第101話 四面楚歌
『ゼロスキルの料理番』、ヤングエースUPで好評配信中です。
おかげさまで、応援ランキング3位に入りました。
読んでいただいた方ありがとうございますm(_ _)m
「やった!」
甲板上で声を上げたのは、エスカリナだった。
緑色の瞳には、赤い炎が狂い咲いた薔薇のように映っている。
黒煙が上がり、空を覆い尽くした。
そして、ヴァロウもまたヘーゼルの瞳で睨む。
シドラーナに向けて撃ったのは、花火などではない。
火薬と固形に油を混ぜて、爆発の威力ではなく、周囲に炎を放つことに特化した焼夷弾である。
その炎もさることながら、焼夷弾の恐ろしいところは、周囲の空気を一瞬にして食い尽くすことだ。
さらに燃え上がり、生まれた黒煙は人間、飛竜問わず、その心肺機能を直撃した。
炎から免れた竜騎士たちも手綱を引き、 激しく咳き込んだ。
ヴァロウは手を緩めない。
「次弾装填! 撃て!!」
自ら砲台を指揮する。
轟音とともに次弾が放たれた。
真っ直ぐ前線軍特殊作戦部隊が制圧する空へと向かっていく。
その威力におののいた竜騎士たちは慌てて、竜頭を翻す。
撤退しようにも、焼夷弾の弾速の方が速い。
ただでさえ指揮官を失った直後なのだ。
命令伝達に乱れが生じる。
当たる――。
「ぎゃああああああああああ!!」
竜騎士たちの悲鳴が響いた。
だが――。
どぉぉおおおおぉおぉおぉぉおぉおぉおおぉぉおぉ!!
爆発音が響き渡る。
着弾したかに見えたが、敵前線軍特殊作戦部隊に当たる前に炸裂した。
炎が一部の竜騎士を飲み込んだが、被害は軽微に終わる。
しかも、ほぼ進行方向に舞い上がる炎が別の方向へと燃え広がっていた。
「おかしい……」
ヴァロウは目を細めて、背後を見る。
砲弾を装填した民が、ヴァロウの眼光を見て、ビクリと振るわせた。
ヴァロウは特に何も言わない。
作業に問題があったのようには見えなかった。
そもそもあの焼夷弾の起動は手動だ。
信管には、以前ヴァロウがラングズロスを破壊した時の遠隔装置が付属されている。
自分の眼で見て、任意の場所で炸裂させるように仕込んでいたのだ。
それが、その前に爆発した。
何か問題があったとしか思えない。
「ヴァロウ! あれを見て!!」
エスカリナは岸の方を指差す。
そこにいたのは、『爆滅の勇者』ロッキンドだった。
その顔は上を向いている。
どうやら、ロッキンドが焼夷弾を打ち落としたらしい。
しかし、人類の反撃はこれだけではない。
次に『氷烈の勇者』レインが進み出る。
手を海に突っ込むと、一瞬にして凍てつかせた。
真っ白な氷が戦艦が浮かぶ場所まで到達する。
陸地から戦艦まで白い氷原ができあがった。
「舵が利かない!」
操舵手が悲鳴を上げる。
さらに氷は船体にまとわりつき、その身動きすら止めてしまった。
レインが槍を構えると、「行け」と合図を送る。
前線軍第5部隊の残兵12000が、一斉に氷上を滑り出した。
ルロイゼン戦艦部隊に迫る。
「ヴァロウ!」
エスカリナが慌てた声を上げる。
だが、ヴァロウの表情はいつも通りだ。
冷静に指示を出す。
「艦砲用意!」
戦艦の腹の部分から、砲門が突き出す。
迫り来る前線軍に砲口を向けた。
用意が整うと、合図を待つ。
「放て!!」
ヴァロウは叫んだ。
艦砲が火を噴く。
残った2隻の戦艦から、砲弾が発射される。
空気を切り裂き、戦前軍第5部隊に襲いかかった。
どぉん、と轟音が氷原を震わせた。
「あ!」
エスカリナは声を上げた。
ヴァロウも眉間に皺を寄せる。
開戦して初めて表情が濁らせた。
放たれた砲弾が、第5部隊に直撃する前に爆発したのだ。
そのまま第5部隊は爆風こそ浴びることになったが、氷原で華麗に舞うと、怯むことなく戦艦の方に向かってくる。
ヴァロウは今一度岸にいる勇者を見ていた。
ヘーゼルの瞳に収まっていたのは、ロッキンドだ。
今度は、こちらの砲弾を『爆滅の勇者』の力を使って、壊したらしい。
高速で打ち出される砲弾すべてである。
「次弾用意!! 装填と同時に、合図を待たず撃て!」
ヴァロウの指示通り、艦砲は連続発射する。
だが、撃てたのは精々2回ぐらいだ。
艦砲には、どうしても冷却時間が必要となる。
いくら連射指示が出ても、タイミングを見誤れば暴発の危険性があるのだ。
ロッキンドはその2回の砲撃をすべて防ぐ。
というより、艦砲そのものを攻撃した。
加えて、氷がまとわりついていて船が動かせず、ルロイゼンの戦艦は射角が取れなくなっていた。
砲弾の照準が付かず、撃っても仕方がないという状況になる。
「来た!!」
エスカリナは甲板上から下を見く。
第5部隊の姿があった。
くるくると縄を回し、放り投げる。
縄の先には鉤爪がついていて、船縁に食い込んだ。
「乗り込もうとしているわよ!!」
エスカリナは叫ぶ。
爪のついた縄を細剣で切った。
だが、次々と甲板に鉤爪付きの縄が放り込まれる。
「砲塔をしまい、砲窓を閉めろ! 敵が入ってくるぞ!!」
ヴァロウは指示を出す。
すると、側にあった対空用の焼夷弾を拾い上げる。
スタスタ、と船の縁へと向かった。
「ヴァロウ、どうするの?」
「こうするのだ!」
カン、と蹴り出す。
焼夷弾が落下すると、真下の氷原に転がった。
その瞬間、ヴァロウは起動する。
ごふぅぅうう!!
