第110話 秘密兵器
いよいよ決着!
「くふふふ……。あはははははははははははははははははははっっっっっ!!」
ダレマイルの哄笑が戦場に響く。
空には黒煙が満ちて太陽を隠し、大地には炎が上がっている。
人間たちの頭上には、悪魔となった元天使だ。
世界の終わりを想起させる状況の中で、その笑声はひどくもっともらしく、その場にいる生きとし生けるものに降り注ぐ。
恐怖に煽られ、次第に肌と心の臓を冷たくしていった。
皆が絶望に狩られる中、ヴァロウが動く。
1匹の小柄な人鬼の姿を、ダレマイルはすぐに捉えた。
「ヴァロウ……。あなたのことを認めましょう」
「…………」
「あなたの知略は天使たる私を上回った。その知謀は見事という他ない。――しかし、あなたは最後の詰めを誤った。私という最後の詰めを……。殺せますか? あなたにその方法は? 戦術は? くふふふ……。無理でしょう。いくら魔族になり、副官となっても、あなたは私を殺せない。いや、私すら殺せない」
ダレマイルは手と翼を大きく広げる。
漆黒に染まった羽根が、人間に往来する絶望のように舞い落ちた。
「あなたが弓を引いているのは、ダレマイルという一個体だけではない。あなたは今、神族に弓を向けているのです。その愚かしさを噛みしめなさい」
すると、ダレマイルはあろうことか背中を向けた。
その行動に、誰もが目を丸くする。
「引き分け……。ということにして差し上げましょう。光栄に思いなさい。神たる私と引き分けたのです。――が、次こそはあなたを討ち果たしてみせます。10万の軍勢が無理というなら、100万の軍勢を集めるだけです。ヴァロウ、そして魔王ゼラムスよ。……首を洗って待っているのです」
ダレマイルは悠々と戦場を離脱する。
風を切り、時折翼をはためかせた。
「助かったのか……」
という言葉は、志願兵の中からだった。
ホッとみな胸を撫で下ろす。
一方、側にあった仲間の骸を見ながら、涙するものもいた。
しかし、エスカリナは首を振る。
「違う……。わたしたちは助かってなどいない」
「え?」
「どういうことですか、エスカリナ様」
「あの男は、100万の軍勢を連れてくるといった。あいつなら、それができる。上級貴族のダレマイルなら」
エスカリナの意見に、賛同したのはメトラだった。
「ええ……。その通りです、エスカリナ。ダレマイルなら、世の理に背いても、我々は討ち果たしにくるでしょう」
「神様なんでしょ? なんで、そんな――――」
「神にとって……」
切り出したのは、魔王ゼラムスだった。
「人間も魔族も、盤上の駒でしかない。さしずめ我々は、使えない駒なのでしょう。彼らにとって、我々は異物でしかないのです」
「そんな…………」
エスカリナはダレマイルをもう1度見上げる。
空を舞う姿は、不吉な死神のように見えた。
皆が絶望に暮れる中、ドラゴランは小さく地響きを上げながら進み出る。
「ともかく、この戦は終いじゃ――」
「いえ。まだです、ドラゴラン様」
「ぬっ?」
「例のものをお渡し下さい」
「例のもの……。ああ、そう言えば忘れておったわ」
ドラゴランは腰の袋の中に手を伸ばす。
取り出したのは、魔法鉱石と純度の高い魔宝石の塊を合わせたものだった。
周りには呪字が刻まれている。
一種の魔導具であろうが、エスカリナはそれが何なのかわからなかった。
「ヴァロウ、それは?」
「説明している時間はない。総員下がれ」
「え?」
「待て! ヴァロウ、ここで撃つつもりか?」
ドラゴランも慌てた様子だった。
「術式方陣の用意がないのであろう? そもそもあれはルロイゼンの城壁に埋め込まれ――――」
「あっ!!」
エスカリナは突然、声を上げる。
「あった……。そうだわ。まだヴァロウの秘策が残ってた」
「ど、どういうことだ、人間の娘」
「この戦いが始まる前に、ヴァロウはいくつかルロイゼンの改修を命じたの」
1つはルロイゼン城塞都市に水を満たせるように、壁を覆ったこと。
2つめは、ルロイゼン城塞都市の象徴たる城壁の改修工事である。
主に、ヴァロウが指示を出し、そしてそこから慎重にあるものが取り出された。
「あるものだと……。それは、まさか――――」
ドラゴランは口を大きく開ける。
「それがここにあるのよ。この戦艦そのものが、城壁の機能を受け継いでいるの」
「ちょっと待てよ! じゃあ、オレが潰した城壁には……」
ロッキンドにも話が見えたらしい。
横でレインが顎に手を置いた。
「なるほど。随分、あっさり破壊させてくれるとは思っていたが……。すでに機能を移築していたわけか」
「ああ……」
最後に、ヴァロウが言葉を結ぶ。
「そして、これはその交感器だ」
瞬間、ヴァロウは一気に魔力を流し込んだ。
魔力の受け皿となる交感器に、青白い炎のような魔力が満ちていく。
その直後、戦艦が反応する。
甲板上に幾何学模様と、複雑な文字が刻まれていく。
現れたのは、巨大な魔法陣だった。
「総員退避! 退避よ!!」
エスカリナは叫ぶ。
レインは甲板から下の氷原に向かって坂を作る。
そこに戦艦に残っていた人類や魔族が、まさしく滑り込んだ。
甲板の上には、ヴァロウ1人だけになる。
そのヘーゼル色の目線の先には、悠然と滑空する悪魔の姿があった。
「死ね……。ダレマイル……」
冷徹な言葉が響く。
直後――。
発射!!
【雷帝】が炸裂した。
北の空を飛ぶダレマイルは、呪詛の言葉を吐いていた。
いつか必ずヴァロウを殺すと胸に焼き付ける。
「100万、いや1000万の兵を投入してみせましょう。くふふふ……。あの生意気な人鬼が泣き叫ぶ様子が、今から目に浮かぶようです」
空の上で笑う。
途端、ダレマイルの視界の端に、青白い光が映った。
振り返った時には、もう遅い。
巨大な白光が、彗星のように迫っていた。
「まさか! 【雷帝】!! ば、ば、ば――――」
ばかなぁああぁぁぁああぁぁあぁああぁあぁあぁあぁあああ!!
【雷帝】の光が、上級貴族ダレマイルを飲み込んでいった。
【宣伝】
コミカライズ版『ゼロスキルの料理番』がヤングエースUPで絶賛配信中です。
引き続きよろしくお願いします。




