第105話 霧の中にて……
少し前線のお話に飛びます。
魔王城ドライゼルは周囲を剣のような山々に囲まれている。
谷と複雑な地形によって、山を突っ切ることは不可能。
標高も高く、飛竜の限界高度を越えているため、空からの侵入も難しい。
ドライゼル城に行くには、3つ街道のうちのどれかを通るしかない。
北からムカベスク、デッラー、ゼルザーンと名付けられた街道のどれかを突破すれば、魔王城に至ることができる。
つまり、その3つの街道は、常に人類軍の前線であり、後のない魔族軍にとっては、絶対の防衛線であった。
ここ十数年においては、その街道内で一進一退の攻防が続いており、お互いが街道内に建築された要塞を取り合うことが続いていた。
その街道の1つ――もっとも南に位置するゼルザーンへと向かう道に、2人の騎兵の姿があった。
早馬を駆り、なるべく馬の負担を軽くするため、軽装を纏っている。
2人はいわば、伝令や斥候などを主とする騎兵だ。
昼夜を問わず走っていた騎兵たちは、突然手綱を引いた。
馬はぶるるっと唸りを上げる。
跨った騎兵は辺りを見渡した。
霧である。
白い羊乳のような霧が周囲に漂い、騎兵たちの視界を覆っていた。
騎兵たちは首を回し、辺りを窺う。
馬に休みを与えながら、何かを探していた。
「おかしい……」
「ああ。この辺りに展開しているはずだが……」
彼らが探しているのは、ゼルザーン街道に駐留する人類軍の第8、第11部隊である。
元々この辺りは、第5、第7部隊が陣を構えていた。
つまりは、『氷烈の勇者』レインと『爆滅の勇者』ロッキンドが指揮官を務める部隊である。
しかし、その2部隊は本国からの命令で、ルロイゼン城塞都市に向かった。
スライドする形で北から部隊配置がずれ、デッラーの守りを務めていた第8、第11部隊が新たにゼルザーン街道に駐留することになったのだ。
現在、前線は小康状態にあった。
最近、ムカベスク要塞が魔族に占領され、今その反攻作戦の準備をしていた矢先に、本国――正確には本国軍旧同盟領攻略部隊指揮官ダレマイルより、旧同盟領に向けて4万以上の援軍を求められたのだ。
前線軍としてはいい迷惑である。
相手はたかだか1万足らずの魔族軍だ。
それに対して、4万も送らなければならない。
前線軍は反攻作戦のために1兵でも欲しい時にある。
前線軍の指揮官たちが、渋い顔をしたのはいうまでもない。
さて、2人の騎兵の話に戻ろう。
彼らは街道ごとの駐留軍の情報伝達の要だ。
駐留軍は定期的に伝令を送り、頻繁に情報のやりとりを行っていた。
しかし、つい8日前ぐらいから、南のゼルザーン街道に駐留する第8、第11部隊からの定時連絡が途絶えた。
何度か魔法による通信や、使い魔を飛ばした音沙汰無し。
おかしい、と感じたデッラー駐留軍指揮官は、様子を確認するため、2人の騎兵を派遣したというわけだ。
指揮官の予想は当たる。
第8、第11部隊が布陣している場所に、人はおろか鼠1匹いなかった。
陣が立てられたと思われる痕跡すらない。
陣地を変えた可能性はあるが、そのような報告は聞いていなかった。
「しかし、すごい霧だな」
「この辺り特有の霧だそうだ。昔、ここに来た時にレイン様に教えてもらった」
「こんな霧の中で奇襲でも受けたら最悪だな」
「それはなかろう。こんな霧では相手だって――ッッッ!!」
「どうした?」
「シッ!」
騎兵の1人が唇に指を当てる。
手話で状況を伝えた。
何か音が聞こえたらしい。
2人はゆっくりと下馬した。
馬の蹄の音が大きすぎる。
長い距離を走ったため、いまだ興奮状態にあった。
2人の騎兵は槍を構えたまま進む。
周囲に視線を巡らすも、やはり霧のせいで視界は0だ。
頼りになるのは、音だけである。
からり……。
2人の騎兵は同時に止まった。
やはり音が聞こえた。
乾いた木の枝を打ち鳴らしたような音。
もしくは、原始的な打楽器の音にも聞こえる。
からり……。
からり……。
からり……。
音は次第に近づいてくる。
すると、霧の中でぼうと何かが光った。
まるで魂魄のようにゆらゆらと揺れ、2人の騎兵の方へと近づいてくる。
「なんだ、あれは?」
1人が息を呑む。
「ひっぃいいぃぃいぃぃいいぃぃ!」
もう1人は悲鳴を上げた。
振り返った時、もう1人も叫ぶ。
2人の騎兵の前に映っていたのは、無数の光だった。
すると、一陣の風が街道を通り抜ける。
