第100話 前線軍特殊作戦部隊
「来たぁ!」
船縁に乗り上げるように持たれたエスカリナが叫ぶ。
緑色の瞳に映ったのは、竜騎士たちの大部隊である。
飛竜がやや薄雲が覆う空を埋め尽くしていた。
「この世の終わりね」
巨大な蝙蝠のように見える飛竜の大部隊を見て、エスカリナは息を飲み込む。
一方、ヴァロウの表情は変わらない。
ヘーゼル色の瞳には、確かに竜騎士の大部隊が映っていたが、怯む様子はない。
「総員戦闘配備」
という言葉にも、少しの淀みもなかった。
その冷静な声が浮き足立とうしていた駐屯兵や、領民の中から募った志願兵たちの心を冷ました。
皆が落ち着いた様子で、所定位置に着く。
頼もしい指揮官に、エスカリナは一瞬微笑んだ後、己も配置についた。
「総員傾注……」
すると、珍しくヴァロウが戦いの前に声をかける。
「この一戦が、ルロイゼン城塞都市の生死を分ける分水嶺になるだろう。だが、心配するな。昨夜、指示した通りに各々が動けば、負けはない……いや、我々は勝利できるだろう。魔族を信じろとはいわん。ただ……そうだな」
この軍師ヴァロウを信じよ……。
エスカリナは思わず金髪を乱して振り返った。
一瞬……。
そう一瞬だけ聞こえたのだ。
1度だけ出会った。
あの王宮の中庭で堂々と紅茶を飲んでいた軍師とヴァロウの声が重なったのである。
「ヴァロウ……。あなたはやはり――――」
いや、それ以上は何も言うまい。
エスカリナは前を向いた。
戦いに集中する。
そうだ。今は生き残ることが何よりも優先される。
確かめるのは、その後にすればいい。
そして、エスカリナは細剣を抜いた。
◆◇◆◇◆
シドラーナは愛竜の腹を蹴った。
瞬間――。
『ギィイイイイイイイイイイイイインンンンンン!!』
愛竜が甲高い声を上げて嘶く。
それに呼応するかのように、他の飛竜も嘶いた。
空中で銅鑼のように響き渡る。
前線軍特殊作戦部隊の攻撃開始の合図だった。
ややロールしながら、高度を落とす。
ルロイゼン軍の戦艦に迫った。
「さあ、悪魔どもよ。私の火薬を与えよう」
投下――。
シドラーナの指示が飛ぶ。
第1陣がルロイゼン軍の戦艦の直上に迫ると、竜騎士たちは竜の腹に巻き付けていた爆弾を投下した。
風切り音を鳴らし、艦に迫る。
ドォオオオオオオオオンンンン!!
爆弾が破裂した。
それも1つや2つではない。
無数の爆弾が、戦艦に投下され、炸裂する。
飛竜1体に付き、取り付けられている爆弾の数は10個だ。
その1発自体が大きく、密集隊形の重装騎士をあっさりと葬る。
前線軍特殊作戦部隊の戦術はこうである。
圧倒的な爆装を持って、地上を蹂躙。
その後、地上を制圧、もしくは空の脅威に備えるのである。
非常にシンプルで捻りがないが、この戦術の考案によってシドラーナは勇者となり、数々の戦功を上げてきた。
そして、その必勝の策はヴァロウが率いるルロイゼン軍にも効果を示す。
「ふはははは! どうだ、悪魔ども! 私の火薬。爆弾は! 痛いだろう? 教えてやろう、悪魔たち。この世は火薬なのだ。火薬こそがすべてなのだよ!」
シドラーナは空の上で大笑した。
すでに勝利を確信しているらしい。
第一陣の数はおよそ500。
優に5000個の爆弾を浴びたのである。
大きな戦艦も木っ端微塵になったはずだ。
だが――――。
「ん?」
シドラーナは気付く。
思ったよりも爆煙が近いのだ。
濛々と上がる煙の中で、青い閃光が走った。
「いかん! 総員散開しろ!!」
シドラーナは叫ぶ。
自らも愛竜の腹を蹴って、敵戦艦上空から離れた。
次瞬、それは煙を切り裂き、現れる。
ストームブリンガー!!
