第108話 反抗する勇者
お待たせしました。
シドラーナの無残な遺体を見た直後、ダレマイルは顔を空に向けた。
空は今や飛竜たちが飛び交う戦場であるはずだ。
しかし、ダレマイルの濁った赤黒い瞳に映っていたのは、精悍な竜騎士たちの姿ではない。
鳥人族についばまれ、肉片となった人間たちの残骸である。
その滴った血がダレマイルの翼にかかる。
純白の翼が赤く濡れていく。
まるで燃えているようだった。
鳥人族は人間に容赦しなかった。
飛竜の首に爪を立て、竜騎士の空へと放り出し。あるいは股裂けにし、あるいは車裂きのように四肢をもいだ。
鳥人族は皆、その戦果を誇るように人間の一部を爪にかけ、飛び回る。
次の獲物を求めた。
ぎゃあ! ぎゃあ! という声がけたたましく響く。
人間の臓器の匂いが、さらに戦場を恐怖で彩った。
まさに万人が想像する魔族の戦い方である。
ダレマイルだけではない。
人間であるエスカリナたちですら、血煙が舞う空を見てこう思った。
まるで、この世の地獄だ、と……。
指揮官であるシドラーナは戦死。
虎の子であった前線軍特殊作戦部隊も、8割方壊滅した。
ダレマイルが連れてきた本国軍1万も、第一師団の前に敗れ去っている。
戦いの雌雄は決した。
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチ……。
その奇妙な音が、突然ヴァロウの頭上から降り注いだ。
新たな兵器……。あるいは魔法……。
いや、そうではない。
それは単に、ダレマイルの歯ぎしりであった。
空に目を向けたダレマイルがようやく甲板を向く。
白い肌は青く、蛇のような大きな口からは、例の歯ぎしりが聞こえる。
広い肩幅は心無しか小さく見え、あれほど神々しい翼も、血に濡れ、見窄らしい姿になっていた。
丸い目玉の下には、濃い隈が浮かんでいる。
「ダレマイル、あなたの負けです」
といったのは、白翼と黒翼をさらしたメトラである。
今もヴァロウを守るように側に控えていた。
意志が固まった赤い瞳は強く、ダレマイルを射貫いている。
かつての女神の地位に、メトラはあった。
女神とは天使の上位存在である。
しかし、それでもダレマイルは怯まない。
むしろ一層憎悪を燃やし、神族の末端でありながら、負の感情に狂った。
「ふざけるな!! まだ私は負けていない」
その顔が怒りに真っ赤になる。
いや、心なしか浅黒く見えた。
苦悩する画家のようにダレマイルは頭を抱え、そして絶叫する。
すると、鉈でも振り下ろすように指を差した。
「何をしているのです、お前達!」
指摘したのは、甲板上に残った第5部隊。
そしていまだ存命している2人の勇者――ロッキンドとレインであった。
「戦うのです! 人類のために! 我ら上級貴族と神のために!!」
「何を言ってんだ!! あんなことされて、てめぇのために働けるかよ!」
上級貴族であり、天使を前にしても、ロッキンドは怯まない。
だが、抗弁しても返ってくるのは、やはり怒声であった。
「馬鹿ですか、あなたたちは!! この空の惨状を見えていないのですか? あなたの国や家族が、いつかこうなるのかもしれないのですよ」
「ああ。そうだな」
進み出たのは、レインだった。
眼鏡を釣り上げる。
鋭い氷のような眼光を放った。
「確かに魔族は憎む敵だ。これまで何万何千という人を殺し、今もその蛮行は世界のあちこちで行われている」
「レイン、お前……。まさか――」
「しかし――。その使命と貴様がやった行いは別だ」
「な、なにぃ……」
「レイン! お前はやっぱオレの親友だよ」
ロッキンドは涙を払う。
一方、レインはちらりと視線を動かした。
その先にあったのは、鎧を纏った女騎士だ。
ふとそのエスカリナと目が合う。
慌てて目を背けたレインは、眼鏡を釣り上げた。
「我々は勇者だ。私は師から勇者とは弱き者を救うものだと教わった。ならば、私はここにいる人類を助けるだけだ」
「え? それって、私たちを助けてくれるってこと」
尋ねたのは、レインが視線を向けたエスカリナである。
呆然と『氷烈の勇者』レインを見つめている。
レインは慌てて眼鏡を釣り上げた。
視線を逸らしたレインの顔は、若干赤くなっていた。
「勘違いするな」
「え?」
「私たちの使命は、人類を助けることだ。魔族と手を組むことではない」
「……あ、ありがとう。『氷烈の勇者』レイン」
