第99話 薬の勇者
「ちょっと! 何よ、あの飛竜の数は!?」
エスカリナは絶叫した。
空が黒くなるほどの飛竜を見て、息を呑む。
前線軍特殊作戦部隊の姿は、沖に停泊する戦艦からも見て取れた。
ざっと数えても、3000騎以上はいる。
竜騎士の部隊では異例の数だろう。
「あれが前線軍特殊作戦部隊か……」
「何、その物々しい名前は?」
「端的にいうなら、破壊のスペシャリストだ」
「破壊のスペシャリスト? 怖すぎるわよ、その異名」
「ヤツらなら、ほんの数刻もあれば、うちの戦艦部隊を破壊することができるだろうな」
「簡単に向こうの敵を褒めないでよ。ここにはルロイゼンの領民が乗艦しているのよ」
「わかっている。だから、非戦闘員は先に撤退をさせておく。ペイベロ……」
「はい」
ヴォロウが名前を呼ぶと、ペイベロは穏やかに微笑んだ。
「そちらの指揮はお前に任せる」
「大役ですね。わたくしでよろしいのですか?」
「お前以外に、船の指揮を任せられる者がいない」
「なんだ。消去法ですか……」
「残って戦いたいなら、止めはしないぞ。男手は1人でも欲しいところだからな」
「残念ながら、この身は金貨1枚しか持てない柔な身体でして」
「ふん……。頼むぞ」
「ヴァロウ様」
「なんだ?」
「ご武運を……」
「心配するな。常に勝利の女神は俺たちの側にいる」
「それはもしかしてメトラ様のことですか?」
「そう言うことだ」
「畏まりました。合流はいつ頃に?」
「戦闘が終わったら、こちらから迎えに行く。案ずるな、3日以内には迎えにいく。ただもし、それ以降迎えがなければ……」
「なければ?」
「お前に任せる。民のために最善を尽くせ。俺からはそれしか言えん」
「それって投げやり過ぎませんか?」
困った表情を浮かべ、ペイベロは肩を竦めた。
「軍師が死んでは、策を与えることもできない。残ったものに後を託すしかない」
ヴァロウは自らの口から出た言葉を噛みしめた。
そう――死んでは意味がない。
自分の死後のことは、ある程度の予測は付く。
いくつか対応する事柄も出てくるだろう。
だが、人心というのは移ろいやすい。
もし、ヴァロウの死後、その予測に則し、人を動かせるなら、今のような世の中にはなっていなかったはずである。
結局、残った者に託すしかないのだ。
ヴァロウはそうしてきた。
残った者として、死んでいった人間や魔族の無念を果たそうと、今も必死に頭を回転させ、難局を打ち破ろうとしていた。
ペイベロはヴァロウの言葉にその意味以上の重みを感じたのかはわからない。
ただ丁寧に頭を下げて、その場を後にした。
「エスカリナ……。お前は――」
「いやよ! わたしは残るわ」
そういうと、エスカリナはドレスを脱ぎ始めた。
「じゃーん!」
自ら効果音を叫び、盛り立てる。
絹の下から現れたのは鎧だった。
腰には細剣を差している。
長い金髪を括り上げ、エスカリナは一騎の姫騎士に変身した。
出会った頃と同じ恰好だ。
「どう?」
くるりと回った。
ヴァロウは無表情だ。
しかし、エスカリナの恰好を見て、乗船していた領民は沸き上がった。
「おお!」
「姫騎士エスカリナ様だ」
「エスカリナ様自ら戦うのか」
「負けてはいられないな!」
「おれたちも頑張るぞ!!」
「「「「おおおおおおおおおおお!!」」」」
駐屯兵や、船艦の操舵を担当する領民は拍手や声を上げる。
その声を聞いて、エスカリナは手を振って、応えた。
「どうよ? ヴァロウ」
ニヤリと笑う。
ヴァロウは、やれやれと息を吐いた。
「心配するな。お前を下ろすことは最初から考えていない」
「なんだ、つまんない。意地でも残ってやろうって思ってたのに」
「お前が、そういうヤツだということは、折り込み済みだ」
「さすがは、ヴァロウ。よくわかってるじゃない。前線軍だか、特殊部隊だか、破壊のスペシャリストだか知らないけど、来るなら来てみなさい!」
エスカリナは細剣を抜き、空にいる飛竜の方へと向けた。
すると、1匹の人魚が戦艦の方へやってくる。
その頭にはスライムが載っていた。
ヴァロウのところにやってくると、敵の内情について報告する。