裂帛の気勢と共に、その嵐は放たれた。
前線軍特殊作戦部隊を貫き、さらに薄雲を払う。
目映いばかりの青空が顔を覗かせた。
まるで、青白い閃光が呼び込んだかのようだ。
「あっぶねぇ!!」
シドラーナはホッと胸を撫でる。
本当に危なかった。
ロッキンドとレインが手こずったという対軍魔法だろう。
威力こそ抑えられているらしいが、空であれを受けると、洒落にならない被害が出る。
現に戦艦のもっとも近くにいた第一陣は、直撃こそ避けることができたものの、ストームブリンガーによって発生した突風に煽られ、海に没していった。
一方、敵側の魔法のおかげで戦艦を覆っていた煙が晴れる。
「なっ!!」
シドラーナは思わず声を上げた。
戦艦はほぼ無傷だ。
畳まれた横帆すら燃えていない。
「さっきの魔法で全部薙ぎ払ったのか!?」
シドラーナは唇を噛むと、やや苛立たしげに叫んだ。
「くそ! 次だ! 第2陣!!」
指示通り、第2陣が戦艦の直上へと向かう。
報告ではストームブリンガーには溜めが必要だ。
その間隙を縫えば、攻撃することは難しくない。
シドラーナは念には念を入れる。
「第3陣も続け! 我々の火薬を注いでやるのだ!!」
第2陣が爆弾を投下すると、さらに第3陣が投下する。
およそ1万発の爆弾が、ルロイゼン軍戦艦に降り注いだ。
いくらストームブリンガーの威力は強くとも、1万発の爆弾をすべて打ち落とすのは難しい。
「今度こそ終わりだ、悪魔ども!! 私の火薬に溺れるがいい!!」
シドラーナは絶叫する。
だが、再び信じがたい光景をその目に焼き付けることになる。
突然、海上に渦が巻いた。
その瞬間、渦が伸び上がり、水柱が立ち上る。
振ってきた爆弾を飲み込むと、あっさりと無力化してしまった。
すると、海の中が暗くなる。
現れたのは、リヴァイアサンだ。
海流を操る伝説的な魔獣が、牙を剥き、空の前線軍特殊作戦部隊を睨んでいた。
「リヴァイアサンだと! 不発! 不発不発不発不発!! なんだ、今のは? どうして、お前たちは私の火薬を拒否するのだ!!」
空の上で、再び絶叫した。
そこに穏やかな司令官はいない。
悪鬼に取り憑かれた――ただの火薬狂いがいるだけだった。
ならば、とシドラーナは声を張り上げる。
「全騎! 突撃!! ヤツらを骨まで吹き飛ばせ!!」
全隊突撃を命じる。
自ら先頭に立ち、竜騎士たちを鼓舞した。
「火薬を! 火薬を! 火薬を! 火薬を! 火薬を! 火薬を! 火薬を!」
悪魔に火薬を!!
シドラーナは叫んだ。
一直線に敵戦艦に向かっていく。
それはもはや突貫を思わせた。
「シドラーナ様! 敵艦に動きがあります。砲塔がこちらに!!」
部下から指摘されて、シドラーナは敵甲板を見つめる。
移動用の砲台が準備され、その砲口が突撃してくる前線軍特殊作戦部隊に向けられていた。
シドラーナはすぐに気付く。
おそらくあれが『竜王』バルケーノを苦しめたという花火というヤツだろう。
閃光と熱で、飛竜の感覚を惑わせる兵器だと聞いている。
シドラーナはそれを見て、奥歯をぐっと噛みしめた。
「それがどうだというのだ! 花火は火薬! すなわち火薬! 私ほど火薬を愛し、愛された男はいない! 臆するな! 信じろ! 我らが火薬への忠誠を試される時だ!!」
もはや訳がわからない。
シドラーナの言葉は、前線軍特殊作戦部隊が立ち上がって以来、感情的でかつ支離滅裂なものになっていた。
火薬を拒否され、すでに常軌を逸していた……いや、とっくの昔に逸していたのかもしれない。
他の竜騎士たちが手綱を引く。
指揮官の命令に背き、空中で停止する。
シドラーナだけが、戦艦に向かっていった。
瞬間、甲板から1発の砲弾が放たれる。
シドラーナの愛竜をかすめるように軌道を描く。
やがて、その背後で炸裂した。
空の上で大輪の花が咲く。
ただそれだけのことだ。
その火薬の美しさを確かめるため、シドラーナは振り返る。
火薬が炸裂した姿を見て、シドラーナは泣いた。
「美しい……」
それは大輪の花などではない。
猛毒を宿した赤い薔薇。
つまりは、炎だった。
空の上で燃え広がる。
もちろん、花火などという生やさしいものではない。
だが、それを見ながら、シドラーナはただただ涙した。
瞬間、シドラーナの愛竜に付いた爆装に火が引火する。
真っ白い閃光を浴びた時、ようやくシドラーナは事態を理解した。
「へっ?」
どぉぉおおおぉおおおおおぉおぉおおおぉおぉおおおおんんんんん!!
爆音が空中に響き渡るのだった。




