第111話 勝利の雄叫び
白光が咆吼を上げる。
空が轟き、周囲が白く染まった。
ルロイゼンの戦艦から吐き出された光の波が、空を切り裂き悪魔へと向かう。
たちまち上級貴族ダレマイルを飲み込んでいった。
「馬鹿な」という悲鳴が聞こえたような気がする。
しかし、その声は黄昏に染まりつつあった北の空に、虚しく消え去った。
ごごごご、虎が喉を鳴らしたような余韻が響く。
【雷帝】によって白く染まった大地は、徐々に惨状を映し出す。
吐き出された大出力の魔力によって、突風が巻き起こり、火と煙を消し飛ばしていた。
薄く煙の匂いが漂い、空を仰げば黄昏前の蒼穹が見える。
気の早い一番星が、西の空に輝いていた。
「やったの……?」
エスカリナの声が、ある種のため息のように広がる。
しかし、質問に答えるものはいない。
皆が同じ疑念に取り憑かれていたからである。
確かに北の空に、あの悪魔の影はない。
やった……。
上級貴族を……
天使を……。
「わたしたち、助かったの?」
その質問に答えるならば、「是」だろう。
ダレマイルは敗走。
前線軍特殊作戦部隊は司令官ともども全滅した。
ダレマイルがシュインツ城塞都市から連れてきた本国軍も、ドラゴランの第一師団によって壊滅させられている。
残るは……。
「いーや、まだだ」
といったのは、ザガスだった。
エスカリナの質問に首を振る。
やや不機嫌らしく、眉間に深く皺を寄せていた。
これほどの大戦でありながら、あまり自分の見せ場がなかったからだろう。
故に好敵手を睨み付けるようにザガスは、ギラリと三白眼を光らせる。
その視線の先にいたのは、甲板上に留まっていた2人の勇者と、その第5部隊である。
すでにダレマイルの洗脳から解放されたロッキンドとレインは、身構えた。
一時的に共闘する形にはなったが、それはダレマイルという共通の敵がいたからである。
だが、その敵は排除された。
ならば、次なるルロイゼンの敵――いや、魔族の敵は甲板上に残る人類軍であり、これまで同胞を何万と殺してきた勇者だ。
今ここには、魔族軍の精鋭が揃っている。
第一師団ドラゴランと、それが率いる竜人族。
第五師団とその司令官ファーファリアが、空から戦況を見つめている。
むろん、ヴァロウも大きな戦力の1つだ。
2つの師団と3人の魔王の副官。
さらに、魔王まで甲板にいる。
先ほどまでここに天使がいたことも考えるならば、この小さな甲板だけで、世界にいるすべての種族の大半がいたことになるだろう。
今振り返っても、目眩がしてきそうな状況だ。
けれども、現状そんなことを考えても仕方ない。
エスカリナはひたすら考えた。
今、この状況を好転させる秘策を……。
まずエスカリナが頼ったのは、ヴァロウだった。
だが、ヴァロウは動こうとはしない。
激闘の後だからだろうか。
それとも【雷帝】を撃ち放った影響か、敵を前にただ立ち尽くしている。
横のメトラも心配した様子だ。
どうやら、それどころではないらしい。
「(でも……)」
エスカリナは諦めきれない。
もしかしたら、あの2人なら一緒に戦うことができるかもしれない。
この世界で1番救いを求めている人が誰なのか、知った今なら……。
悩むエスカリナだったが、事態は悪くなる一方だった。
ドラゴランが大きな曲刀を抜き、魔王ゼラムスの前に立つ。
他の竜人族も首を伸ばし、構えた。
空の鳥人族は傍観していたが、いつでも出れるように嘴を爪に擦り付け、研いでいる。
すると、「へっ」と笑ったのは、ロッキンドだった。
「まっ……。こうなることはわかっていたけどよ」
「我々は人類……。そして魔族が人類の仇敵であることに変わりはない」
レインもまた槍を構える。
一触即発だった。
このままでは、再び戦が始まる。
そして間違いなく、勇者2人は死亡するだろう。
勇者だけなら逃げることができるかもしれない。
だが、ロッキンドとレインが仲間を置いて、背を向けるとは考えられなかった。
無駄な血が流れる。
