第98話 最悪の援軍
この話をもちまちて、100部達成となりました。
ここまでお読みいただいた方、ありがとうございます。
引き続きよろしくお願いします。
ロッキンドとレインが氷原から退却してから、7日目の夜が経過しようとしていた。
戦況は膠着している。
1度、ロッキンドとレインは空になったルロイゼン城塞都市を占領しようと試みるも、失敗に終わった。
原因は洋上の戦艦だ。
常にルロイゼンの状況に睨みを利かせているらしい。
城塞都市に侵入しようとした第5部隊に向かって、容赦なく艦砲の雨を降らせた。
おかげで第5部隊はさらに数を減らし、気がつけば13000になっていた。
数の上では、まだ勝っている。
が、領民合わせても3200の戦力に、およそ27000の兵を削られたことになる。
歴史的に見ても、前例のない大敗だった。
しかし、結果的に見れば、相手を洋上に追い込んだことにより、ルロイゼン城塞都市を無力化したといってもいい。
ある意味、魔族を追い払ったといえるだろうが、誰もこれが勝利だとは思っていなかった。
しかし、相手は洋上である。
攻め手はない。
レインの能力で海を凍らし、無理やり陸地戦に持ち込んだとしても、艦砲で狙い打ちされることは必定だ。
度重なる敗退。さらに見たこともない奇策。
兵の士気も下がるばかりだった。
そこでロッキンドとレインは、最前線軍司令部に現在の戦況を伝えた。
叱責はもちろん、退却を指示されるかと思ったが、司令部の考えは違った。
『援軍を送る』
短文の司令書を見て、2人の勇者は顔を見合わせた。
そして早ければ、今日の夜にでも到着するという。
返信が来たのは、2日前。
遠い最前線から、ここまで2日で駆け抜けることができる部隊など、そう多くはない。
憂鬱な顔を見せる2人の勇者は、焚き火を囲み、座って部隊の到着を待っていた。
顔を合わせる度に喧嘩するような関係のロッキンドとレインは、珍しく黙り込み、燃えさかる火の動きを目で追っていた。
やがてレインが口を開く。
「ロッキンド」
「あん?」
「お前、あの時何か言いかけていただろう」
「あの時? ……ああ。オレがコテンパンにされて帰ってきた時か」
「そうだ。あの時からお前の雰囲気が変わった」
「自覚ないけどな」
「何があった? いや、魔族たちに何を言われた」
レインは今一度問いかける。
ロッキンドはすぐに話さなかった。
数度、躊躇した後、レインに促されるように、ルロイゼンで出会ったヴァロウと元領主の娘エスカリナとの会話内容を話した。
「オレは小さい頃から、勇者となるべく戦ってきた。人々のために戦うなんて当たり前だと思ってきた。魔族は悪で、人類は正義。そう信じて疑わなかった」
「…………」
「でも、今回は違う。同じ人類で、その後ろには家族がいるんだ。オレには家族というものが理解できないけど、それが大切なものだというのはわかる。……でもよ」
「でも?」
「ふと思ったんだ。魔族には家族と呼べるものはいないのかって。そうでなくても、あいつらにもあいつらなりの大切なものがあって戦ってるんじゃないのかって」
「ふん。そんなものがあるはずがない。ヤツらはただの殺戮者だ。残虐で非道なけだものだ」
レインの意見に、ロッキンドは頷いた。
「オレもそう思う。……でもよ。そんなものがなければ、あいつらがこんなに強いのは何故なんだろうな」
ロッキンドは海の方を見つめた。
艦砲の射程から逃れるため、海岸からかなり距離を取っている。
そのためロッキンドが立っている今の位置から、戦艦を確認できなかった。
一方、レインは意見を言うことも、反論することもない。
ただ無意識に、焚き火に薪をくべていた。
「レインの方こそ、何かあったのか?」
「何かとはなんだ?」
「最近、小言が少ないし、ずっと何かを考えているみたいだし。氷原での戦いで、何かあったのかと思ってな」
「別に……」
レインははぐらかした。
しかし、やはりレインも今回の戦いに思うところはあった。
それはとても基礎的なことだ。
つまりは「勇者としての使命」である。
師匠ステバノスは言った。
『勇者とは民を守るためにある』
故に魔族がのさばる世界を解放する。
それこそが勇者の使命だと、ステバノスは言った。
レインは――おそらくロッキンドも――師の言葉を信じて疑わず、これまで戦ってきたのである。
しかし、今回の戦は違う。
魔族側に人類がいる。