「べ、別に……。礼をいわれるようなことは――」
「おいおい。レインが赤くなってんぞ」
レインの肩に手を回し、ロッキンドはぐりぐりとなじる。
歯をむき出し笑った。
そのあけすけな笑顔は、今この戦場の中にあって特異だ。
しかし、見た者の胸を温かくする魅力に溢れていた。
「やめろ! ロッキンド!」
「よーし! この『爆滅の勇者』ロッキンド様も参加するぜ。――てか、あの空で偉そうにしてるオッサンをぶっ飛ばさないと、個人的に気が済まねぇんだよ」
ロッキンドはレインをいじるのをやめる。
空に浮かぶ天使を睨んだ。
横でぐしゃぐしゃになった髪を整え、レインも顔を上げる。
「全くお前というヤツ……。だが、それには同感だ。ダレマイル猊下……いや、ダレマイル。いくら上級貴族であろうと、人の心を弄んだあなたの所行、勇者として見過ごすわけにはいきません」
レインは槍を構える。
ロッキンドも剣を抜いた。
2人の勇者が上級貴族に刃を向ける。
その行動を見て、残った第5部隊の兵たちも動き出した。
命令もされていないのに、ダレマイルに対して、対決姿勢を露わにする。
「どうやら、ムカついていたのは、オレ達だけじゃなかったみたいだぜ」
「それほど、ダレマイルの言動は目に余るということだ」
この戦いで魔族は多くの人間を殺した。
ロッキンドやレインが率いた第7、第5部隊も例外ではない。
そもそも歴史を紐解けば、例などいくらでも引けよう。
魔族に対し、怒りがないわけではない。
それでも、ダレマイルの人の心を裏側から操る力。
人を人とも思わない――人間を工芸品にしか考えていない言葉。
許せるはずもなく、戦争の元凶とすら、兵たちに映ったのである。
戦意を高揚していくのがわかる。
天使を前にしても、兵士たちが怯むことはない。
何故なら、彼らの前には勇者がいる。
人を救い、世界を救い、魂の尊厳を救うものが、自分たちに背中を向けて、戦おうとしている。
何より彼らは若年でありながら、自分たちの司令官なのだ。
戦わない、という選択肢は彼らにはなかった。
「行くぜ!!」
ロッキンドは隻眼となった魔眼が光らせる。
赤光が閃いた瞬間、甲板が炸裂した。
木片や鉄の破片が舞い上がる。
その瞬間、レインは手を置いた。
鋭い音を立て、周囲のものを凍らせる。
たちまちダレマイルに向かって、氷の坂ができあがった。
ジャッ、と坂を蹴ったのは、レイン自身だ。
慣れた動きで、氷の坂を駆け上っていく。
そのままダレマイルに肉薄した。
「覚悟しろ、ダレマイル」
槍を振り下ろした。
ダレマイルは受け止める。
それも片手で易々と……。
これにはレインも驚いた。
「なにぃい!?」
「覚悟するのは、あなたたちですよ」
槍を握るレインごと、ぐるりと振り回す。
そのまま地面に向かって叩きつけた。
「野郎!!」
飛び出したのは、ロッキンドだ。
目に魔力を集中させると、魔眼を解き放った。
直後、巨大な爆発音が閃光とともに、戦場で唸りを上げる。
直撃だ。
ざまぁみろ、とばかりロッキンドは歯をむき出し、歓喜した。
しかし――――。
「ぐぼぉご!!」
突然、爆煙から飛び出したのは手だ。
ロッキンドの顔を鷲掴む。
そのまま圧倒的膂力を見せつけ、氷坂に投げつけた。
背中を強打したロッキンドは血を吐く。
やがて氷坂から滑り落ちてきた。
戦意が高揚していた兵士達の顔がたちまち青くなる。
彼らだけではない。
勇者の参戦で盛り上がっていたルロイゼンの志願兵たちも、おののいていた。
あれほど苦戦した勇者2人を、一瞬にして無力化したのである。
「くふふふふふふふ……」
不敵な笑声が、戦場に絶望を降り注ぐ。
すると、突如爆煙が切り裂かれた。
煙の中から現れたのは、ダレマイルだ。
だが、様子が違う。
目が血走り、翼が赤黒く染まっている。
ロッキンドによって衣服が吹き飛ばされ、身体の隅々までさらすことになったが、その肌の色は、真っ黒だった。
「なに……。あれ…………」
エスカリナは絶句する。
ヴァロウはただダレマイルを睨んでいた。
その側で、メトラが口を開く。
「まさか…………。堕天…………?」
実はまだ作業が終わってなくて……(T-T)
ちょっと3日だと大変厳しいので、
しばらく4日1回更新になると思います。
よろしくお願いします。
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