勝ったとはいえ、1番この戦いで損耗したのは、ルロイゼン城塞都市の民たちだ。それをあそこまで鼓舞し、表情を変えることはベテランの将校でもできることでもない」
「へぇ……。レインが人を褒めるとはなあ。お前、さては――」
ロッキンドはニヤリと笑う。
レインは慌てて否定した。
しかし、その顔は真っ赤だ。
「う、うるさい! 的確に分析しただけだ!! わ、私の感情は関係ない」
「けけけ……。オレはまだ何も言ってないぞ」
「貴様――」
レインは掴みかかろうとする。
それをロッキンドは華麗に避けた。
「ちょっとあんたたち!」
鋭い言葉が2人の勇者を鞭打つ。
お互いの顔をつねりながら戯れていたロッキンドとレインは、同じ方向を向いた。
両者の目に、エスカリナの顔が映る。
「あんたたちも手伝って。うちの領民を暗い森に行かせるわけにはいかないから。あと、まだ食糧とか残ってるんでしょ。一緒に調理するから出して」
「はあああああ!! なんの権限があって、そんな――――」
ロッキンドは激昂する。
レインとの諍いをやめて、エスカリナに食ってかかった。
だが、自分よりも一回り大きなロッキンドが迫っても、エスカリナは動じない。
緑色の瞳をますます燃え上がらせると、指でロッキンドの胸を突いた。
「わかってないわねぇ……。あんたたちは敗者。わたしたちは勝者なのよ。敗者は勝者の言うことを聞く。これが世の習わしなの。おわかりかしら、勇者様? それともそんな常識すらしらない蛮族なのかしら?」
「な――――!!」
そこまではっきり言われると、ロッキンドも立つ瀬がない。
今ここでエスカリナを吹き飛ばすなど造作もないことだ。
だが、ロッキンドたちが負けたことが払拭されるわけではない。
「ロッキンド、諦めろ。ここは指示に従え……」
「ちょ! おい! レイン! なんかお前! あの女に甘くねぇか」
「敗者とか勝者とか今はどうでもいい。今は私がやるべきことは、残兵を休めることだ。明日には遺体の埋葬もしなければならない。お前の第7部隊も含めてな。いつまでも戦場に放置するわけにはいかん」
「…………確かにな」
「明日は忙しくなる。今、ここで腹に何かを入れるのは悪くない。ただそう思っただけだ」
「……わかったよ、レイン。すまん」
「謝るぐらいなら……」
「いや、でもよ」
「なんだ?」
レインは苛立たしげに声を上げる。
眼鏡越しに向けた瞳は、やや怒りを帯びていた。
だが、ロッキンドが雨に打たれた子犬のように俯いているのを見て、感情が冷めていくのを感じた。
「なんか負けたって気がしねぇんだ。いつもなら、兵が死んだって聞いたら、その魔族を今すぐにでもぶっ飛ばしてぇって思うのによ」
「…………ああ。私もだ」
レインも素直に頷いた。
旧同盟領包囲戦は、2人がこれまで経験してきたどの戦にも当てはまらないほど、大規模な戦だった。
そしてこの世の真理といえる事実を知った。
忠誠を誓う国が、神族の介入を受けていること。
しかも、それは魔族以上の下郎であったこと。
仮に、今までの争いが神族の手の平で行われていたならば、それは勇者として見過ごすわけにはいかない。
第7部隊を壊滅させたのは、間違いなくヴァロウである。
それでも彼を強く憎んでいるかといえば、そうではない。
仮にすべての戦さが、神族によって仕向けられているのだとすれば……。
第7部隊を壊滅させた諸悪の根源は、神族ではないか。
ロッキンドはそう考えるようになっていた。
「なあ、レイン……。お前はあのヴァロウっていう魔族について――」
「ん? なんだ?」
「……あ。いや、なんでもない」
ロッキンドには薄ぼんやりとだが、記憶があった。
それはダレマイルに洗脳された時の記憶だ。
あの時、甲板上から確かに名前が聞こえた。
ヴァロウ・ゴズ・ヒューネル、と……。
ダレマイルが一体誰を指していったのかは、ロッキンドは確認していない。
甲板に乗り込む直前であったからだ。
だが、その人間の名前をダレマイルが口にしたことだけは覚えている。
最強の軍師ヴァロウ……。
彼が活躍していた当時、ロッキンドは勇者の育成機関にいて、まだ子どもだった。
むろん、会ったことはない。
しかし、彼の名前を聞かない日がないほど、国が盛り上がっていたことだけは、今も鮮明に覚えている。
そして、その死もまた衝撃的だったことも……。
仮にダレマイルが同じ名前の魔族を指していったのなら、何故彼は今魔王の副官となり、人類に刃を向けているのか、わかるような気がした。
復讐……。
それも否定はできない。
だが、今人類を蝕む神族たちの干渉を知っていたとするならば、たとえ魔族となり、人類を敵に回して戦っているのも頷ける。
「待て待て……」
ロッキンドは首を振った。
「話が飛躍しすぎだ」
ヴァロウは間違いなく火刑に処された。
たとえ、生き延びていたとしても、魔族になっているなんてあり得ない。
「ちょっと2人とも! 突っ立ってないで、手伝いなさいよ」
エスカリナは大声を張り上げ、2人の勇者を叱咤した。
思考の檻に囚われていたロッキンドは、ようやく我に返る。
柄にもなく頭を使ったことを自ら反省し、ガリガリと頭を掻いた。
「ロッキンド、どうやら指示に従った方がよさそうだ」
「だな……。飯抜きになる前に働くとしようぜ」
ロッキンドはすべての疑問に蓋をし、ルロイゼンの領民と第5部隊の残兵とともに、ご飯の準備を始めるのだった。
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