レインは、ルロイゼンの領民たちが魔族側に脅されているとずっと思っていた。
もしくは何かしらの魔法が施されていると。
そう思っていたのはレインだけではない。
きっと前線軍上層部も同じ考えでいるはずだ。
だが、真っ正面から戦ってみて、初めてわかった。
ルロイゼン城塞都市の領民たちが本気であることを。
生き残るために、本気で魔族を信じていることを。
操られているとは思えなかった。
むしろ人間としての崇高さが見て取れた。
己の権利を主張し、必死に戦う姿に、レインは心を奪われたのである。
だから、レインもまた本気で考えていた。
「彼らを救うことはできないだろうか……」
勇者として。
いや、レイン・ヴォア・アバリカンという1人の人間として。
すると、ロッキンドは突然立ち上がった。
変なことを口走ったからだろうか。
レインは反射的に自分の口を塞ぐ。
だが、罵倒も暴力も降ってくることはなかった。
ただロッキンドは空を見上げていたのである。
「来たな」
半分欠けた月の光を隠すように、その無数の影が揺らめいていた。
吠声が幾重にも重なり、巨大生物の腹音のように響き渡っている。
上空を旋回し、徐々に高度を落としていく。
陣地の外側にある広い平原に、次々と降り立った。
レインは焚き火を凍らせる。
火の始末をすると、それが降り立った平原へと向かった。
いたのは、無数の飛竜だ。
その背には竜騎士たちが乗っている。
ざっと数えても、5000はくだらないだろう。
竜騎士部隊としては、最大規模の数だった。
「よう。ロッキンド、レイン……。久しぶりだな」
現れたのは、肩幅の広い巨躯の男だった。
短く刈り込まれた茶色の髪に、大きな紺碧の瞳。
やや厚い唇には煙管を加えている。
四角い顎には無精髭を生やし、ゴリゴリと音を立てながら手で撫でていた。
防具の一切を纏っておらず、ぴしっとした軍服には、まるで見せつけるかのようにいくつもの勲章がぶら下がっていた。
前線軍特殊作戦部隊司令官シドラーナ・オッド・ロイゲンである。
「揃いましたね……」
さらに別の方向から声が聞こえ、レインとロッキンドは思わず身構えた。
まるで葬儀屋のような黒服を纏った男が視界に映る。
兵隊を伴い、2人の勇者に近づいてきた。
前線軍では見たことがない男に、レインとロッキンドは警戒する。
2人は肌で感じていた。
目の前の男が、魔族以上にヤバい男であることを。
「何者だ!?」
黒服の男が纏う異様な妖気をはね除けるように、レインは声を張り上げた。
「初めまして、『氷烈の勇者』レイン・ヴォア・アバリカン。そして隣にいるのは、『爆滅の勇者』ロッキンド・ラー・ファルキスですね」
「おお。そうだ。おっさんは?」
勇敢なロッキンドは1歩前に進み出る。
得体の知れない男を魔眼でもって睨み付けた。
すると、男は被っていた帽子を取る。
胸に手を置き、軽く禿頭を傾けた。
「私はダレマイル・ゼノン・チューザーと申します」
「まさか」
「上級貴族」
「ほほう」
シドラーナを含めた3人の司令官は、膝を折る。
すると、代表する形でレインが謝罪した。
「知らなかったとはいえ、非礼をお詫び申し上げます、猊下」
「くふふふ……。別に構いませんよ。私は上級貴族ですが、戦場では単なる現場指揮官に過ぎません。仲良くやりましょう」
「しかし、腑に落ちないことが……」
「シュインツを攻めているはずの我々が、何故ここにいるのか――ですね」
「はい」
海上を制圧するため、シドラーナが率いる前線軍特殊作戦部隊が来ることは予測していた。
だが、本国軍司令官がここに来るというのは寝耳に水だ。
そもそもシュインツ城塞都市はどうしたのだろうか。
陥落したという情報が、いまだ入ってきていない。
「こちらが苦戦していると聞き、応援に参りました」
「シュインツは?」
「心配いりません。優秀な我が参謀と一部の兵を残し、包囲してあります。私はまずルロイゼン城塞都市に戦力を割き、壊滅させることが重要と判断しました」
判断としては間違っていない。
仮に前線軍が一時的な退却をしたとする。
その勢いを駆って、ルロイゼン城塞都市の戦力が、シュインツ城塞都市の援護に回らないとは限らない。
少数とはいえ、シュインツ城塞都市と連携すれば、挟撃することも可能だ。
そういう戦局になる前に、ダレマイルは先に一手を打ったのである。
(この上級貴族……。意外と戦局を見通す能力があるのか)
そのレインの思考を読み取ったのか。
ダレマイルは笑う。
