第94話 竜騎士ルミルラ
ブックマーク8000件を越えました。
ブクマしてくれた方、ありがとうございます!
北の野営地で魔狼族100名による夜襲が行われている一方、東の野営地は静かだった。
だが、警戒は怠らなかったらしい。
夜襲に備え、いつもよりも倍の夜番を立たせ、警戒に当たらせる。
2人1組で歩哨に立たせる念の入れようであった。
優秀な指揮官なのだろう。
ヴァロウやルミルラがいれば、そう称したかもしれない。
しかし、突然の警戒任務に、兵士たちは戸惑う。
兵の半数が北側の第三部隊の方へと向かったのだ。
昨日夜番だったものも、歩哨に立っていた。
命あっての物種ではあるが、深夜の警戒任務というのは、それだけで士気が下がる。
しかも連戦続きだ。
その疲労のピークは、本国軍も同じだった。
「報告では北の野営地が襲われるんだろう? おれたちは関係ないんじゃないのか?」
兵の1人が愚痴を呟く。
二の腕をさすり、吐く息も白く濁っていた
この辺りは、メッツァーやヴァルファルと比べれば高地だ。
夜になると気温がぐっと下がる。
さらに山向こうに流れる川の冷気が、山頂を通って吹き下ろし、寒風が肌を刺すのだ。
元々メッツァー城塞都市での攻城戦を想定していた本国軍は、十分な防寒対策をせずに決戦に挑んでいた。
「寒ッ! なあ、お前酒を隠し持っていただろ? ちょっとおれにもくれよ」
兵士は手をさすり、さらに息で温めた。
だが、一向に相棒から返事は来ない。
「なんだ? 無視かよ。ちょっとぐらいいいだろ?」
兵士は振り返る。
だが――。
「あれ?」
相棒の姿はない。
すぐ側にいたのだ。
持ってる槍の柄が触れるぐらいの距離に。
闇の中で目を凝らすが、どこにいなかった。
次の瞬間、兵士はその謎の失踪を己の身体で体験することになる。
「え?」
いきなり兵士の視界が真っ暗になった。
いや、最初から暗闇であったが、その闇が濃くなる。
さらになんだか臭い。
異様に飼い葉臭いのだ。
兵士は子どもの頃、躾だといって父親に真っ暗な納屋に閉じこめられた時のことを思い出した。
すると、ふわりと浮く。
足裏の感覚がなくなり、代わりに首を引っ張られるような痛みが襲う。
すぐに理解できた。
何者かが、自分の首を掴み持ち上げているのだ。
「――――ッ! ――ッ!!」
首が絞まっているため声を出せない。
息をすることすら難しかった。
一体どれくらいそうしていただろうか。
酸欠状態になり、意識が朦朧とし始めた時、急に視界が開けた。
目に映ったのは、広い空だった。
薄雲がかかり、月を隠している。
夜襲をするには打って付けの日だろう。
そこに闇に紛れるように巨躯があった。
大きな翼を広げ、長い首をぐねぐねと動かしている。
硬い装甲のような鱗は、夜闇の中で鈍く光っていた。
「飛竜……!」
何故、ここに?
そう思ったのも束の間、兵士の身体は硬い地面に叩きつけられる。
最後に兵士が見たのは、飛竜に跨る竜騎士の姿だった。
◆◇◆◇◆
竜騎士部隊襲来。
それがシュインツ城塞都市の東を野営地にしていた第二部隊に伝わったのは、竜騎士が襲撃を始めて、少し経ってからのことだった。
魔狼族も夜襲のスペシャリストではあるが、魔族を研究し作られた飛竜もまた夜襲を得意とする。
飛竜は熱感知能力が優れている。
生物が発する熱、篝火や魔法で発生する熱を見分けることができるのだ。
本来は魔族にしか反応しないが、竜騎士たちは巧みに指示を出し、襲わせる。
上空から一気に接敵し、夜番の歩哨の息を奪った。
すぐさま空へと逃げると、近くの森や荒地に投げる。
魔導兵でもなければ、助かることはできないだろう。
次々と竜騎士たちは、歩哨の命を狩っていく。
第一陣だけで、200名の兵が夜の闇に消えていった。
ジャン! ジャン! ジャン!