瞬間、霧のヴェールが剥がれた。
騎兵たちの前に現れたのは、無数の骸骨だった。
「「あ、アンデッド!!」」
ほぼ悲鳴に近い叫び声が上がる。
2人の騎兵を囲んでいたのは、アンデッドだった。
武装をし、骨を鳴らし、肉が爛れながら、うめき声なのか吠声なのかわからない声を上げ、騎兵たちに近づく。
その数は優に1000……いや、もっといるかもしれない。
「な、何故、こんなところにアンデッドが…………痛ッ!」
何かに躓き、1人の騎兵が尻餅を付く。
「何をやってんだ! 逃げるぞ!」
「す、すまない!」
もう1人が手を差しだし、助け起こす。
だが、手を引いた瞬間、もう1人は固まった。
地面を指差す。
そこに合ったのは人の骸だった。
腐敗が始まっており、死後数日といったところだろう。
死骸といっても様々だ。
かなりの熱を持って、丸焼きにされた焼死体。
四肢が四散したもの。
肉や骨、あるいは脳髄を飛散した無残な死体も存在する。
それはまるで、高い所から落とされたような傷痕だった。
1つ共通しているものがあるとすれば、恰好だろう。
総じて武具を纏っている。
その1つに、どこかの家の紋章が刻まれていた。
側には人類軍の旗の切れ端と思われるものもある。
慌てて、もう1度周囲を窺った。
今まで気付かなかったが、無数の死体が転がっている。
それもみんな、人類軍だ。
「おい! これ、もしかして第8、第11部隊の――――」
「いや、それだけじゃない」
「え?」
尻餅を付いた騎兵は、恐る恐る腕を上げる。
指をアンデッドたちがいる方へと向けた。
「その死体だけじゃない」
「まさか――――ッ!」
「ここにいるアンデッド全員が、元々人類軍だったヤツらなんだ!!」
騎兵が叫んだ。
そう。
よく見ると、アンデッドが装備する武装も、官級品のものばかりだった。
中には、人類軍の紋章が刻まれた盾を持っているものもいる。
「とにかく馬まで突っ切れ!!」
「お、おう!!」
騎兵たちは死体で埋め尽くされた草地を走る。
置いてきた騎馬の方へと走った。
「くそ!」
「この!!」
アンデッドたちをなぎ倒す。
騎兵たちは強かった。
戦地では、単独で斥候を行うこともある。
それなりの手練れでなければ、任務は務まらない。
槍の柄を振るい、アンデッドたちを薙ぎ払っていく。
「こいつら、弱いぞ」
「ああ! これなら――」
その時、彼らの頭上が暗くなる。
ザザッと長いローブをなびかせ、2人の騎兵の上を飛んでいく。
軽やかに着地すると、行く手を阻んだ。
明らかにアンデッドとは様子が違う。
それに背が低く、目深に被ったフードの奥から白い髪が垂れていた。
まるで騎兵たちの馬を人質にでも取るように待ちかまえている。
「なんだ、こいつ。雰囲気が違うぞ!」
「だが、あと少しだ! この情報を何としてでも本隊に……」
1人の騎兵が槍を構え、突撃していく。
間合いを侵略すると、最高のタイミングで突きを放った。
速い。さすがは鍛えられた前線軍の騎兵といったところだろう。
空気を斬り裂き、その突きは謎の人物に吸い込まれていく。
ジャッ!
だが、騎兵の槍はわずかにローブの切り裂くだけだった。
相手はギリギリを見切ると、さらに騎兵との距離を詰めてくる。
ローブの奥から剣を抜き、剣線を閃かせた。
「あっ……」
噴水のように騎兵の首から血が舞う。
どぉ、とその場に崩れ落ちた。
「き、きさまぁぁあああ!!」
仲間の死に騎兵は恐れるどころか憤激する。
槍を強く握り、先ほどと同じく槍を突いた。
すると、ローブの人物はとんっと涼やかな音を鳴らし、宙を舞う。
そのまま突き出した槍の柄の部分に降り立った。
残った騎兵は顔を上げる。
目深に被ったフードの奥に、女の顔が見えた。
山猫のようなライトブラウンの瞳と目が合う。
あっ――と、騎兵は口を噤んだ。
その目に覚えがあった。
「そんな……。まさか――。お前は、2年前に死ん――――」
瞬間、騎兵の首は宙を飛んでいた。
くるりと1回転すると、麻球のように転々と転がる。
その肉に、多くのアンデッドが群がり、貪る音が戦地に響いた。
その様子を冷たいライトブラウンの瞳が見ていた。
「今、ここの状況をお前たちに知られるわけにはいかないのだ」
もう1度フードを被り直し、剣を鞘に納めると、女はアンデッドとともに、濃い霧の中に消えるだった。
まさかあのキャラが……!?
需要があれば、また再登場願いたいところです。




