第107話 作戦指示書
ヴァロウがメトラに持たせた作戦指示書の一部にはこうある。
人類軍本国リントリッドは、旧同盟領を包囲する作戦を選択するだろう。
東西からの二正面作戦を行うため、前線軍のいずれかの部隊を動かすと考えられる。
その数はおよそ4~5万。
二部隊を編成し、ルロイゼン城塞都市の戦力の100倍以上の戦力で挑んでくるものと思われる。
裏返せば、前線軍の戦力が削られることを意味する。
これは前線軍を突き崩す好機である。
おそらく人類軍はルロイゼン城塞都市から直線距離にして近く、もっとも南に位置するゼルザーン街道にいる第5、第7部隊を動かすと思われる。
よって、この動きを注視し、部隊が交代すれば、直ちに即応できるように準備を整えてほしい。
部隊を撃滅後は、魔王様を伴い第一師団はルロイゼン城塞都市へと向かい、我々と合流し、敵戦力殲滅のため合力されたし。
第二師団は引き続き、残り2つの街道の死守を。
兵数の多い第三師団は団を2つに分け、一方を第二師団とともに街道の防衛を。
もう一方、ゼルザーン街道付近の守りに務められたし。
第五師団は敵竜騎士部隊の動向を見ながら、第一師団とともにルロイゼンへと向かい、合力を願う。
この作戦が成功すれば、魔族は大きな戦果を生むことができる。
すなわち人類軍の戦力の分断である。
加え、我らが魔王様を人類圏に進めることは、長い魔族の歴史上においてなく、大変意義のあることはいうまでもない。
各師団長、各員の奮闘を期待する。
これは間違いなく、ヴァロウが60日前にメトラに渡した作戦指示書の内容の一部である。
つまり、ヴァロウは60日前――開戦していない状況から、今回の局面を予想し、対策を打っていたのだ。
◆◇◆◇◆
ヴァロウは3本の指をダレマイルに向けた。
「ダレマイル……。お前は3つの過ちを犯した」
「何?」
のっぺりとしたダレマイルの顔に、深い皺が刻まれる。
憤怒に赤く染まった肌の色が、さらに濃厚になっていった。
「1つは先ほどいったように、前線軍を徒に動かしたことだ。俺ならば、前線軍は動かさない。本国側から攻め、前線軍を壁として利用し、圧迫する。前線軍の位置にまで追い込んだ後、一気に俺たちを挟撃して、殲滅する」
もしくはシュインツ・ルロイゼン両城塞都市を包囲し、一切の手は出さず無力化する作戦もあった。
むろん、2つの作戦を採られたとしても、ヴァロウには対案があった。
だが、今回以上の被害が出たことは間違いない。
「2つめは前線軍特殊作戦部隊を援軍として要請したことだ」
その中でも、ヴァロウが恐れたのは、司令官シドラーナが愛して病まない火薬の力ではない。
単純に飛竜の機動力だ。
馬以上に機動力がある飛竜の行動範囲は広い。
翻せば、索敵範囲が広いということでもある。
現在、前線軍の戦場は主に狭い街道だ。
両脇が切り立った崖といった地形が多く、そのため前線軍特殊作戦部隊が得意とする空爆戦術を行えば、味方も巻き込まれる恐れがあるため、出番のない状況にあった。
飛竜の高度上限を超えた山が、魔族の本城ドライゼルを守るようにそびえており、空戦で活躍する場面もない。
完全な余剰戦力となった前線軍特殊作戦部隊は、各地に散らばり、哨戒任務や各地方都市の防衛に当たっていた。
現状、そのような状況であれば、ゼルザーン街道を突破しても、各地域で哨戒任務を行っている前線軍特殊作戦部隊に見つかってしまう。
だが、それをひとまとめにした阿呆がいた。
「そうだ。お前だ、ダレマイル」
「う……」
前線軍の余剰戦力だった前線軍特殊作戦部隊を再編成させ、このルロイゼン城塞都市の攻略の切り札として用意したのだ。
「各地で哨戒任務に当たっていた飛竜を一箇所に纏めてくれたおかげで、ゼルザーン街道を突破した魔族軍は、悠々と人類圏を横断できたというわけだ」
阿呆と罵るヴァロウだが、ダレマイルなら絶対に前線軍特殊作戦部隊を動かすと思っていた。
これはダレマイルだけではない。
人類軍の指揮官なら、誰でも考えるだろう。
制圧能力に優れた軍隊が、余剰戦力として留まっているのだ。
使わない手はない。
しかし、その心理すらヴァロウの読み筋であった。
「そして、3つめ!」
「ぬぅ! まだあるのですか!!」
ダレマイルはさらに怒りをため込む。
しかし、心なしか先ほどよりも顔色は薄い。