まるで魔薬を打たれた蛙のような笑みで、おぞましかった。
「しかし、我々の援軍は必要なかったかもしれませんね」
ダレマイルはシドラーナの方を見た。
「まさか前線軍司令部が、貴重な特殊作戦部隊を送ってくるとは……。前線の戦力は大丈夫なのですか?」
「ご承知の通り。前線は今、膠着状態です。動かない戦場よりも、後背の憂いを断つことを選んだのだと。なーに、時間はかけないつもりですよ。俺らはそんじょそこらの竜騎士部隊とは違うので」
その時、レインはつんと鼻についた匂いに気付く。
火薬の匂いだ。
シドラーナもそうだが、それは周囲から漂ってきたものだった。
眼鏡越しに、飛竜の背に載ったものを確認する。
それは無数の爆薬だった。
前線軍特殊作戦部隊とは、飛竜による空爆任務を主とした部隊なのだ。
ダレマイルは目を細め、「くふふふ」と笑った。
「現状、向こうには空の戦力に対抗する術はありません。3200の戦力など、一溜まりもないでしょう」
「ま、待ってくれ!!」
声を張り上げたのは、ロッキンドだった。
「あそこには、同じ人間がいるんだ」
「やめろ! ロッキンド」
レインは制止するが、ロッキンドは口を動かし続けた。
「老人や子ども、女だっている。せめて魔族と交渉して、領民の解放の交渉をしてからでも遅くはない」
「お前、何を言ってんだよ、ロッキンド」
嘲笑ったのはシドラーナだった。
だが、そこに賛同するものが現れる。
「ロッキンドの意見に、私も賛同します」
「おいおい……。レインまで」
シドラーナは肩を竦めた。
「我々は勇者です。民を救うのが務め。ならば、ルロイゼン城塞都市の領民を救うことこそが我らの務めならば」
「お前ら……。その考えは立派だよ。けどよ。お前らは何も思わないのか? 4万の兵が、今や13000まで減らされたんだぜ。そこにいる領民の数の倍以上の兵が亡くなったんだ。それなのに、敵を救う。頭がおかしいとしか思えないぜ」
「オレもそう思うよ、シドラーナの旦那。だけど、失ったからこそ、その大切さがわかったんだ。……だから、オレはこれ以上誰も――――」
「わかりました」
議論を断ち切ったのは、ダレマイルだった。
「ロッキンド殿。レイン殿。あなた方の勇者としての姿勢……。私は大変感銘を受けました」
「「あ、ありがとうございます、ダレマイル猊下」」
「ならば、解決方法は1つです。あなた方は、勇者でなくていい」
「え?」
「何を言って――」
「あなた方が勇者としての体面を気にするならば、勇者としての異名・身分を捨てればいい。そもそも戦場において、人を救おうなどいうのがおこがましいのです。自分1人、自分の部隊1つ守れない者がいうならば、なおのことです」
「それは――――」
「…………」
その時、すでにロッキンドとレインの表情がおかしかった。
虹彩から光がなくなり、足下がおぼつかない。
まるで夢遊病者のようにふらついていた。
いつの間にか辺りには、火薬の匂いに代わり、甘ったるい匂いが漂う。
飛竜の脳を刺激し、うつらうつらする兵士もいた。
その中でまともに立っていたのは、ダレマイルとシドラーナだけだった。
「勇者であることを重荷と思うなら、今すぐ下りなさい。そして目覚めるのです。あなた方は戦場で求められることを。獣のように育てられ、身に宿した本能を解放なさい」
「勇者としての重荷……」
「身に宿した本能……」
「さあ、一緒に謳いなさい。殺せ――」
「「ころ……せ……」」
「魔族を殺せ」
「「魔族を…………ころ……」」
「悪魔を殺せ」
「「悪魔を殺せ」」
「さあ、謳いなさい。殺せ」
「「殺せ」」
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……。
呪詛のように2人は連呼する。
ふわりとその身から殺気が立ち上った。
その目に宿った光に、勇者の痕跡すらなかった。
獲物を求める獣のように、闇の中で閃いている。
「一体、その薬はどういった調合でできあがるんですか?」
背後で様子を窺っていたシドラーナが尋ねる。
薄い紺碧の瞳は、ダレマイルが手にしている白い粉に向けられていた。
「秘密です」
ダレマイルの口が裂ける。
まるで自身も、その薬の効果に酔っているかのようだった。
いよいよ『11章 旧同盟領攻防決着編』が開幕です。
長かった旧同盟領での戦いに、この章を持って終止符が打たれます。
引き続き、お楽しみ下さい。