ようやくここで銅鑼が鳴らされ、敵の襲来を告げた。
兵士たちは慌てて飛び起きる。
闇の中で自分の武器を探した。
しかし、その前に天幕が大きく斬り裂かれる。
現れたのは、魔狼族だった。
見つけたとばかりに遠吠えを上げる。
夜気を震わし、そして兵士たちの心臓を凍らせた。
武具も防具も付けていない兵士たちに、容赦なく襲いかかる。
天幕は一瞬にして血に染められた。
夜闇を裂くような悲鳴が、野営地のあちこちで聞こえる。
「落ち着け! 敵は寡兵だぞ!!」
第二部隊の司令官が出てくる。
側で慌ただしく、側付が武具の紐を締めていた。
「いえ! 違います!」
兵士の悲鳴じみた声が響く。
その指差す方向を見て、司令官は唸った。
その時だ。
空を滑空する飛竜に明かりが灯る。
250騎すべてが光り輝くと、真下の野営地を煌々と照らした。
それはまるで、己の存在を見せつけるかのようだ。
東の野営地に現れたのは、残り第四師団1400ではない。
およそ7000。
シュインツ城塞都市の全兵力が、東の野営地に集結していた。
「まさか! 討って出たのか!!」
司令官は叫声を上げる。
まさしくその通りだった。
魔族軍はすべての兵を投入したのだ。
すると、鬨の声を上げて、第2部隊に襲いかかった。
魔導兵が武具と食糧を燃やし、弓兵が野営地を飛び出す兵を射抜く。
騎馬兵は柵を突き破り、戦闘態勢の整わない兵の背中を突き刺した。
さらに空からは竜騎士部隊が来襲する。
東の第2部隊は北の夜襲に備えて、兵を半数近く割いていた。
その数は8000。
ほぼ同数といっていいだろう。
さらに初動の遅さが露呈し、たちまち崩れる。
なんとか態勢を整えた時には、すでに2000まで兵を減らしていた。
「くそ! だからいったのだ! 兵の半分を割くのは危険だと!!」
兵士たちに守られながら、司令官は砂を蹴る。
「全くその通りですね。愚かな指示です。……ま、おかげでこちらはやりやすかったのですが」
一見人間にしか見えない妙齢の女性が歩いてくる。
その装備はいささか心許ない。
軽そうな村人のような服に、皮の胸当てだけを纏っている。
だが、その腰に細身の剣を下げていた。
「貴様は!?」
「ヴァルファル城塞都市領主ルミルラ・アノゥ・シュットガレンと申します」
「シュットガレン! まさかバルケーノの娘か」
「はい……」
「な、ならば! 降伏する。頼む、命だけは取らないでくれ」
「ダメですよ」
「な、何故だ!?」
「残念ながら、あなたたちを閉じこめておく牢屋はシュインツにはありません」
「な、ならば他の兵士はいい。私の命だけでも助けてくれ! それなら――」
兵士たちはギョッと目を丸くする。
まさかこの司令官から、こんな言葉が出るとは思わなかったのだろう。
司令官としてはそこそこに優秀。
だが、人間など一皮剥けばケダモノである。
ルミルラは「ふぅ」と息を吐いた。
「それもできません」
「ふざけるな! お前も人間であろう!」
「残念ながらそうではないのですよ。それに――」
降伏した人間を生かす法など、魔族にはないゆえ……。
ルミルラは指示を出す。
すると、魔狼族が残りの兵士たちに襲いかかった。
その後をヴァルファルの兵士が追う。
「ルミルラぁぁああああああああ!!」
司令官が魔狼族とヴァルファルの兵を突っ切る。
抜剣し、ルミルラに迫った。
横にいたヴァルファルの副司令官が前に立とうとする。
それを止めたのは、ルミルラだった。
自ら剣を引き抜く。
飛竜の光に照らされる中、刃と薄紫の眼光が妖艶に踊る。
ルミルラと第2部隊の司令官が交錯した。
瞬間、血を噴き出したのは司令官の方である。
鋭い音を立てて、赤い血が天に向かっていく。
悲鳴もなく、司令官はそのまま横に倒れた。
その骸を、ルミルラは無感情な瞳で見つめる。
誰でなくても同じ事を思っただろう。
その時のルミルラは、ヴァロウにそっくりだった。
あっという間に2000の兵は7000の勢いに飲み込まれる。
あまり時間をかけることなく、第2部隊の半数が全滅した。
剣についた血を払いながら、ルミルラは呟く。
「腕が錆びましたね。昔、戦場に出ていた時は一瞬で5カ所突けたのですが、今は3カ所が精々です」
かつて竜騎士としても名を馳せたルミルラは、自分にダメだしをしながら、剣を鞘に収めるのだった。