そんなことになれば、笑うのはダレマイルのような卑怯な神族ぐらいだろう。
「(ダメ! 絶対にダメ!! ヴァロウ……)」
こういう時、やはり頼りになるのは、ヴァロウしかいない。
仮に彼が人類軍最強の軍師といわれたヴァロウ・ゴズ・ヒューネルというならば、今の状況において最適の人材だろう。
人類と魔族――2つの立場と性質を知っているのだから。
もう1度、エスカリナはヴォロウの方へ振り返った。
すると、今度はヘーゼル色の瞳と目が合う。
しかしそれ以上、ヴァロウは何も言わず、何もしなかった。
「(そうよね……。やっぱり――)」
ヴァロウの心理を慮れば、仲裁するのは難しい。
いくら功労者とはいえ、人類に肩入れすることは、明確な叛逆行為だ。
ルロイゼン城塞都市の市民を生かしていることすら、グレーなのである。
相手が勇者となれば尚更だった。
この間にも、甲板上の雰囲気は重くなっていった。
勝利した余韻など1寸もない。
ただ緊迫した空気を吸いこむことしかできなかった。
「(考えなくちゃ……。今、わたしに出来ることを……)」
エスカリナは必死に考える。
ヴァロウの助力はない。
かといって、間に入り、説得できる自信も力もない。
「(わたしに出来ること……)」
必死に探った。
が、そうこうしてる内に、魔族と人類――互いの殺意が膨れ上がる。
いざ剣を交えようとしたその時だ。
後々振り返れば、言葉にした本人すら理解不能だった。
だが、パニックの渦中にある頭の中で、絞り出したのが、次の台詞であった。
「よい子にしないと! ご飯抜きよぉぉぉぉおおおおおおお!!」
エスカリナの声が甲板の各所に響き渡る。
魔族と勇者達の殺気を吹き飛ばし、両者の視線をエスカリナの方に向けられた。
それを見て、エスカリナは畳みかける。
大きく胸を反り、とにかく大きな声で呼びかけた。
「いいの? 今日のご飯はおいしい焼き魚よ!!」
「おいしい……」
「焼き――」
「――魚だと……!!」
普段、食べているザガスだけではない。
他の魔族たちも反応していた。
当然、ロッキンドやレイン――第5部隊の面々も動揺している。
焼き魚……。
調理方法としてはシンプルでありながら、今この世界においては稀少な料理である。
手を返せば、それは人類の中で高い地位を持つ、ロッキンドやレインですら手の届かない高級品であることを示していた。
故に、エスカリナの言葉がどれほどの破壊力を込められているか、想像するまでもない。
しかし、エスカリナには誤算があった。
とりわけ反応していたのは、ザガスでもなければ、ロッキンドたちでもない。
人類の敵――魔族の総大将である魔王本人だった。
「や、焼き魚が食べられるのですか?」
目を星のように光らせ、エスカリナの方を向く。
牡丹が咲いたような薄い唇には、若干涎が垂れていた。
まさか魔王がこんなに反応するとは思わなかったのである。
「娘……」
今度はドラゴランが曲刀をギラリと光らせる。
思わず短い悲鳴を上げてしまった。
ドラゴランの大きな手が振り下ろされる。
ダメだ、と思ったが、手はエスカリナの肩に優しく置かれた。
「貴様! 焼き魚を作れるのか!?」
「え? え、えっと……??」
「どうした、作れるのかと聞いている?」
ドラゴランの迫力に、さしものエスカリナも惚けていた。
半分魂が抜けたような顔で、竜人族の司令官を見つめることしかできない。
すると、横から助け船が現れる。
カラカラ、と笑ったのは、ザガスだった。
「ドラゴランの旦那。そいつが作る焼き魚は絶品だぜ」
「なに! 誠か、ザガス!!」
「ああ。保証する。メトラが作るよりも遥かにな」
「なっ! な、なんでそこで私の名前を出すのですか!」
メトラは頬を膨らませる。
そのやりとりを見ながら、エスカリナは潮目が変わっていくのを感じた。
少なくとも先ほどまでの殺伐した空気は緩んでいる。
ザガスとメトラのやりとりを見て、魔王が笑っていた。
「(えっと……。どうなってるの?)」