むしろ、血の気が引き始めているように見えた。
「お前がここに来たことだ」
「は?」
「わからないのか? やはり阿呆だな」
人類軍の作戦の本質とは何か。
その大元を辿れば、旧同盟領を東西から挟んだ大規模な挟撃作戦である。
この作戦においては、離れた場所を同時に攻撃することによって、相手の戦力を分散させることに利が存在する。
東と西から攻撃されれば、いくらヴァロウでも部隊を2つに分けざるえず、おかげでタダでさえ少ない戦力を、各都市に振り分けるしかなかった。
「しかし、お前は折角の挟撃作戦にもかかわらず、最終的にはルロイゼン城塞都市に戦力を集中させてしまった」
仮にダレマイルだけでもシュインツ城塞都市に残っていれば、人類軍の立て直しは計れたはずだからだ。
「シュインツ城塞都市が意外に手強いと思ったお前は、まず堅い勝利を得るために、こちらへとやって来たのだろう。このままで手ぶらで本国に帰ることになるかもしれないからな。1万足らずの戦力の敗軍の将となれば、いくらお前が上級貴族だとしても、肩身が狭かろう」
「だまれぇぇぇえええええええ!!」
ダレマイルは激昂した。
ピンッと翼を伸ばす。
憤怒と醜悪に歪んだ顔とは裏腹に、舞い散る純白の羽根は神々しいほど輝いていた。
戦場とは思えないほど、絵画的な背景が展開される。
その中で、ダレマイルの怒声が響き渡った。
「まだ! 我々は負けたわけではない!! 戦力はまだまだある。私が連れてきた本国軍も健在だ。観念するのは、魔族――いや、ヴァロウ! あなたの方ですよ!」
「ダレマイル……」
冷ややかな声が、ダレマイルの怒りを幾ばくか鎮めた。
1歩前に出たのは、魔王ゼラムスである。
「あなたの言う戦力とは、あのことですか」
指を差した。
その方向とはルロイゼン城塞都市がある方向だ。
今や堅牢な城壁だけを残す事になった都市に、煙がたなびいていた。
周囲の煙のおかげで、今の今までその異変に誰もが気付かなかったのだ。
「な! どういうことだ?」
ダレマイルは狼狽する。
その質問に、ドラゴランが大きく口を開けて答えた。
「くははははは……。お前が率いた手勢なら、すでに我ら第一師団が平らげたぞ」
「な、なんだと!! 我が手勢は、恐れを知らぬ狂戦士ばかりだぞ」
ヒステリックに叫ぶ。
一方、ゼラムスは瞳を閉じた。
散った兵士に対し、哀悼の意を捧げているようにも見える。
「可哀想な方たちでした。薬漬けにされ、神意によって魂を削られ、ただ戦うことだけを運命づけられた戦士たち……」
「だが、魂なき戦士など、我ら竜人の戦士の敵ではないわ」
ドラゴランは胸を張る。
ダレマイルが連れてきた1万の手勢は、ドラゴラン率いる第一師団1000名によって、駆逐されていた。
いくら人の心を亡くした狂戦士も、竜人の圧倒的な制圧力には、全く敵わなかったのである。
むしろ策を弄さない人形であったからこそ、竜人族の強みを存分に生かすことが可能になり、速効の戦果につながったといえるだろう。
「馬鹿な……」
空中で静止し続けていたダレマイルは、ふらりと体勢を崩す。
落下することはなかったが、ショックを受けていることは間違いない。
その顔も、青白くなっていた。
戦意が急激に下がっていく。
それでも天使たる威厳を取り戻そうと、ダレマイルは背筋を伸ばしたが……。
ドスッ!!
不意に目の前に影が通り過ぎていった。
何か生暖かいものが、ダレマイルの青白い顔にかかる。
手で触れると、指先にべっとりとした血がついていた。
「ひぃ! ひぃいいいぃぃぃぃいいぃぃいぃいぃ!!」
歪な天使の悲鳴が上がる。
大きく目を開け、汚らわしいとばかりに血を拭った。
そして、眼下を望む。
甲板の上に赤黒い血が広がっていた。
その中心にあったのは、人の上半身である。
すでに絶命を果たし、暗い瞳はちょうどダレマイルを見つめていた。
今にも死者が語りかけてくるのではないか。
妙な現実があった。
ダレマイルは唇を震わせ、呟く。
「し、シドラーナ」
間違いない。
前線軍特殊作戦部隊司令官にして、『薬師の勇者』。
シドラーナ・オッド・ロイゲンが戦死していた。
イメージとして、じわじわ真綿でダレマイルの首を絞める感じで書いてます。
※ 書籍化作業のため、1週間ほどお休みさせていただきます。
ちょっといいところだけに、申し訳ない!!