爆炎が上がる。
たちまち下にいた第5部隊に炎が襲いかかった。
粛々とルロイゼン戦艦に向かっていた兵たちから、たちまち悲鳴を上がる。
驚いたのは、敵兵たちだけではない。
「ちょっ! ヴァロウ! 船体まで燃えちゃうでしょ!」
エスカリナはクレームを入れた。
事実は炎は側の船体にまで迫り、一部は燃え始めている。
「どうせ今のままでは動けない。動けない船に価値はない」
「そうだけど……」
「つべこべ言うな! ここにある焼夷弾を全部使うぞ!!」
「ぜ、全部!!」
「エスカリナ、指揮を頼む」
「え? え?」
一体何が起こっているかわからない。
戦場の展開の速さと、ヴァロウの思考にいよいよ聡明なエスカリナすら対応できないようになっていた。
だが、その時だった。
どぉおおおぉおぉおぉおぉおぉおぉおおおおおんんん!!
轟音が今度は空から響く。
エスカリナが顔を上げた時、船檣の上の空は真っ黒になっていた。
飛竜だ。
前線軍特殊作戦部隊が再び飛来したのである。
爆弾を落とすと、戦艦の船檣や横帆を吹き飛ばしていく。
ストームブリンガー!!
ヴァロウは魔法剣を放った。
圧縮された嵐が、空にいる飛竜と竜騎士を貫く。
だが、反撃を読んでいたのだろう。
青白い魔力光を確認した瞬間、飛竜たちは散開する。
被害を最小限度で収めると、旋回して再び爆弾を落としていった。
たちまち甲板上は火の海になった。
「あ!」
エスカリナは気付く。
炎が甲板上にあった焼夷弾に迫った。
(そうか! だから、ヴァロウは全部って!!)
エスカリナは手を伸ばす。
その時、再び爆発が轟いた。
戦艦の帆柱が大きく傾く。
巨大な影が、エスカリナに迫った。
「きゃああああああああ!!」
思わず悲鳴が上がる。
その時だった。
「おらぁ!!」
気勢が聞こえた。
帆柱を鋼鉄のこん棒で弾く。
そのまま縁の方へ飛ばされると、侵入してきた第5部隊を巻き込んだ。
人間が何十人といても、持ち上げられない帆柱を一撃で弾き飛ばした。
およそ人の力ではないが、やはりそれは人ではなかった。
「ザガス! 助けてくれたの?」
「ふん。別に……。ただお前がいないと、うまい飯がくえねぇからな」
「ふふ……。ありがとう」
「礼なんていらねぇよ。それよりも、マジでうまい飯が食えなくなるかもな」
「え?」
ザガスとエスカリナは周りを見る。
周りが火の海だ。
甲板の周りは爆風で吹き飛ばされ、あちこちに穴が開いていた。
当然、ルロイゼンの志願兵たちも倒れている。
すでに死んでいるものもいた。
「みんな!!」
悲鳴を上げる。
ヴァロウたちがルロイゼン城塞都市を治めるようになってから、初めての犠牲者だった。
エスカリナの胸が締め付けられる。
一瞬、脳裏によぎった。
自分の選択は間違っていたのではないか、と。
ヴァロウと手を組まず、人類軍に受け入れ、迎合した方が民は幸せだったのではないか、と。
「いや、違う! そんなことはない!!」
エスカリナは自ら己を奮い立たせる。
ヴァロウと手を組んだのは、間違いなんかじゃない。
あのまま人類軍を受け入れれば、またルロイゼン城塞都市は地獄に舞い戻るだけだ。
もう2度、民に絶望した顔を見せたくない。
たとえ、今ここで犠牲が出たとしても、退避させている民やこれから生まれてくる子どもの笑顔のためにも。
「わたしは戦う!」
エスカリナは細剣を突き立て、自らの力で立ち上がる。
「はは……。どうやって、戦うんだよ、娘?」
「そんなことは知ったことないわ!」
「は?」
「でも、この状況を覆すことができる人を、わたしたちは知っている」
空は飛竜。
地には多くの兵士と、勇者が迫る。
空・地の同時挟撃作戦。
前線軍の誰が考えたかは知らないが、その作戦は見事にはまっていた。
いや、そもそも戦力的に無理があった。
こっちにいるのは、駐屯兵200と、操舵と艦砲のために残った男手200人弱である。
対するは、向こうは3万。
中には3人の勇者がいる。
実質、6万の兵に400足らずの兵が歯を食いしばって善戦していたのだ。
勝てるわけがない……。
だが、こうなることは最初からわかっていた。
それでも戦うと選択し、民を鼓舞したものがいる。
そして、その者はまだ生き残っていた。
炎が渦巻く甲板の上に、いまだ佇んでいる。
「ヴァロウ……」
エスカリナは声をかける。
すると、ヴァロウは燃える炎の中で微笑んだ。
「心配するな……。この戦は始めから――――」
俺の手の平の上だ……。