火を付けた本人が、今の和んだ状況に戸惑っていた。
どうしようと迷っていると、ドラゴランのゴツい顔が再びエスカリナ近づいていく。
「よし! 作れ、人間の娘……」
「え? そ、それはいいけど……。でも――」
「でも?」
「な、仲良くして! 人間と! じゃなかったら、わたしは――」
エスカリナは自分の首が飛ぶ覚悟で、目の前のドラゴランに進言する。
予想通り、その竜人族の目は鋭い光りを放った。
エスカリナの心臓が止まる。
身体が急激に寒くなっていった。
「いいでしょう、ドラゴラン」
誰であろう魔王だった。
ドラゴランとは違って、ニコニコと笑顔をエスカリナに向かって振りまいている。
「その者を許し、彼らにわたくしと食卓を共にすることを許しましょう」
「な、何を言うのです、魔王様! 百歩譲って、今ここで武器を下ろしたとしても、魔王様と晩餐を共にするなど……」
「ドラゴラン、聞いていませんでしたか?」
「はっ?」
「この者は、みんな仲良くといったのです? それが焼き魚を作る条件であるならば、それに従うのが道理というものでしょう」
「し、しかし――――」
ドラゴランは食い下がる。
彼が率いる第一師団は魔王の近衛である。
その筆頭たるドラゴランが、魔王を危険にさらすことを容認するなどできない相談だった。
ここにいるのは、雑兵ではない。
勇者――それも2人もいるのだ。
ここには3人の副官がいるが、それでも万全とはいかない。
やはり再考を考えてもらうしかなかった。
「魔王様、やはり――――」
「よいですね」
ゼラムスは目を細める。
金色の瞳には、強い王気を感じた。
すかさずドラゴランは膝を突く。
それは周りも一緒だった。
ゼラムスが纏う殺気とも覇気とも違う王気……。
ただそれだけで、ヴァロウも含めた3人の副官。
さらに勇者すら頭を垂れた。
「こ、これが……」
「魔王ってヤツか……」
レインとロッキンドが、それぞれ息を呑む。
もはや戦いどころではない。
1つ選択を間違えれば、死という崖に転がり落ちかねない――そんな一触即発の空気が、場を支配していた。
「御意に従います」
ドラゴランは脂汗を垂らしながら、ゼラムスの命に従った。
すると、ゼラムスはエスカリナの前に進み出る。
花弁が開くようにゼラムスは微笑んだ。
先ほど、死を振りまいたものの表情とは思えないほど、穏やかであった。
「お名前は……?」
「え、エスカリナです」
「楽しみにしていますよ、エスカリナ」
「は、はい……」
すると、ゼラムスはくるりと回る。
皆に向けて、声を張り上げた。
「ここにいる皆の勝利です。今宵は、大いに盛り上がろうではありませんか、みなさん」
呼びかける。
すると、ドラゴランは曲刀を掲げた。
「我らの勝利だ! 武器をかかげよ!!」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
勝ち鬨が上がる。
その凄まじい声量におののきながらも、ルロイゼンの志願兵にもやっと勝利の実感が生まれたらしい。
同じく拳を突き上げ、勝利の雄叫びを放つ。
さらに呼応したのは、ロッキンドだった。
力の限り、声を張り上げる。
「お、おい! ロッキンド!」
「いいじゃねぇか。魔王はこういったんだぜ。皆の勝利だって。だったら、オレたちも一緒だ。あの化け物を追い払ったんだからよ」
ロッキンドはレインの手を取る。
腕を掲げさせた。
ロッキンドは声を上げる。
その横顔を見て、レインも声を張り上げた。
両司令官の動きを見て、第5部隊の兵も反応する。
槍や剣を掲げた。
魔族と人類は一体になって、勝利を喜んでいる。
その姿を見て、エスカリナの瞳は少し赤くなっていた。
目尻をしきりに拭いながら、辺りをうかがう。
この戦いの最大の功労者の姿が、甲板上から消えていた。
【新作情報】
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