今やスライムは第六師団にはなくてはならない諜報部隊として、戦場を嗅ぎ回っていた。
ヴァロウによって調教されたスライムは、数字や文字版を駆使しながら、前線軍の状況について説明する。
必死にアメーバ状の部分を動かす姿は、もはや愛らしさすら感じるのだが、もたらされた情報は、穏やかなものとはほど遠い。
前線軍にシュインツ城塞都市を攻撃していた本国軍が加わったという。
その数はおよそ1万。
前線軍の残りが13000。
加えて、援軍は5000。
28000の兵が、岸の上にいるということになる。
当然、ロッキンド、レイン、2人の勇者も健在だ。
先ほどまで、エスカリナの戦装束を見て、沸き立っていた駐屯兵や領民も、言葉を失っていた。
ルロイゼン城塞都市を犠牲にし、必死になって敵の戦力を削り取ったのに、まだ自分たちの10倍近くの兵がいる。
考えるだけで、胃が痛くなった。
1、2にも戦場を好むザガスですら、表情を引き釣らせている。
しかし、ヴァロウは違った。
甲板においた地図に駒を置いて、スライムから聞いた情報を纏める。
やがて一言呟いた。
「勝ったな……」
「え?」
エスカリナは目を広げる。
その言葉は領民の耳にも入っていた。
ヴァロウは振り返る。
ニヤリと口角を上げた。
条件は揃った。この戦場は、もはや俺の手の平の上だ。
◆◇◆◇◆
「さて、行きますか……」
前線軍特殊作戦部隊司令官シドラーナは、愛竜に跨がった。
親指を立て、他の竜騎士に合図を送る。
すると、一斉に飛竜が嘶き、大きく翼を動かした。
猛烈な爆風が炸裂し、ダレマイルの黒衣を揺るがす。
「シドラーナさん、打ち合わせ通りにお願いしますよ」
ダレマイルは笑顔でシドラーナを送り出す。
対して、シドラーナはダレマイルの後ろに控える2人の勇者を見た。
瞳に生気がない。
まるで背後霊のように立ち、ダレマイルの側に控えていた。
「シドラーナさん?」
「失礼。なんでもない。打ち合わせの件は承った。俺たちにとっては、いつも通りだ。任せてくれればいい」
「さすがは前線軍唯一の特殊作戦部隊司令官。頼もしいですね」
「では――。後で、陸で会いましょう」
愛竜の腹を蹴る。
すると、まるで大砲で打ち出すように空高く舞い上がった。
その姿を見て、ダレマイルの表情から笑みが消える。
「食えない男ですね。いくら私の香をかかせても、彼の心を掴むことはできませんでした。さすがは――」
『薬師の勇者』といったところでしょうか……。
シドラーナ・オッド・ロイゲンは史上もっとも遅く勇者として任命された勇者である。
何故なら、彼には風を操る能力も、一睨みで物体を壊す能力も、触れるだけで物体を凍らす能力もなかった。
そもそも特殊な能力を持たない――元は平凡を絵に描いたような凡人だったのである。
では平凡な竜医だった彼が、何故『薬師の勇者』と呼ばれるようになったのか。
それは異名通り、膨大な薬の知識に因るものだ。
そして彼の知識は、人間を癒やし、あるいは殺すための薬だけに留まらない。
火の薬――つまり、火薬を扱うことにも長けていた。
若くして竜医として戦場に出るように彼は、まるでそれが運命だったかのように火薬の魅力に取り憑かれていく。
その熱意は上層部すら動かし、前線軍特殊作戦部隊の司令官にまでなった。
だが、シドラーナの熱意は終わりを見ない。
もっともっと火薬の素晴らしさを世界に広める。
そのためにどんな過酷な戦場にも赴いた。
そして、等しく敵に火薬をばらまいてきたのである。
ダレマイルは『薬師の勇者』故、シドラーナは自分の薬が効かないと思った。
しかし、それは大きな間違いである。
何故なら、シドラーナにとっての神は『火薬』であり、常人としての意識をなくした狂戦士だったのだ。
今日も竜に跨がりながら、火薬が詰まった爆弾の匂いを嗅ぐ。
まるで恋人のうなじの匂いを確かめるように鼻を火薬に近づける。
恍惚とした顔は、魔薬を決めたかのようだ。
部下が合図を送ってくる。
眼下には、すでに魔族軍の戦艦の姿があった。
「さあ、今日も教えてやろうじゃないか、悪魔共に!」
私の火薬を……。悪魔に火薬を……!




